第6話 天使の告白は嘘……?

 照示に勉強を教えてくれと頼んだ夜、無料連絡アプリRainで夜遅くまで授業を受けた。他に何か用事があったにも関わらず、そっちを退けてまで授業をしてくれた照示には感謝しかない。


 それほど俺の状況がヤバいという事なんだろうけど……。

 どうしてこうなった……勉強してこなかったからだよ、ば〜か。──うるせぇ。


「……眠い」


 授業をしてくれるのはとてもありがたいのだけれど、午前三時を超えて行われたせいで今日は凄く寝不足だ。普段は十時までには床に着く俺にとっては物凄くキツい。足取りも酔っ払いの様にフラフラだ。


 そのまま下駄箱の扉を開き、靴を突っ込もうとすると何やら白い封筒が入っていた。

 それはとても可愛らしく装飾がしてある。


 俺は目の前に広がる光景が信じきれず、そのまま何もせず扉を閉めて、もう一度開いた。

 そこには変わらず封筒がある。どうやら寝不足による幻覚ではない様だ。


「ええッ!?」


 落ち着け湊柊仁、宛先を確認しろ。中学の時も同じ様なことがあったじゃないか!


──何様だ、貴様。我の時間を縛る事は即ち、世界の崩壊へと繋がることを意味するぞ。告白なら早くするが良い。


──あ゛あ゛?私が呼んだのはテメェじゃねえんだけど。


──えっ?


 あああああ、思い出すだけで痛い、痛すぎる。恋文をもらったかと勘違いをして、宛先をよく見ずに凸ったらなったあの場の空気。今でも思い出せる。そして、思い出しただけで、ギャルの嬢ちゃんの鋭い眼光が俺の心を貫き、羞恥心を沸き上がらせる。

 というか、あの恋文もいけなかったんだ。手紙の中は全てカナ君と書いてあり、勘違いを加速させるには十分だった。そう、俺は悪くない。


 そんな事は今更どうでも良い。あの時の事を思い出さない様に思い出せ。まずは宛先を見るんだ。


──湊柊仁君へ


「俺への手紙じゃねえかああああああ」


 思わず叫んでしまった。幸いにも周辺に生徒がいなかったから良かったが、聞かれていたら完全に変人だ。

 大きく深呼吸をして、はやる気持ちを落ち着かせる。それから中身をチラリ。


──湊柊仁君へ。放課後の校舎裏にどうしても伝えたい事があるのでお越しください。待っています。


 うーん、恋文かなぁ……。恋文だよなあ、これ。──マジ?

 落ち着けたはずの気持ちがグラグラと湧き上がり、興奮が最高潮に達した。その時、外から生徒が入ってきた事によって正気に戻り、俺はスタスタと早歩きで教室に向かった。


「おはよう!」

「ああ、おはよう。夜はあんなに眠そうだったのに、随分と元気だな」

「そうなんだよ、実はさ……」


 ゴニョゴニョと今朝のあった事をそのまま伝えた。興奮し過ぎなのは仕方ないじゃないか、初めての経験なのだから。


「ほーん、なるほどな。良かったじゃないか。湊は頭のスペックはともかく、顔は甘く言って中の上、厳しく言うと中の中だからな。どこかの誰かが、その中から魅力を感じ取ったのかもな」


 うーん、褒められている気はしないけど、今は別に良いや。


「まあ、匿名ってのが注意が必要だけど、って聞いてないか」


 どんな子なのか、期待で胸が一杯になっている俺に照示の声は入ってこなかった。

 もしかして、クール系年上お姉さん、それともおっとり系?はたまた、このクラスの誰か……?


 告白されるのだからもっと立派な人にならないと、と思ったら自然と授業に身が入り、多少なりとも理解出来た気がする。尤も、照示のお陰もあるが。


 そんな心臓バックバクの状態で一日を過ごして迎えた放課後、俺は直ぐさま校舎裏に向かった。綺麗になっているが、何故か人には近寄りがたい神秘性の様なものがある場所だった。ここに吹く風は気持ちが良く、オーバーヒートした俺の頭をゆっくりと冷やしていく。

 完全に冷えて、思考がスッキリした時に彼女は現れた。彼女が近付いて来たとどうじにふわりと金木犀の香りが鼻腔を抜ける。


「って、貴女は……」

「すみません。お呼び立てしたのに遅れてしまって」

「いえいえ。構いませんが……」


  ん?もしかして俺、学年一の美少女に告白されちゃう?怪盗の心を盗んじゃった?

 

──俺の前に姿を現したのは学年切っての美少女で『怪盗天使』とも呼ばれているらしい一楓だった。


 小さな身体を揺らしてパタパタと走り寄ってくる姿は愛らしく、胸の前に手を重ねて息を整える姿すらも綺麗だった。


「んで、話したい事とは……」


  万が一がある。中学の時みたいにこちらからは内容に切り込まない。余裕さを演出するんだ。


「あの、実は私……。湊君の事が好きです。私と一生を添い遂げてくれませんか?」


 真剣な表情で、綺麗に腰を折って頼んでくる楓。


 おいおい、マジな告白じゃないか。それに一生、って困っちゃうなあ。

 頭の中は彼女の事でぐっちゃぐちゃ。そのままオーケーの返事を返すその時だった。


 校舎の角の所に人の気配を感じた。それだけじゃない、木の影や草むらの中など、さっきまでは気付かなかったが至る所に人影がある。


 うーーんと……これ、嘘コクじゃね?

 嘘コクといえば黒歴史をもう一つ。


──んで、何様だ


 当時の俺はあの恋文間違え騒動の後だった。今回の様に自分から告白だろ!とは言わずに話を聞いた。


──その……湊君の事が前からずっと気になっていました。付き合ってください。


 告白してきたのはクラスでもかなり目を引く程の女子で、俺は迷う事なく返事を返した。そうしたら、校舎の影からビデオカメラと『ドッキリ大成功』と書かれた看板を持った二人組が現れて、状況を説明された。


──湊なんか気になるわけないじゃん。その気になるなんてキモッ。


 その言葉だけを残して女子と男子二人が去っていき、翌日からそのビデオで散々に恥をかかされた。

 というか、中学の時の俺、碌でもない事に巻き込まれていたな…………ぐすん。


 てな経験で磨きに磨かれた俺の嘘コクセンサーがこの状況に反応を示した。


「うーんと、えっと。ごめんなさい?」


 センサーに引っかかったのは良いが、どう返して良いか分からなかったから疑問系だった。


「……ッ。そうですか。いきなりごめんなさい、こんな事を言ってしまって……」


 ん?この子の反応、思ったよりも傷ついている……?嘘コクにしては熱が入りすぎじゃないか?

 俺は焦ってきていた。何故なら、楓が涙を流し始めていたからだ。どうしようかとワタワタとし始めた時、雷が頭に落ちた様な衝撃と共に最高の案が浮かんできた。


「あの……えっと。友達ってのはどうかな。いきなり付き合うだの、何だのって急すぎるし……ね」


 早口で言葉を捲し立てる。正直、嘘コクだった場合、この答えがどう取られるのか分からない。が、間違いなくこの身振り手振りは滑稽そのものだろう。

 ただ、何故だか分からないがそんな事を気にしていられないくらい、彼女の涙は俺に響いた。


「友達……。はい!お願いします。私、湊君とお友達なりたいです」


 楓の顔から涙が消えて、パッと笑顔が弾けた。どうやら納得してくれた様だ。

 というか本当に可愛いな。泣いた後の赤くなった目元さえも魅力に変えてしまうその力、凄まじ過ぎる。流石は怪盗天使様。

 

 後は角や草むらに隠れている奴らがどう出るか、だが……あれ?いなくなってる。

 あまりにもキョロキョロし過ぎると不審がられてしまうから、こっそり確認してみたがいない。さっきまであった人影がなくなっている。


「あのさ、一つ聞いて良い?」

「はい。何でしょうか。私に答えられる事ならば何でも答えますよ」

「種明かしはないの?」


 さあ、怪盗天使。俺は全てを見抜いている、素直に白状するんだ!


「種明かし?何のですか?」

「ん?種明かし……なし?」

「はい。その種明かしが何の事かさっぱり分からないのですが……」


 俺は自分がやってしまった事の重大さに思い至った。


──ガチの告白じゃねえかああああああああ。

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