第3話 厨二病は説教をする
「春の息吹で花々が開き、生物は生きる喜びを実感す」
春風が吹き、赤白黄色、様々な色の花々が咲き誇り、虫や人間は軽快な足取りで未来へと足を運ぶ。
本日は我の新たな学び舎に踏み入る始まりの日。そこいらの人間とは違って我はその程度の事に気分を高揚させはしない。
何故なら今日という日は我、ピリオドセイヴァーがこの世に降り立った時から既に決まっていたのだから。行先が決まっているというのも困り者だな。
我は鼻で時空の調べを奏でながら新たな高校に足を運ぶ。春は我の気分を明るくさせる。その素晴らしさたるや、普段はこんなステップを踏まない我でさえも自然と行なってしまう程だ。やはり、春の神の影響力は凄まじい。
──『沖ノ星高等学校』の入学式の日に湊柊仁は春の陽気に当てられながら内心ウキウキで鼻歌を歌い、スキップをして高校へと進んでいた。
新調した制服は余裕があり、完全に手が出きっていない袖口は弱い風にもはためかさられている。その様子は柊仁を新入生然と引き立たせていて、いかにも初々しい。
「うん? あれは……」
どう見ても人間が、しかも小さな女の子供が鉄塊通る危険な場所にポツンと立っている、少女の四肢はとても細く、身長もあまり高くない、年齢は大体中学生ぐらいだろうか。しかし、年頃の少女とは思えないほど髪の毛がボサボサになっていて彼女の表情は陰っている。
まあ、あんな所に立っているくらいだ、おおよそ碌なことを考えていないのだろう。と言うか、彼女がしようとしているのは自ら命を捨てる事、自殺だ。それは少女の様子や状況から誰だって確定的に分かることだ。
「貴様、何故そこに立っている? 命を投げ捨てる気か」
「……ッ!?」
無意識であったのか、考えに耽っていたのかは定かではないが我が近付いてきていた事に気付いていなかったのだろう。こちらの声と存在に気付くなりその小さな身体を跳ねるようにして少女は後ずさった。
「天寿を授かったのならそれを全うするのが貴様ら人間の使命だろうに。折角この世に生を受けたと言うのに勿体無いぞ、貴様という魂はその命が果てる時、同時に消滅してしまうのだから」
天上には漂白された真っ新な魂が無数に存在して、地上に降りることを今か今かと待ち望んでいる。その中からこの世に降りたてるのはほんの一握りしかいない。同じ人間は一つとして存在しないとはよく言ったものだ、この世に魂もとい人間が存在出来ているという事は本当に奇跡なのである。
「それだけではない。貴様のような天寿を全うせぬ人間がいるから我の使命が増えてしまうのだ。とてもとても迷惑だ」
もし仮に彼女がここで自殺をしたとしたら、創造神が定めた行動録の通りに世界が進まなくなってしまう。そうなれば世界は崩壊してしまう。
それを防ぐのが我が使命であり、権能によって時空を越えてそれを阻止する。
その阻止せねばならない数が多く慣ればなるほど我の使命が増えるのと同義であり、大変になる。この世、特にこの国は命を自ら投げ捨てる者が多い。具体的に言うと世界で十三番目に多い。
まさか、リアルタイムでそんな愚か者を見る事になるとは思わなんだ。
しかし、少女は浅はかだ。この何もない通りに立っているだけで本当に自殺ができると思っていたのだろうか。
運転手だって彼女の存在に気付き、運転をやめ、少女は一喝されるだけにしかならないと想像出来ないのだろうか。
「ごめん……なさい」
「謝れるならどきたまえ、通行の邪魔になるぞ」
「でも……」
戸惑い、視線を左右に揺らす少女。目は赤く腫れ、跡も残っている。我がこの通りを進む間、車の通りはなかった。その間、ずっと泣いていたのだろう。
少女の髪は艶やかであり、シャンプーからコンディショナー、いやヘアオイルまでしっかりしてあると分かる。
素はこんなボサボサな状態ではないと考えると泣きながら、髪の毛を掻き乱したのだと見て取れる。何がこの少女の事をこんなにも追い詰めてしまったのだろうか。
「……ッ! 貴様、早くそこから離れろ!!!」
「え?」
少女に対して思っておきながら柊仁は想像出来なかったのだろうか。
口で動かそうとするのではなく手で引っ張っていれば直ぐに少女は車道から外れさせられたという事に。
こんな見通しの良い通りの真ん中にまさか人が立っていると思わずに運転する者がいるという事に。
──スマートフォンを構いながら運転しているトラクターを乗せた大きな鉄塊が少女がいる車道を走り、刻一刻と小さな少女を轢き殺さんと迫ってきていた。トラクターは未だ少女に気付く気配はない。
逆に少女もその存在に気付いていないようで、何故僕が叫んでいるのか分からないといった様に頭を傾げてこちらを見てきた。
このままでは少女は鉄塊を避ける事が出来ない。いや、気付いていたとしてもそこを退く気は無かっただろうが。
呆ける少女と迫るトラック。その光景を前にして柊仁の身体は半ば無意識で動いていた。手提げカバンを投げ捨てて、少女に駆け寄り、突き飛ばした。
少女はその勢いのまま道路脇に押し出されて倒れ込んだ。が、少女を車道から離れさせるのに助走の勢いを使ってしまった柊仁はトラックの前に立ち止まってしまい──
──撥ねられた。
柊仁の身体が宙を舞う。ポケットに詰めてあったハンカチやシャープペンシル、生徒手帳も一緒に舞い落ちる。柊仁の思考が加速して、目に映る光景が徐々にゆっくりとなっていく。
(……あれ、『俺』は一体何をしていたんだ……。今日は入学式で俺は車道に立ち尽くす少女を見かけた。……少女をトラックから守るために突き飛ばして、俺は撥ねられて……。なんで、命懸けで見ず知らずの少女を助けたんだ……?使命、ピリオドセイヴァーの使命……ピリオドセイヴァーって、何だっけ……。昔。そう、昔から名乗っていた、それは俺の心の……)
柊仁は地面に叩きつけられて少女の元にずり込んだ。軽く擦りむいたという程度では済まない程にずり込んで抉れた腕に衝撃で折れた骨。酷い痛みがエンドルフィンの効果を通り越して思考を支配する。
少女の顔を見た時、痛みが支配している脳内に突然、言葉が浮き上がった。柊仁は訳も分からず、その浮かんだ言葉を一言一句違わずにそのまま言った。
「君は天命が尽きるその時まで生きるんだ……」
半分以上飛んだ意識のまま呟いたその言葉の意味は自分でもよく分からなかった。何故呟こうと思ったのかも分からない。ただ単純に、目の前の少女にその言葉を届けてあげたかったのだと思う。
少女は……泣いている。俺がこうなってしまったのは自分のせいだと後悔している。
しかし、気負わなくていい、この結果は俺が勝手にやって、勝手に失敗しただけの事なのだから。
そういった意を込めて、俺は乱れてしまっている少女の髪に手を伸ばして優しく梳いてやると、俺が動いた事で死んでいないと分かって正気に戻り、落ち着いたような表情となった。
しかし直ぐに、梳いている手の力の弱さに気付き、俺の状態の悪さを感じて苦悶の表情を浮かべた。
少女のその顔を見て、最後にもう一つだけ伝えたい事が出来た。
「君は笑顔の方が素敵だと思うよ」
涙を流しながら頑張って笑顔を浮かべている少女は思っていた通り素敵だった。その表情を見て安心した俺の意識は次第に落ちていった──。
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