第2話 厨二病は締め付けられる

 年々気温が上昇して、三月だというのに桜が綺麗に咲いている。春の神の歌声とともに優しく我を包み込む風が吹く。このような日本の四季を感じられる美しき日に我は──


「かなでえ゛ぇ゛ぇ゛。よく受かっだなぁ゛。俺は世界一感動的な瞬間に巡り合っているゔぅぅ、ごほっごほ」


 だばー、と滝のように涙を流すサトゥーに抱きしめられて……絞め殺されそうになっていた。春の神の歌声はサトゥーの馬鹿でかい涙声でかき消され、優しい風はサトゥーの熱気を避けていく。


 とりあえず暑いし、痛いし、暑苦しいし、早く離したまえ、その意を込めて我はタップを繰り返す。いい加減骨の一本や二本折れてしまいそうだ。しかし、サトゥーに離そうとする素振りはない。


「サトゥー、何をそんなに泣くことがある。たかが高校に受かった程度で」

「逆になんでお前はいつもと変わらないんだよ、最底辺の高校ですらE判定だったんだぞ。それで中堅高校に受かっただなんて、こんなの奇跡だろ。毎日祈り続けて良かった……あぁ、神は本当にいたんだ」


 神ならサトゥーの目の前にいるぞ、と言いたいところだがそれは言ってはいけない決まりだ。っておい、また締め付ける力が強くなっているぞ。痛い、サトゥー痛い。


 というか、受験なぞ我の時空渡りがあれば余裕である。先んじて問題を見ておけば良いのだからな、はっはっは。職権濫用? ノーノー、これは大事なお仕事なのだ。勉強なんぞに時間を取られてしまっては世界が崩壊してしまうやも知れぬ。

 そうなったら我は大目玉を食らってしまう。最悪の場合、存在消滅なってことにもなりかねない。だから我は勉強をしない、やりたくない。


──とかなんとか言っているが合格は全て山勘のお陰だ。三十分で予想した問題が全て出るという奇跡に近い行いを成したおかげで合格通知が届いた。ここぞと言う時に豪運を発揮する男、それが湊柊仁であった。


「ふう、落ち着いてきた。湊……改めて高校合格おめでとう。三年間、根気強くお前の担任をしてきて良かったよ。間違いなくお前は俺の教師人生で厄介さにかけては三本の指に入るだろうよ」

「何だと、サトゥー」


 我が厄介……。そんな事、そんな訳あるはずがない……。きっと、サトゥーの勘違いだ。


「けど、お前で付けた根気強さはこの先きっと役に立つ。ありがとうな、俺の生徒でいてくれて」

「お、おう。こちらこそ、ありがとう……」


 サトゥーがぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる。サトゥーやめるんだ、我はこういう優しさにめっぽう弱い。


「とは言え卒業まではまだもう少しあるけどな」

「そうだな。これからも頼んだぞ、サトゥー」

「出来る限り迷惑なことはしないでくれな」

「我は普段から迷惑なことなどしていないぞ。ついでに言うと厄介でもない」


 失礼なサトゥーだ。ちょっと我の弱点をついた程度で調子に乗りおって。我の時空渡りでこれから先、結婚出来ないようにしてやろうか。

 我は知っているのだぞ、サトゥーは三十になるまでに結婚したいと思っていることを。そして、最近いい感じの人がいるということもな。ハハハハ、職権濫用? ノーノー(以下略)。


 我とサトゥーは目を見合わせて微笑んだ、まるで旧友との別れの様に。と言ってもまた明日会うのだけれどな。



★☆★☆★☆★☆



「すーー、はあ」


 サトゥーの束縛から解放された我はサトゥーが付けているいい匂いとも悪い匂いとも言えない香水の上書きのために春を吸い込む。まだ三月だというのにこのぽかぽか陽気とは異常気象は怖いものだ。

 我が世界を守っていてもいずれは勝手に崩壊の時を迎えるのやも知れぬな。最高神様はその点、どうお考えなのだろうか。


 今はお眠りになられている最高神様に思いを馳せて我は黄昏に耽る──。


 こうして急坂の上から見下ろすとやはり人間はなんて小さきものなのだろうか、と再確認する。あの金と青が混ざった髪のイケメンもあそこの茶髪のイケメンもあっちの金髪のイケメンも集団の中では一番輝いていてモテるのだろう。というかイケメンが多いな、この辺は。どうなっているのだ。


 んで、ところがその輝きは無数にある集団の中の一つに過ぎず、同格の存在はいくらでもいるのだ。世界中に影響を与えられる者はほんの一握りしかいない。故に弱く小さき者達なのだ。いや、力なき事は彼らにとって幸せな事なのかもしれない。


 神は人間とは違う。最高神様をはじめとした我ら神々はこの世、この世界を創り維持している。もちろん、そういう使命のもとに生まれたのだから不満はない。

 ただ、我とて偶に思ってしまうのだ普通の人間に生まれていたらな、と思ってしまう事がある。強大すぎる力を持つ故、人間は我に近付かない。勿論、人間は卑賤で矮小で醜いものだ。

 しかし、その中にも心根のいいやつはいるのだろう。そんな者達と関わり合いをになることを心のどこかで求めていたのだ。


──言い換えると湊柊仁は友達と楽しい学校生活を送ってみたかったのである。より端的に言うと友達が欲しかったのである。


 視界の端に映る金に青色が混ざった髪のイケメンが両手に美少女を連れて、怪しげな建物に入っていく。どんな店だかは覚えていないが、若者が立ち寄って良い建物ではないことは確かだろう。それ故か少女達の顔は心配半分興奮半分といった感じであった。

 まあいい、もうあの男や少女をこの先見ることもないだろう。我の、我だけの時間をあの様な者達に侵入されるくらいならさっさと忘れてしまった方が良い。


「すうーー、はああ」


 もう一度我は大きく深呼吸をして春を感じる。沈丁花じんちょうげや金木犀の香りが肺腑を満たし、我の気分を落ち着かせる、まるで麻薬の様だ。この匂いを嗅がせれば麻薬依存者も目を覚ますのではないだろうか。

 ん? と言うか金木犀は秋の花ではなかったか? 春なのに咲いている個体があるのだろうか。そう思って辺りを見回すと小洒落た細身の少女が我の背後を通っていくところだった。


 清楚そうな見た目に合った白いワンピースに羽織り、小さな大人が演出されている。はっきり言ってとても好みであった。

 しかし、人との出会いは一期一会、あのイケメン達と同様にこの先目にすることはないのだろう……残念ながら。


「すーーー」


 せめて残った香水の香りだけでも感じるか、と息を吸っていると──。


「シュウ君、こんなところにいたの。全く家に帰って来ないから心配していたよ」


 背後から突然声を掛けられた。本当にこの人は無音で動くのが得意だな。


「来ていたのか、お婆ちゃん。連絡してくれれば早くに帰ったのに」

「今さっき久しぶりにシュウ君の顔を見に来ようと思い立ったからねぇ。連絡する時間なんてなかったのさ」


 この思い立ったら即行動が信念の元気な老女、湊雪江は我の祖母である。我が我を時空神であると理解する前からの関わりである。

 時空神であることを悟られてはならないから祖母の前では普通の孫を装っている。我の話し方に違和感を感じるならばそれが原因だ。それは少々我慢してくれ。


「煮込みハンバーグを作ったから帰って食べよう」

「やった。お婆ちゃんのハンバーグ大好き。これは夜食が楽しみだねぇ」

「シュウ君はいつもそう言ってくれるから何でも作りがいがあるよ。沢山食べてね」

「うん、ありがとう」


 帰宅した我は祖母の至極の逸品を頂いた後、高校に合格したことを伝えた。


 一瞬驚いた様な顔をしたかと思いきやいつもの優しい表情を浮かべた祖母は「シュウ君なら合格出来ると思っていたよ」と言葉をくれた。

 やはり、合格は当然であったのだ、何十年も生きている祖母が言うのだから間違いない。


──サトゥーの反応が大袈裟だったのだ。


 あー、肩が痛い。やはりあの締め付け攻撃で折れたのではないか……。

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