人生の調味料

@Fushikian

男とタコとベジタブル

  〈眠そうな目だ〉

  水槽のなかのタコは緩慢に動く。とぼけた顔つきをしていると男は思った。


 タコを飼いだして10日が過ぎようとしている。ネットオークションで生きたマダコを入手した。飼うために必要な環境づくりは動画サイトを参考にした。この道でもすでに先人がいるといえばいる。たこが八方に足を広げる姿は奇怪だが見ていて飽きなかった。

 

 男の生活に会話はない。家族のだれとも話さない。小遣いを週に一度母親がくれる。ティッシュに包んで台所のテーブルに置かれている。そのお金で男は生活している。行くところはたいていコンビニであるが、昨日は映画館に行った。自転車で10分以内の距離にミニシアターがある。そこで『死霊のはらわたⅢ』を観た。なかなかの名作だと男は思った。


 男の食事はたいていコンビニで手に入るもので済ませている。行くたびに今回を何にしようかと悩むのだが、たいていはのり弁当かカップヌードル、あるいはシーフードヌードルにおちつく。たくさん種類はあってもそうなる。最近はスナック菓子もあまり食べなくなった。レジ脇の総菜類も以前ほどは手をだしていない。


 〈こう、いつも気分が冴えないのはひとつには食事が原因かもな……〉

 

 男は数店のコンビニをローテーションして使い分けている。今日は野菜を食べようと決めていた。サラダはたいていコーンか海藻なのでもう飽きた。男の目にとまったものがある。それは野菜スティックだった。透明なカップの中にきゅうり、人参、大根が棒状にカットされてある。いちおうドレッシングみたいなのがついている。それを買ってみた。


 ドレッシングらしきものは味噌マヨネーズだった。カップの裏に表示からわかった。美味であると男は感激した。野菜スティックをあっという間にたいらげた。男の行先にスーパーマーケットが加わった。野菜売り場できゅうり、人参、大根を買う。棒状に自らカットして味噌マヨネーズもつくった。はたして手製の味噌マヨネーズもなかなかうまかった。男は満足だった。


 翌日、男は網とボウルを手にして部屋に入った。水槽の前に立つ。タコが眠そうにしている。


 〈こいつを味噌マヨネーズで食おう〉

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