第31話 隠れ里
ムクさんは本当にギルドの職員だった。いや、疑っていたわけじゃないんだけど。
アロデストは山の途中に広がる街なのにも関わらず、人出もあるし活気があった。ここから山を降りていくルートは5つもあり、どこも違う街に出る。街を横断するより、山を登りアロデストで他ルートに行く方が時間を短縮できるそうで、アルデストはいつも混んでいるようだ。
ムクさんにここからどうするのか問われてわたしたちが言葉に詰まると、山間のギルドを教えてもらった。2つのルートの中央ぐらいから横道が走っていて、その間にギルドが存在するらしい。時短のためアロデストまで来ているので、横道に流れる人は暇人か温泉目的の人しかいないらしい。運営もトップ以外はギルドを退職した人たちが善意の手伝いでやっていることもあり、まったりしたところだそうだ。
山間のギルドは開放的で、そしてアットホームだった。
着くなり、事情も話すことなく、子供はとりあえず食べろと食堂に連れて行かれてご飯が出てきた。パンとスープとサラダだ。どれもとてもおいしい。
そこで3ヶ月ほど暮らした。カイはギルドの仕事を手伝い、わたしは裏方の仕事を手伝わせてもらった。とても温かい人たちだった。
ムクさんが気にかけて時々来てくれて、アロデストのギルドに銀髪の子供が来なかったかと貴族の従者みたいな人が訪ねて来たという情報をくれたのも彼だった。アロデストに寄ったのは数日だし、3ヶ月も前のことだから誰も覚えていることではなくて、知らないと言っていたと教えてくれた。
わたしたちが逃げているのはわかるからギルドの人たちは同情的で、知り合いのギルドへの紹介状を書いてくれた。わたしたちはお礼を言って、もっと遠くを目指した。ポッカという草の根の汁で髪を染めた。暗い色になり、紺色ではなかったけれど、少しカイの弟に近づけたんじゃないかと思えた。
そうして流れて行った先で、カイはカインという名で冒険者となり登録し、冒険者の仕事を。わたしはギルドの裏方の仕事を手伝わせてもらいながら過ごした。
冬の間は移動はできなかったが、だいたい2、3ヶ月で街を転々とした。
落ち着いたのは3年ぐらい経った頃だったか、老人と拾われた子たちが暮らす隠れ里のような村だった。歩いて2時間行ったところには街があったので、2週間に一度その街に行って必要な物は買ったり、売ったりした。
隣街のギルドからノッポ宛に手紙を書いた。カシュイラという偽名で。ノッポの生家に関係する名前みたいだ。一度その名前で手紙が届いたことがあるそうだ。わたしたちの名前は出さず、元気でやっているか? ということと、こちらは元気に暮らしているよということだけを書いた。
隣街のギルド宛に返事が来た。一度元ボスとチビを探しにきた人がいた。何者かはわからないが気をつけた方がいいというものだった。
そんなふうにして過ごして冬が何度か過ぎ、気がつけばわたしは14歳、カイは18歳になっていた。
カイはわたしが街に行くのを嫌がる。よそよそしく感じる時もある。
何より一緒に寝てくれなくなってしまった。
綺麗なお姉さんによく声をかけられているし。弟設定のわたしは邪魔なのかもしれない。
だから街にわたしを連れて来たくないのかもしれない。
「カイン、来たの? 飲んでかない?」
「弟と一緒なんだ、今度寄らせてもらうよ」
「へー、弟君かー」
ナイスバディーなお嬢さんだ。彼女は腕を胸で組んでいたので、大きな胸がさらに強調されていた。わたしの顔を覗き込んでくる。
「あんま、みんなよ」
カイが間に入ってくる。
「何よ、見るのもダメなの?」
「減るからな」
「減るの?」
お嬢さん、大爆笑だ。
「カイ、可愛いの連れてんじゃん」
「弟だ、見るな」
カイは人気者だ。わたしと違って街にもよく来ているから、知り合いもいっぱいいるみたいだし、ギルドの仕事をしているから顔も広い。
「どうした、疲れたか?」
カイはまたわたしを子供扱いだ。どこもかしこも思ったように発育はしていないが、もう14歳だ。
「……疲れてないよ」
家に帰ってから、わたしは勇気を出して聞くことにした。
「カイはわたしと一緒にいたくなくなった?」
「は? なんでそうなるんだよ?」
「一緒に寝ちゃダメって言うし」
「それはっ……お前のためだ」
わたしのため?
「あのさ、俺は成人したし、お前は女に戻れ。フィオナになるんだ」
「……妹になるの?」
「俺はお前を妹と思ったことは一度もない」
一度もない?
涙が出そうだ。わたしだけがカイを慕って、そばにいてもらって縛っていたんだ。
「待て」
と、なぜかカイはわたしに掌をむけて待ったをかける。
「今言うつもりじゃなかったんだけど、お前絶対違うこと考えてる気がするし。
俺は成人した。だから………」
言い淀み、くっと顔をあげる。
「お前は俺のこと、どう思ってる?」
「どうって?」
「だから、俺はお前が好きだ。お前は?」
「そりゃ、大好きに決まってるじゃん」
カイの顔が赤い。
「……俺は、女としてお前のことが好きなんだ」
!
「何、驚いてんだよ。じゃなかったら、こんなに一緒にいるわけないだろ?」
「カイは優しいから」
「俺は優しくない。好きな人にしか優しくしない」
カイの手がわたしの頬に触れる。
「来年、お前が15になったら、結婚しようというつもりだった。お前が変なこと言うから、今言っちゃったけど」
男性の成人は17歳で、女性は15歳が成人とされる。成人すると結婚することができる。
わたしはカイにしがみついた。
「ど、どうした」
「嬉しい」
「え?」
カイの胸に顔をつけたまま告白する。
「カイが大好きだから、カイがわたしのことを好きって言ってくれて嬉しい」
カイがわたしの肩をもって引き離そうとする。と言うか、わたしの顔を見ようとする。
絶対、真っ赤だ。
カイがわたしを見て、わたしの顔を両手で挟んだ。ぐっと力が入って、カイの顔が近づいてきた。荒々しく口がぶつかりあう。
一瞬のことで、まさにぶつかった感じだった。
カイの顔が赤い。見上げると、ただわたしをみつめていた。片手の親指がわたしの唇の端に当たる。ツーっと親指で顔を撫でられ、ふと視線を戻すと今度はゆっくりとカイの顔が近づいてきて唇と唇を重ねた。はむっと唇をはまれたことに驚いてしまい、伝わったみたいで口が離れた。
そしてギュッとカイの胸に抱きしめられる。
いつもカイに抱きついていた、しがみついていた。同じだけど、どこかが違う。
カイはそのままわたしの頭のてっぺんに口づけを落とした。
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