第30話 山越え
「ミケから聞いた。侯爵家の使用人たちがお前を替え玉にするって言ってるのを聞いて、お前が顔を青くしていたって」
「そっか。聞いたんだ。顔を合わせると決心が鈍るから手紙にしたのに」
「決心が鈍るぐらいなら、帰ろう」
わたしは首を横に振った。
「カイ、今までありがとう。どんなに感謝してもしきれない。わたし、カイに命をもらったんだ。この命で生き延びるのに、あの街にいられないんだ。哀しくなっちゃうからみんなに面と向かって挨拶できなかった。世話になったのに、恩知らずでごめん。でも、行かなきゃなんだ」
「どうしても、か?」
「うん、どうしても」
「お前、アロデストに行くつもりだろ?」
「……うん、なんでわかったの?」
「ギルドの地図でよく見てたから」
「あはは、カイには敵わないな」
「お前、ひとりで山越えできると思ってんのか?」
「でも、しないとなんだよ。生き延びるためには」
カイは優しいからな。ただ替え玉にされるのを怖がっているだけなら説得できると思っているかもしれない。わたしの居られないと思う恐怖は、あの小説の因縁めいたものを変えられないと思ったからだ。それを伝えないと、納得できないかもしれない。
「カイ、わたしの頭がおかしいと思っていいよ。あのね、わたしには前世の記憶があるんだ」
「前世の……記憶?」
わたしはある日唐突に前世の記憶を思い出したことを話した。そして、あの家の中で閉じ込められるようにして暮らしていたことも。
それから前世で読んだ小説とこの世界が同じだと思ったこと。その小説の主人公のスペアの姉であること。最後まで読んでいないが、わたしは妹に復讐するだろうことも。
そしてそうはなりたくないが、屋敷の人たちに替え玉として目を付けられてしまったこと。わたしは閉じ込められていないし、一つ下だし、男の子と思われている。それでも運命のようにお嬢様に関わってしまい、スペアとわかってないのに囮にされた。この因縁めいたものはきっとわたしに付き纏うものに思えること。あの街にいたらいずれ替え玉にされ、そしていつか復讐に走るのだろう。だからあの街にはいられないーー。
こんな途方もない話をされても困るよなと思いながら、カイを盗み見る。
カイはしばらく黙っていたけれど
「お前があの街にいられないと思ったことは理解した」
カイが山道を登り出す。
「カイ、なんでそっちに……」
「お前と一緒に行くから」
「え? ダメだよ。カイはボスだよ。それに今の話聞いたでしょ。わたし、あの人たちから逃げ出せるかわからないし、巻き込みたくない」
「ボスはノッポがなった」
「え?」
「お前の様子が変だからさ。出て行くって決めたんだなってみんなわかってた」
え……。
「ミケから聞いてお前がこの街にいられないと思っていることはわかったから、いっそのことみんなで出るかって話になったけど、ホトリスが言うんだ。みんなで出て行ったら余計に目立つって。街に残って情報を集めるやつも必要だって。おれたちは仲違いして連絡は取ってないってことにして情報を集めた方が、フィオのためになるって。子供すぎてお前を守ってやるって言ってやれなくて、こんな悔しいことはない。みんな、また会える日を待ってるって」
伝った涙をカイが手で拭いてくれる。
「隣街じゃなくて山越えを選んだのは頭使ったな、偉いぞ。お前みたいなチビが山越えをするとは思わないから時間が稼げる。アロデストからはいろんな街に行けるからそこまで行ければ諦めると思う」
カイに手を引っ張られる。
「ほら、行くぞ」
いいのかな、甘えて。みんなのボスのカイを連れ出しちゃって。そう思いながら結びついた指を解けない。
でもそんなことを思い悩めたのも最初の3分で、あとはしんどい登り坂に辟易するのみだった。
木の枝の細いところに緑色の布が巻きついていた。
登っていくとまた。
「カイ、この辺りに罠があるのかも」
「罠?」
「ほら、これ」
わたしは細い枝に結ばれた緑の布切れを指差す。
「さっきもあったんだ。ここらへんに仕掛けがあるんだと思う」
カイが左右を見渡す。
「あそこらへんかもな。あ、あった。縄のやつだ。ひっかけると上に吊るされるタイプのだ」
カイの指差す方を見てみるとなるほど。土や枝でカモフラージュさせているけど、木に巻きついている縄がそこまで続いている。
「ってことは獣は出るし、人もいるってことだな」
「そうだね」
わたしたちは手を繋いだまま、山を登り続ける。
夕方になりきる前にテントを張って、周りに魔物よけの香を炊いた。
ご飯はバッグに入れておいた、おにぎりとスープだ。
山の上は夜になると急激に温度が下がったが、カイと一緒に眠ればそこまで寒さは感じなかった。
朝早くに起きて、軽く食事をしてまた山を登る。獣がいるからだろう、カイはずっと緊張している。普通の道を歩くのは慣れてきていたが、山道はやはり違う。いつもと違うところに力が入るみたいで、変なところに豆がいくつもできてこすれて痛い。
「どした?」
速度が落ちているからだろう、カイに声を掛けられる。これ以上迷惑をかけたくない。でも体は正直でいくら自分を叱責しても早く歩けない。
「足、見せてみろ」
カイに足を見せ、自分でもその惨状を見て、余計に痛くなってしまった。血マメが2つ潰れている。
「ちょっと待ってろ。フッサ草が効くんだけど」
カイがキョロキョロしてあたりの薬草を探す。
「あ、カイ、もう少し右の木の下」
カイが指示通り見てくれて
「あ、これホリオ草だ。これは痛みも和らぐぞ。お前、そっから見えたのか?」
「ううん、光ったから。森とかでも、よく光っているところみるといいものがあるんだ」
ふうーんとカイは言って、ホリオ草を石と石で擦って、それを足に塗り込んでくれた。カイの足は大丈夫なのか聞いたところ、全然問題ないそうだ。11歳、スゴイ。
カイは少しスピードを落としてくれた。獣にもあうことなく2日が過ぎた。
3日目の朝、ふと目が覚めたとき、一緒に眠ってたカイがピクっとした。
外から声がする。
「誰かいるのか?」
男性の声だ。
カイがわたしに中にいるようにジェスチャーして外に出ていく。
「フィオ出てこい」
わたしは恐る恐る出た。外にいたのは猫の髭を描いたような化粧を施した大きな人で、襟巻きをするように大きなトラみたいなのを首にかけていて、そのトラは首から上がなかった。
わたしは崩れ落ちるように地面にぺたんとなる。
「おい、どうした?」
どうしたって、カイは……なんとも思わなかったんだ……。
「こりゃちっこいな。悪いな、驚かせたか。こんな獣の通り道で香なんか焚いても無意味だぞ。さっさと山を降りた方がいい」
仕掛けた罠の回収にきた冒険者でもあるムクさんは、途中テントがあったため声をかけてくれたみたいだ。
「ありがとうございます。すぐにテントを片付けて、山をおります」
ちゃんと上までこられてたみたいだ。
わたしも手伝おうとしたのに、へっぴりごしになっていてうまく動くことができなかった。ムクさんは獣を傍に置いて、テントを畳むのを手伝ってくれる。
「チビっこいのを驚かせて腰を抜かさせちゃったみたいだからな、責任をとるさ」
ムクさんはアロデストのギルドに勤務しているそうで、行くところが一緒なら一緒に行こうということになった。ただ獣を背負っていて怖いので近寄れなかったが。
カイは自分はカイン、わたしのことは弟のフィオだと紹介した。髪の色や似ていないことからバレバレだろうが、ムクさんはそのことについては何も言わなかった。
カイはわたしが変な貴族に目をつけられたので逃げ出してきたんだと言った。
それだけでムクさんは察する何かがあったようだ。
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