第32話 塔

 階段をひたすら登る。カイが背中を支えてくれている。

 わたしたちは街に行く日、途中で黒いマントの男たちに突然包囲された。

「主が会いたがっているから一緒に来て欲しい」と言われ、断るなら強制的に連れていくと脅され、何日も馬車で揺られ、森の中に連れてこられた。突然開けた場所があり、そこには塔があった。細い塔だった。


 鉄格子のある部屋で待たされる。向こう側にもドアがありそこから入ってきたのは……。

 金髪に紫色の優しい瞳。現れたのはカイより大きなキレイな青年だった。

 ……面影が重なる。


「……アル?」


「覚えていてくれたんだ、久しぶりだね」


 奇妙な再会だが格子越しに近寄ろうとしたのをカイに止められる。


「これはどういうことだ?」


 あ、そうだ。わたしたちは問答無用に連れてこられたのだ。


「カイもずいぶんデカくなっちゃったな。こんなちっちゃかったのに」


 と腰ぐらいを掌で示す。カイは黙り込む。


「座らないか」


 そう言って、アルはこちらに向けられた椅子に腰を下ろした。

 カイはわたしを椅子に座らせた。でも自分は立ったままだ。


「……フィオを探したんだ。最近あることを知って、恨み言をいいたくなってね。それからお願いしたいこともあって呼んだんだ。私はここから出られないから」


「ここは何? どうしてアルはこんなところに?」


「君たちのせいだ」


 え?

 アルは悲しいことを耐えるように微笑んだ。


「俺たちが何をしたっていうんだよ?」


「正式に名乗ったことはなかったね。私の名前はアルフレッド・イプール・フィンモンドという」


 フィンモンドってこの国の名前だ……。


「第一王子様?……」


 呆然としたようにカイが呟く。

 あ、幽閉……。お嬢様の誘拐犯を捕まえるきっかけになったわたしたち。

 第一王子様はそれの首謀者ということで幽閉された。

 そして思い出す、それから5、6年後情勢が変わり、第一王子は第二王子への反撃を開始する。

 第二王子様を廃嫡させるよう仕向けるのだ、アルが。……アルがレイモンド殿下を陥れるのだ。けれどそれも結局のところ覆される。


「思い出した? 友達だと思っていたのに。私をこんな目に合わせたのが君たちだと知って、衝撃だったよ」


「お前に何かしようとしたわけでも、第一王子に何かしたわけでもない。誘拐されたり、拐われたりしたけれど逃げただけだ」


「君たちにすれば、そうなんだろうね」


「俺たちはお前をなんて呼べばいいんだ?」


 それがカイの見極めなんだろう。アルがわたしたちの存在をどう受け止めているのかの。


「アルで構わない」


 少し安心する。と思ったのに次に出た言葉は爆弾発言だった。


「これは在る者を廃嫡にできる証拠となる手紙だ。これをどちらかが街に行ってきて落として欲しいんだ」


「なんで……そんなことを?」


 とん、ととん。とん、ととん。さっきからアルが椅子の袖を人差し指で叩いていて、そのリズムに追い立てられる。


「先に私をこんなめにあわせたのは君たちだよ?」


 アルがにっこりと微笑む。


「今この階には誰もいなくて話は聞かれていないけれど、下には多くの者がいるよ。金を払えばなんでもやってくれる人たちがね」


「なんで俺たちを巻き込む?」


「正確にはフィオを巻き込むつもりだったけど、カイが一緒にいたから一緒がいいかと思って連れてきてもらったんだ。カイは巻き込むつもりはなかったよ」


「なんでフィオを巻き込む?」


「希望だったから。8年間ここにひとりで閉じ込められてたんだ。すがるのはそれまでの思い出だ。城の中は窮屈だったけれど、イーストチルドレンのみんなと過ごすのは楽しかった。特にフィオは初恋だからね。ここで死を迎えるかもしれない絶望の中で、フィオとだけはもう一度会いたいと思ってた」


 カイの手を握る力が強くなる。


「好きなヤツを犯罪に巻き込むのか?」


「カイがやってくれてもいいんだ」


 何を言ってるんだ。


「……わかった。俺がやる」


「ダメだよ、何言ってるの」


 カイの手を引っ張る。


「それじゃあフィオがやってくれるの? できるの?」


「ダメだよ、アルが考え直して」


 アルがふっと吹き出した。


「フィオは今も変わってないね。予想外のことを言う」


 アルは乾いた笑いを終わらせる。


「この手紙は僕、……私を陥れる手紙だから」


 ええ??


「もし、引き受けてくれたら、それもいいかもと思って、君たちが決めることに従おうと思ったんだ」


 わたしとカイは顔を見合わせる。


「君たちは引き受けなかったから、それが天のお導きだと思うことにしよう。

 さて。これは信じて欲しいんだけど、フィオを探したのは本当にカイと一緒にいるとは思わなかったからなんだ。

 フィオは侯爵令嬢、アニス嬢の双子の姉だ」


 わたしが驚かなかったからか、アルは困ったように微笑った。


「……知ってたんだ。君は知っていて逃げていたのか」


「わたしはスペアになるために生きていたいわけじゃないから」


 アルがグッと詰まる。


「どうやって知ったんだ? 侯爵令嬢なことは」


「鏡を見た。お嬢様と瓜二つで、わたしにはあの家の記憶はあったからね。名前も何も知らなかったけれど」


 そうか、とアルは頷いた。


「双子はどちらも食い潰そうとして家が断絶する迷信があるんだ。普通は後から生まれた方を天に還すが、後から生まれてきたアニスには妖精の祝福があった。妖精の祝福をある子を天に還すわけにはいかないから、姉の君を亡き者にしようとした。でも君は後から生まれたわけじゃないから亡き者にすることもできず、離れたところでひっそりと君を生かしていたんだ」


 カイが手をギュッと強く握ってくれた。わたしは大丈夫と握り返す。


「突然、君を任せていた侍女がお亡くなりになったらしい。侍女は誰とも連絡をとっていなかったから、亡くなったのが分かったのも後日で、君の世話をしていたことは秘密にしていたようだから、君のことは誰も知らなくてほったらかしにされて、……君は自分からあの屋敷を出た」


 ……ばあやは亡くなったのか、あの時に。……捨てられたわけじゃなかったんだ。それなのに、全然亡くなったとは思いつかなくて、ただ酷いと思っていた。あんなにわたしのことを考えてくれて、世話してもらっていたのに。愛情をいっぱいもらっていたのに。

 泣いていたみたいで、カイが指でわたしの涙を拭う。


「君はアニスの姉の侯爵令嬢だ。ここからが本題だ。

 この前アニスが訪ねてきたんだ。レイがおかしくなったと」


 レイモンド殿下の後ろ盾の重鎮である伯爵が亡くなってから、様子がおかしくなったそうだ。第一王子を殺さないと自分が殺されると言う考えに取り憑かれていて、第一王子に謀反の罪をきせる筋書きを書いたと言う。アニスはもう駄目だと思ったそうだ。罪をでっちあげる、そんなことを考えてしまうようになってしまったなんて。彼は病んでしまった、もう王になる資格はない。アニスは虫が良すぎるけれどとアルに助けを求めた。病んでしまった彼と一生静かに暮らすからアルが王になり自分たちを見逃してくれ、と。ちなみにレイモンドがアルに罪をきせる計画は穴だらけで、彼の思考が辻褄の合わないものになっているのを物語っていたそうだ。

 アルは確かにその重鎮が亡くなったことで、幽閉が解かれる予定だった。十分反省しただろうと言うことで。そしてこの塔では政の教育はずっとされてきたようだ。


 アルとアニスは話し合った。アニスは言った。レイが生きている限り、第二王子を祭り上げようとする人は出てくる。だから王様に頼み込み、レイはなくなったとしてどこか遠くでひっそりと暮らしたいと。アニスはレイモンド殿下についていくという。


「私は8年捨て置かれていた。後ろ盾はないに等しい。私には今、後ろ盾が必要だ。地位を盤石にするまででいい。3年でなんとかするから、その間だけ私の婚約者になって欲しい」


 アルはわたしをまっすぐに見ている。


「な、何言ってるの? わたしが後ろ盾になれるわけないじゃん」


「ごめん、でもアニス侯爵令嬢なら、十分な後ろ盾になれる。

 フィオ、私は今とても困っている。助けてくれないか? カイも頼む。表向きには第二王子が亡くなり、幽閉されていた私が出てきたことになる。私に力がない今、叔父たちがどう出るかわからない。王太子問題がごたついたら、隣国に隙を見せる。攻めさせる理由にもなる」


 わたしに上着をかけてくれた天使のような少年。お菓子を持ってきてくれたり、いろんなことを教えてくれた。かじかんだ手をとってポッケに入れて温めてくれた時はドキドキした。大人びた表情が多かったけど、どこか淋しさを抱えていた。

『じゃあ、僕が助けて欲しいときは助けてくれる?』

 すがるような瞳でそう問われた。体は大きくなったのに、淋しさを抱える瞳は少年のままだ。


 わたしがアニスの代わりに?


「対外的なことは何もしなくていい。ただ私のそばにいてくれればいい。3年、いや2年でなんとかする。その間だけアニスの振りをして欲しい」

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