第28話 敗北
「は?」
アーニャがそう言った瞬間。執務室内の空気が凍った。
そりゃあそうだ。そんな重要な情報をなんで今まで黙っていたんだって話しだ。
ライナちゃんは顔を強張らせながらアーニャを見つめ、その後俺にも視線を向けた。
あなたも知ってたの? って表情。
……。
俺は苦笑いしながらスッと視線を逸らすことでライナちゃんの視線に肯定する。
ライナちゃんはそれを見て察したようだ。ワナワナと身体を震わせ、
「どっ……どういうことなの?」
と俺たちに言った。
数秒の沈黙。
アーニャはあっけらかんとした口調で言う。
「今思い出したの。仕方ないでしょ」
やっばー! 笑えるくらい清々しい言い訳だ。セレナは口を半開きにして信じられないといった表情をしている。
「いっ……いや。これには訳があって……」
俺はすぐさまフォローに入る。
いや、訳といってももう一度死の森に行きたくなかっただけなんだけど。死の森の最深部に青い花の薬草があるよって言ったら「異世界からきた勇者様に取ってきてもらおう!」みたいな展開が嫌すぎるだけだったんだけど!
その時。ライナちゃんが叫んだ。
「もっと早く思い出してくれればお父様は死ななかったのかもしれないのよ!」
執務室に響くライナちゃんの声。
それを制したのはセレナだった。
「いえ、あると言ってもそこに行けたかどうかはわかりません。エアリス国兵士四割を使っても四階層までしか行けなかったので」
チラッとアーニャを見ながら言うセレナ。その目線は若干睨んでいる様にも見える。
かばう……というよりかセレナちゃんに事実を言っただけのようだ。アーニャに大しての苛立ちは隠せてない。セレナは一際強くアーニャを睨むと。
「しかし、無理だとわかっていてももっと早く行って欲しかったがな」
アーニャはそんな事などどこ吹く風といった様子だ。怯む様子もなく口を開く。
「とにかく死の森の最深部にその青い花を咲かせる薬草はあったわ。どうにかして取りに行くわよ」
そしてアーニャは俺を見るとこう言った。
「作戦は恭也。貴方が考えて」
「ええ!? 俺が!?」
無茶ぶりである。
〇
「現状この国に動かせる戦力は……このくらいだな」
「二百人か……確か前回は四百人で挑んだんだっけ?」
「いや、千人で挑んで一階層で四百人死んだ」
「マジかぁ……」
「大丈夫よ! 私のスキル無限の魔力と恭也のアイディアがあればなんとかなるって!」
その後俺はセレナとアーニャと一緒に作戦会議をしていた。
正直かなりキツい。
改めて考えてみると思うんだが、逆順だからこそあの死の森を突破出来たんだと思う。
まず第五階層──虹蛇の森を抜けれたのは湖の結界が溶けて虹蛇たちが硬直してくれたからだ。そして四階層の触手の森。これもミルメコレオの大移動があったから。第三階層の毒の沼地は沿岸に生えていたエアツリーのマスク。アレがなかったら毒のガスで渡れなかった。
第二階階層のミルメコレオの巣は毒の沼地の臭いが身体に付いていないとダメだった。
そして第一階層──巨大昆虫の森。これはミルメコレオたちが巣を壊され暴れていたおかげで突破出来た。
いわばずっと裏技を使い続けてきたようなものだ。まともに攻略した階層なんて一つもない。
それを今から俺たちはまともに攻略していかなければいけない。
しかも……しかもだ。
ラチプの実で破った湖の結界がいつまでもそのままだとは限らない。
時間が経てば経つほどラチプの実でワイン化した水は希釈され、再び結界は復活してしまうだろう。そうしたら二度とあの中には入れない。
……。
こんなの無理だろ! 攻略の糸口すら思いつかないのに時間制限まであるなんて!
「くっそ……どうやって攻略すれば……」
頭を抱える俺にアーニャが囁いてきた。
「恭也。きっとこれは私と魔王の戦いの延長戦よ」
声のする方を見ると目を輝かせたアーニャ。自信満々といった表情だった。
俺はため息をつきながら言い返す。
「……だからなんだよ」
アーニャは真っすぐに俺を見る。
「だから必ず勝てるってことよ。勇者が魔王に負けるわけないでしょ?」
「そんな無茶苦茶な……」
思わず言葉に詰まる。だが……なんとなく気が楽になった。
「勇者……そうだよな……だったら負けるわけにはいかないよな」
ここで諦めるわけにはいかない。死の森の最深部までの道のりを知っているのは俺たちだけなのだから。
〇
一週間後。
「よしっ……行くか」
俺は目の前に広がる死の森に向って呟いた。
この一週間で出来る限りの対策を練った。だから絶対にこの森を突破できるはずだと自分を鼓舞して。
目の前には四百人の兵隊たち。
セレナが彼らに向って叫んでいた。
「貴様ら! ぜったいに恭也殿とアーニャ殿を送り届けるんだぞ!」
おう! と士気高く吠える兵士達。皆この作戦が成功すれば疫病の特効薬が手に入ると信じ気合が入っている。
グッと身体に力が入る。
……正直みんなの期待が重い。この一週間自分なりに頭を絞って作戦を考えたのだが、俺の作戦なんて所詮素人の立てた作戦。成功する補償なんてない。
特に第一階層。この巨大昆虫の森が一番の鬼門だ。
動くものに襲い掛かってくる巨大昆虫。
ここの突破方法は一つ。
四百人の兵士と一緒に最速最短経路でこの巨大昆虫の森を抜ける。
これしかない。
つまり何人か……いや、何百人かの兵士は俺たちを先に行かせるための犠牲になってくれるわけだが……。
「うっ……」
それを考え、気分が悪くなってきた。胃液が口まで上がってきて酸っぱい味が口の中に広がる。
その時。アーニャが俺に向って話しかけてきた。
「大丈夫。貴方の責任じゃないから」
真っすぐに死の森を見すえながら彼女は言う。その横顔は少し笑っているようにも見えた。
「これは人類と魔王の戦争。犠牲はつきものよ」
あまりにもドライな考え方に黙ってしまう俺。アーニャは続ける。
「もはや誰も死なないなんて考えは不可能。その考えを持っていたら全滅するわよ」
アーニャがそう言った時。セレナの号令がかかった。
「突撃!」
四百人の兵士が一斉に死の森へと進む。
こうして俺たちは再び死の森へと入ることになった。そして思い知ることになる。
死の森の恐怖を。
〇
「全隊撤退! 撤退だ!」
死の森一階層──巨大昆虫の森でセレナの声が響く。
その足元には数百の死体。すでに立っている兵士は半分以下になっていた。
「くそ! くそ!」
俺はその死体を踏みながら死の森から逃げ帰っていく。
「こんなのどうやって突破すればいいんだよ!」
この日俺たちが進んだ距離はたったの数百メートル。
まだ第一階層の序盤も序盤というところで俺たちは巨大昆虫の群れに襲われてしまった。
結果は兵士を半分失い撤退。
俺たちの死の森進行作戦は失敗に終わった。
異世界に召喚されたと思ったらダンジョンの最深部でした 向井一将 @mukaiishoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界に召喚されたと思ったらダンジョンの最深部でしたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます