第26話 千年前


 一か月が経った。


 俺とアーニャはまたいつものように薬草を積む毎日だ。

 そんな時。俺たちはセレナに呼び出された。


 向かった先は執務室。扉を開けると椅子に座ったライナちゃんが泣いていた。

セレナは少し目を伏せると俺たちに話し始める。


「……国王が死んだ」


「そんな……」


 セレナの背後でライナちゃんが顔を伏せる。

 ズンと胃袋に重しがのったような感覚がした。

 一か月前。俺たちが青い花を咲かせる薬草の情報を言っていればこんなことにならなかったのだろうか。


 ……いや、死の森の深層になんて誰もたどり着けない。言ってもみんなが絶望するだけだ。

 重い空気の中セレナが喋り出した。


「……すまない二人とも……。国王も死に、内政は混乱している。もうこれ以上二人を国賓として優遇することは出来ない。……すまない」


 申し訳なさそうにセレナは頭を下げた。


「ごめんなの……」


 おなじく涙目で頭を下げるライナちゃん。


「まあ、そうなるわよね」


 と、アーニャが呟いた。


「逆に結果を出していないのに今までずっと国賓扱いされてたのが不思議よ」

「……」


 その理由はなんとなく知っている。

 いつだったか見てしまったライナちゃんが偉い人と話している姿。

 結果を出していないのに国賓扱いをするべきではないと言う意見にライナちゃんは必死に抵抗していた。


 ……それも国王が死んで発言権のバランスが崩れたんだろう。

 まあ、いつかこうなる日が来ると思っていた。

 俺はアーニャと顔を見合わせると、大きくため息をついた。


「はぁ~あ。これで三食昼寝付きの生活ともお別れか~」


「でも、これでようやく自由に異世界を冒険できるわね」


 前々からこの生活を追い出されたらどうするかとはアーニャと話し合っていたんだ。

 この世界をゆっくりと旅をしながら見て回る。俺たちはそう決めていた。

 幸いミルメコレオの巣から拝借した金銀財宝はある。

 当分金で困ることは無いだろう。


「そうか……すまないな」


 セレナはそう言うと再び俺たちに頭を下げた。

 明日俺たちはこの城を去ることになるらしい。

 〇

 自分たちの部屋に戻ると、俺はアーニャに話しかけた。


「これからどうするよ?」


「ん~そうねえ。ここから東に真っすぐ行って……海の国シシャーラにでも行ってみない? 昔立ち寄ったんだけど、あそこの魚は新鮮で美味しかったのよ」


 アーニャはもう観光気分だ。

 いそいそとバックの中に私物を詰め込みながら答えた。


 ……。

 本当にこれでいいのだろうか。


「なあ……」


「別に無理して世界を助ける必要なんてないから」


 アーニャはバックの中に私物を詰め込みながら答えた。


「魔王を倒した私がなんで国を離れてあんな辺鄙な場所で研究をしていたかわかる?」


 アーニャの眉間に皺が寄る。


「魔王を倒した私は次の魔王になりうる存在だったのよ」

 〇

 アーニャは顔をしかめると、ポツポツと語り出した。


「……魔王を倒した後。ライナ王国に凱旋した私に待ち受けていたのは迫害だったわ」


 ライナ王国に戻ったアーニャは現代日本の知識を可能な限り聞き出された後、辺境へと追いやられたらしい。

 それがあの家。死の森最深部のアーニャの家だ。


「あの湖は私を閉じ込めるための牢獄だったのよ。周りにモンスターを放ち、生かさずに殺さずに私を保管したの」


「だけどそれは失敗した」


「ええ、私の魔力でモンスターが異常成長してしまったわ。まあ、私はずっと研究をしていてそれに気づかなかったんだけど」


 アーニャは一際大きい溜息を付いた。


「はぁ……魔王を倒したと言ってもたまたま勝てただけなのにね。過剰に怖がり過ぎなのよあいつら」


 遠い目をして語るアーニャ。たまたま勝てたと謙遜しているが、そこにはとてつもない苦労があったのだろう。なにせ相手は魔王だ。死闘だったに違いない。

語られることのないその戦いを思い、俺は相槌を打った。


「……そうか」


 アーニャはぽつりと呟いた。


「ええ、そもそも魔王風邪気味だったのよ。高熱でふらふらの状態だったから楽に勝てたわ」


「……え、そうなの?」


 死闘の末にようやく倒したんじゃないの? そんな不意打ちまがいの方法で勝ったの?


「なんだか独自に開発していた生物兵器が暴走して魔族内でパンデミックが起きちゃったみたいなのよ。端的に言うと自爆ね」


 ええ~なんだよ。ただの自爆かよ。

 ……思ってたのとちが~う。

 まさか生物兵器が暴走して魔王軍が弱体化していたとは。アーニャ曰く、魔族全体が弱っていたので遠くから魔法をぶっ放しているだけで一方的に勝てたとのこと。……四天王なんて二人しかいなかったらしい。残り二人は出会う前に病死していたんだって。


「戦争中にパンデミック起こすなんて魔族もバカよね~」


 そうアーニャは話し、止まった。


「……パンデミック?」


 俺はアーニャと顔を見合わせる。

 ……。

 あれ? ちょっと待て。パンデミック?

 すごく既視感があるんだが……。


「なっ……なあそれってもしかして……」


 アーニャは青ざめた顔で答えた。


「……そう言えばあの時の魔族たちの症状……今の疫病の症状に似てたような……」


 無意識に俺の口が動いていた。


「もしかして千年前の生物兵器って……」


 俺とアーニャの口が同時に動く。


「「薬草?」」

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