第25話 嘘

 この世界に来て、あの湖の中に閉じ込められて……。

 俺はこの味をなんどもなんども食べた。

 栗とバナナが混じったようなこの味……。


「バナナもどきの味だ……」


 アーニャが魔力を加えた結果果実が実ったと言うことは、魔力値の高い土地では薬草は果実を付けるのだろう。

 そう考えると……そう考えると、アーニャの家の近くに生えていたバナナもどき。


 青い花を咲かせていた。


 合点がいく。

 あの土地は千年間アーニャの魔力が染み込んだ土地だ。

 この世界で一番魔力値が高い土地は、やはりあそこしかない。

 ああ……そうか。俺とアーニャが薬草の花粉にやられていない理由も分かった。


 あのバナナもどきを食べたからだ。

 そう……俺たちはいつの間にか特効薬を食べていたんだ。


「あの青いバナナもどき……あれが青い花を咲かす薬草だったんだ……」


 俺が小声で呟いた言葉。隣にいたアーニャだけが聞いていた。


「ちょっと……それ本当に言ってんの?」


 アーニャが青ざめた顔をして、俺からバナナもどきを奪った。

 そして一口食べ……。


「……バナナもどきじゃない」


 アーニャも察したのだろう。それ以上言葉がでてこない。

 セレナが不思議そうな顔をして聞いてきた。


「バナナもどき? なんだそれは?」


 あ、そうか。バナナもどきって呼んでいるのは俺たちだけなんだ。


「バナナもどきって言うのは……」


 セレナに説明しようとした瞬間。アーニャが待ったをかけた。


「待ちなさい。なに言うつもりなの?」


 アーニャは小声で俺に囁きかけてくる。


「いや、だから……」


「もしかして青い花を咲かせる薬草の場所が分かったとか言うつもりじゃないんでしょうね!」


「いや、言うだろ」


「ダメに決まってるじゃない!」


 ぴしゃりと釘を刺された。


「絶対に言っちゃだめよ! そんなこと言ったらまた死の森に行かなくちゃいけなくなるでしょ! あの森を脱出できたのは奇跡みたいなものなんだから! 今度行ったら絶対に死んじゃうわ!」


「でも……言わなきゃこの世界の人たちが……」


「だから言ってるでしょ! 本当にヤバくなったら女神が新しい日本人を召喚するんだから!また死の森に行って命がけの冒険をしたいの!? 私は二度とごめんだからね!」


「うっ……」


 アーニャの迫力に納得させられてしまう自分がいた。

 確かに、新しい日本人が召喚されるならわざわざ今、死の森最深部に青い花を咲かせる薬草があると言うべきではないかもしれない。

 俺たちが言わないでもきっとそいつが解決してくれるだろう。


 逆に今言ったら絶対に俺とアーニャとセレナで再び死の森に挑まなくてはいけなくなる。

 いや、最悪俺とアーニャは行かないと言う選択肢もある。だが、セレナにはないだろう。

 死ぬとわかっていても死の森に挑み、そして死ぬ。

 それは嫌だ。


「……バナナもどきって言うのは俺たちの世界の食べ物で、この薬草の実がその味に似てただけなんだ」


 少し迷った後。俺はセレナにそう説明していた。


「ふうん。そうなのか」


 特に不思議がる様子もなくそう返すセレナ。


「そう。それでいいのよ」


 アーニャはそう呟き。


「結局青い花を咲かせる薬草は見つからなかったわね」


 と、白々しく言った。


 ……これで良かったのだろうか。

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