第19話 脱出
最後の関門。巨大昆虫の森。そこは多種多様な巨大昆虫が闊歩する森だった。像よりも大きいカマキリや蜘蛛、ムカデやサソリ。毒ガスを出すカメムシや毒鱗粉を振りまく蛾もいる。
コイツらはとにかく凶暴で視界に入る者を問答無用で襲ってくる。反撃しようと思わない方がいい。コイツらはやたらと硬いんだ。身体を覆う甲殻はまるで鎧のよう。剣なんて通らないし、セレナ曰く魔法にも耐性があるらしい。
だから逃げる一択なんだが、何せここは巨大昆虫の森。逃げた先にもいやがる。巨大なカマキリから逃げたと思ったら次は巨大なムカデに出会う。ここはそんな森なんだ。
そんな森を俺たちは進んで行く。それを可能にしたのはマジックバックの中に入れていたあるアイテムのおかげだった。
見た目は大人用の黒いローブ。しいて言うなら首元に透明な宝石が一つ付いている。その宝石が綺麗だったからという理由で俺が拾っておいたんだ。だが、これがとんでもない効力をもっていた。
「こっ……これは! 隠れ蓑のローブ! 魔力を流すと姿を消せるローブだ!」
興奮気味にセレナが叫ぶ。どうやら相当珍しいアイテムだったらしい。過去に伝説の冒険者が持っていたとかなんとか言っていたが、その辺は割とどうでもいいので聞き流した。大事なのはこのローブを羽織れば姿が消えると言うことだ。
魔力を流している間という制限は付いているが、こっちにはアーニャがいる。無限の魔力を持つアーニャに魔力を流して貰えれば実質無限に姿を消し続けられる。
ということで俺たちは三人で一枚のローブに包まって芋虫のようにもたもたと進んでいる。
「ちょっと! 恭也お尻触らないでよ!」
「くっ……すまない私の乳房が大きいばかりにっ!」
「仕方ない! 仕方ないよぉ! だって狭いんだもん!」
天国である。
一枚のローブに包まるから三人ともギュウギュウだ。アーニャの尻とセレナのおっぱいが俺に当たる。うへぇ! 楽しいぞ!
頭上で巨大トンボが巨大カマドウマを捕食していた。ドスンと目の前に巨大なカマドウマの足が落ちる。アーニャはヒィと小さく叫び、俺にくっつくと、うんざりした声で言った。
「あとどれくらいで外なのよぉ!」
ここ数時間で何度も聴いたセリフだ。そしてこの後のセレナのセリフも一緒。
「もうそろそろだ。出口は近いぞ」
セレナ曰く、当初のルートとは違う場所から出てしまったから(ミルメコレオの巣穴のことだ)現在地はわからないが、周りに生えている木の大きさから推察するに出口は近いらしい。
この森の木は奥に行くにしたがって大きくなるんだって。
だから俺たちは木が小さく、細くなっていく方に向って進んでいる。
このまま進んでいれば確実にこの森を脱出できる。この時俺たちはそう思っていた。
〇
死の森第五階層──虹蛇の巣穴。
虹蛇たちが麻痺したことにより、深層まで侵入したミルメコレオ。彼らの鎮圧は今終わった。
千。いや、万を超えるミルメコレオの死体。その上に鎮座するのは虹蛇の王。恭也たちが大虹蛇と呼んでいる蛇だ。彼はいまだにアーニャ達を探していた。
彼は舌を伸ばし、空気中に残留する魔力を嗅ぎ取る。そしてそのままじっと触手の森の方角を見た。
いる。
魔力を感知する彼にはアーニャが発する莫大な量の魔力がくっきりと見えていた。彼はアーニャのいる方角に向って進みだす。
彼はジャングルを抜け、触手の森を渡った。触手はおじけづいたのか彼が上を通っても顔を出さない。
そのまま彼は毒の沼地を抜ける。毒も虫も彼にとっては障害ではなかった。途中に小さい蛙がいたが、丸呑みにした。
ミルメコレオの巣穴を進んだ。迷宮のように入り組む巣穴。彼には関係なかった。真っすぐに、アーニャ達に向って最短経路で巣穴を壊しながら進んだ。ミルメコレオの大群が彼を襲うがその牙や爪は彼の鱗に傷を付けることが出来ない。
彼は巣穴を抜け、巨大昆虫の森を進む。アーニャを目指して。
〇
「ねえ、もしかしてそろそろなんじゃない!?」
アーニャが嬉しそうに周囲を見渡した。
確かにそれは俺も思っていたことだった。少しずつ木が細くなってきているし昆虫のサイズも一回り小さくなった。
セレナは湧き上がる喜びを抑えるように言う。
「ああ、出口は近い!」
その時。どこか遠くからミルメコレオが吠える声がした。同時に木々が倒れる音が聞こえる。
「ミルメコレオが暴れてるな」
なんとはなしに言うセレナ。だが、俺はこの声を、この緊張感を知っている気がした。嫌な汗が背筋を伝う。アーニャが呟く。
「大虹蛇……」
バキバキと木が倒れる音が近づいてくるのを感じた。と、思った時には既に背後から聞こえる音。振り向くと、そこには大虹蛇。木々をなぎ倒しながら、群がる無数のミルメコレオを払いのけながら、真っすぐと俺たちに向ってきている。
「全力で走れ!」
俺は隠れ身のローブを脱ぎ捨てながら二人に叫ぶ。もうこんなローブに隠れている場合じゃなくなった。あいつは魔力を見る。透明になっても俺たちの姿は丸見えだ!
それを知っているアーニャは走り出す。それを知らないセレナは一瞬戸惑った。が、大虹蛇を見て慌てて走り出す。
「きょっ……恭也殿! アレは!?」
「大虹蛇! この森のラスボスだよ!」
走りながら後ろを振り向く。大虹蛇に向って巨大なカマキリが鎌を振りおろしていた。あっけなく弾かれるカマキリの鎌。大虹蛇はウザそうに舌をチロリと出し、カマキリを睨む。次の瞬間。カマキリは丸のみにされていた。
前を走るアーニャが叫んだ。
「恭也! 前見て! 蜘蛛の巣!」
「うおおおおお!?」
木と木の間にワイヤーのような太さの糸。俺はスライディングをしながら糸と地面の隙間を通り抜ける。頭上から『ギシャア!』と蜘蛛の声がした。咄嗟に上を向くと俺に向って威嚇している蜘蛛。が、すぐに蜘蛛の視線は大虹蛇に向けられた。俺に続き蜘蛛の糸を躱すセレナ。それを追う大虹蛇。セレナが叫ぶ。
「よし! これであの蛇は蜘蛛の巣に絡まる! あの蜘蛛の糸は鋼鉄よりも丈夫だ!」
「無理無理無理無理! 糸ごときでアイツが止まるわけねえじゃん!」
数秒後。蜘蛛の巣は無残にも大虹蛇に壊された。
「なっ……なに!?」
「ほらぁ!」
怒り狂った蜘蛛が大虹蛇に飛び掛かったのが後ろ目で見えた。尻から出した糸で大虹蛇をグルグル巻きにしようとしていたが、あっけなく丸呑みにされる。
つかえない! もうちょっと粘れよ! 一秒も足止め出来てなかったじゃねえか!
頭についた蜘蛛の巣をブンブンと振り払い、ドンドン近づいてくる大虹蛇。
「わ~ん! もう私たち終わりよお!」
アーニャが号泣しながら叫ぶ。
「いや、終わらない! 絶対に生き延びるぞ!」
俺は懐から渡り鳥の剣を取りだした。
周りにはまだ巨大昆虫がわんさかいる。まだ俺たちに気づいていない奴。俺たちを無視している奴。他の虫と戦っている奴。コイツ等全員に大虹蛇と戦ってもらう!
俺は樹上で戦っている巨大カブトと巨大クワガタに渡り鳥の剣を投げつけながら叫んだ。
「先輩! 大虹蛇のやろうが調子こいてるんすよ! やっちゃってくださいよ!」
巨大カブトムシとクワガタの間に投げ込まれた渡り鳥の剣。争っていた二匹は一斉に振り向く。そして大虹蛇に気づいたのか、甲高い声を出しながら大虹蛇に向っていった。
「よっしゃあ! 思い通り!」
大虹蛇は立ち止まり、尻尾の一撃で同時に二匹をバラバラにする。
俺はその隙に、手元に戻ってきた渡り鳥の剣を遠くの木にしがみついていた巨大カメムシに向って投げた。
巨大カメムシはこちらに気づくと、大虹蛇に向って尻から毒ガスを出す。
「いける! いけるぞ!」
俺はほかの虫たちにも剣を投げた。
一匹につき、稼げる時間は一秒もない。しかし、時間が掛かればかかるほど、ドンドン集まってくる巨大昆虫。
いつの間にか数十匹の巨大昆虫が大虹蛇に群がっていた。大虹蛇なら数分でこの虫たちを駆逐しつくすだろう。
だが、その数分があれば俺たちは……。
「恭也! 外が見えてきたわ!」
アーニャの指さす方。森が開けているのが見えた。草原だ! 草原が見える!
虫たちは大虹蛇を倒そうと躍起になっており、進行方向に虫はいない。
セレナが叫ぶ。
「死の森の生物は森の外には出れない! 奴らは魔力濃度の高い地域でしか生きれないんだ!」
つまりあの草原にさえ行けばゴール!
「うおおおおおお!」
走る俺たち。大虹蛇は虫たちを振り払い、一気に距離を詰めてくる。
いつの間にか最後尾は俺だ。後ろから迫ってくる大虹蛇の顔。走る俺。背中にチロリと大虹蛇の舌先が触れた。
「死んでたまるかよおおお!」
全力で地面を蹴る。ヘッドスライディングのように森から飛び出る俺。遅れて大虹蛇の口が背後で閉じた。
ズザアと草原にダイブした俺。慌てて後ろを振り返った。
大虹蛇が森と草原の境目から俺たちを見ていた。誰かがゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。一分。いや、十分? 時間の感覚を忘れるほど見つめ合う俺たち。
「大丈夫だ……奴らは外に出れない……はず」
セレナが自身なさげに呟いたその時。大虹蛇は視線を切り、森の奥へと消えていった。
アーニャがセレナを見た。
「でっ……出れたのね! この森を!」
セレナは信じられないといった表情だった。
「ああ……脱出できた……」
一斉に俺たちは叫んだ。
「おおおおおおおおお! やったあああああ!」
「やったわ! やっと出れたのね! この森を!」
「ああ! 私たちは生還したのだ!」
死の森から脱出した俺たちはそのまま、セレナの国──エアリス国にいくことになった。異世界からきた人間は、強力な力や、高度な知識を持っていることが多いので、国賓として招待されるらしい。
エアリス国は死の森から歩いて半日。結構時間はかかるが、命の危険がないというだけで気楽な道のりだった。
国賓扱い。なんていい響きなんだろう。類語辞典を調べたらハーレムって出てくる単語じゃないか。最初にこの世界に召喚された時は一生あの湖の中で過ごさなければいけないと思っていた。その後結界を出てからは毎秒死と隣り合わせだった。ようやくご褒美の時が来たんだと思いながら歩いていると、ついにエアリス国へと到着した。
エアリス国は城壁にぐるりと囲まれた国だった。
「コホっ……セレナ様! よくぞご無事で!」
門番らしき人物がセレナに近寄り、安堵の笑顔を見せる。マスクを付け、咳をしていた。風邪でも引いているのだろうか?
「そちらの方々は? ……コホ」
俺たちの方を見る門番。セレナは一言。
「恩人だ」
なんとはなしに頭を下げる俺たち。門番は慌てて敬礼のポーズをした。
「さあ、まずはライナ姫の元へ行こう」
セレナは先導して城門をくぐった。そして俺は見てしまった。この国の現状を。
「なん……だよこれ……」
マスクを着け咳き込んでいる住人。漂う腐敗臭。道の隅にぐったりと倒れ込んでいる人。ガスマスクを着けた人達が荷馬車から降りてきて倒れていた人を荷台の中に担ぎこんでいた。
荷台に乗せられた人はピクリとも動かない。死んでいるようだった。
セレナは悔しそうに言った。
「……これがこの世界の現状だ。疫病が蔓延している」
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