第18話 洪水
「……なるほどね。こいつらには俺たちがうんこに見えてたのか」
茶色い水のプール。俺はそこに浮かびながら、天に向って嘆いていた。
こうなった経緯を説明しよう。
下水道でミルメコレオに出会った時。俺は死を覚悟したが……。
(あれ? 死んでない?)
俺たちは殺されなかった。
ミルメコレオが噛み付いたのは首ではなく、後ろ襟。
奴らは後ろ襟を咥え、俺をまるで子猫のように持ち上げた。
そしてそのまま傷つけないように優しく、いや……違うな。
あれはできるだけ触らないようにって感じだった。
みんな汚れた雑巾を持つとき端っこの方を指でつまんで持つだろ?
「うえ~汚え~」って感じで。
そんな感じでミルメコレオはできるだけ俺に触らないようにどこかに運んでいった。
抵抗したら殺されそうだったのでしなかった。
それはアーニャもセレナも同じだったんだろう。俺たちは三人仲良く運ばれ、大きな穴に捨てられた。
で、今。
俺たちが投げ込まれたところ。それは超巨大な学校のプールを想像して貰えば嬉しい。
体育館くらいのプールだ。水のかわりにうんこが満たされてるけど。
水面に浮かび天を見上げた。
穴の淵には何匹かのミルメコレオ。一匹のミルメコレオがケツを突き出していた。
数秒後。俺の顔に糞が落ちてくる。
つまりここはミルメコレオのトイレだ。
俺は顔にかかった糞を払いのけながら嘆いた。
「……なるほどね。こいつらには俺たちがうんこに見えてたのか」
元の世界では、蟻は臭いで周囲を認識していると言う。
コイツ等も半分蟻なんだからそうなんだろう。
俺たちは、直前に沼地を通ってきたこともあって、頭の先から足の先までこいつらの排泄物でべっとりだった。ミルメコレオには三つの大きなうんこに見えたに違いない。
通路にうんこを置いておくわけにはいかないから嫌々トイレに捨てに来たと。
「……おかげで助かったな」
横で浮いているアーニャとセレナに言った。
「……そうね」
「……そうだな」
〇
「ここは過去にライカ王国で使われていた下水処理施設のようだな。今はミルメコレオが利用しているんだろう」
巨大な肥溜めの中。セレナは隣で浮きながら言った。
「浄水施設? 結構近代的なんだな」
「ライカ王国は千年前に安仁屋未希が召喚された国だ。彼女の知識によって多数の施設が作られた。中でも魔石を使った浄水施設は有名なんだ。ほら、あの天井の」
天井を見ると、こぶし大くらいの青い石がはめ込まれていた。ぽたぽたと水が滴っている。
「今は魔力切れだが、あの水の魔石で水を出し、排泄物を水で薄め、このプールの底にある浄化の魔石で綺麗にする。それがこの国の。いや、今や全世界中の浄化方法なんだ」
「普通はあそこまで大きい魔石など使わないがな」と付け加えるセレナ。
「へぇ~安仁屋未希って凄かったんだな」
隣で浮いているアーニャに目をやった。全身うんこまみれで放心状態になって る。
……昔はすごかったんだよな?
その時。アーニャが叫んだ。
「もうやってらんないわ!」
その声に反応するミルメコレオ達。穴の淵に集まりだし、俺たちを見ている。
「おい! 騒ぐな! ミルメコレオにバレちまうだろ!」
しかし、俺の言葉などアーニャは聞いていないようだった。
「うんこうんこうんこうんこ! ずぅ~っとうんこしかないじゃない! ついには全身うんこまみれよ! ああ! 最悪! 耳の中にまで詰まってるわ!」
「アーニャ殿! 静かに!」
セレナが静止するが止まらないアーニャ。
「臭い臭い臭い臭い! あーもう臭い! 汚い! キモイ!」
ついには何匹かのミルメコレオが肥溜めの中に飛び込んできた。マズイバレている!
その時。アーニャが天に向かって手を伸ばした。
「あーもう! こんなの全部っ! 流してやる!」
──ドン。
空間が揺れる。アーニャが天井にある水の魔石に魔力を注いだ。というのはわかった。
「おおおおおおおおお!?」
魔石が強烈な光を発し、直後。津波のような水が上部から押し寄せてくる。
「アーニャ! 止めろおおおおお!」
海が、落ちてきた。
(うおおおおおおおお!)
気づいたら俺は水の中にいた。まるで洗濯機だ。ぐるぐる身体が回転し、上下の間隔が分からない。自分が今どこにいるのかさえも!
バゴンと何かが壊れる音がした。直後にその方向へと吸い寄せられる俺。
(うおおおおおおお!)
プールの壁面が壊れたようだった。俺はその穴からウォータースライダーのように飛び出る。
「ぷはっ! どうなってるんだ!?」
激流に流されながら、俺は水面に顔を出した。真っ暗で何も見えない。ただ、どこかに流されていくのはわかる。
「アーニャ! セレナ! いるか!?」
流されながらも俺は叫ぶ。水の音に混じり、セレナとアーニャの声が聞こえた。良かった。二人とも生きてはいるようだった。
「てかこれどこまで流されていくんだよ……」
流れは一向に収まらず、俺たちは流され続ける。何時間どこをどう流されたのかはわからない。しかし、終わりは突然来た。
「光! 出口だ!」
光に向かって流される俺。そしてついに……。
「うわあああああああ!」
水流の勢いに乗って俺は巣穴から放り出された。
「いてててて」
尻を打った。かなり痛い。ケツを抑えながら立ち上がり、後ろを振り向く。
ミルメコレオの巣穴から決壊したダムのようにドバドバと水が流れ出ていた。水と一緒にミルメコレオ達が流れ出てくる。そしてもちろん彼女達も。
「キャアアアアアア!」
「くっ……」
俺の足元に放り出されたアーニャとセレナ。俺はアーニャの胸倉を掴み、叫んだ。
「お前! 何してんだよ! 下手すれば溺れ死んでたぞ!」
「結果的に脱出できたから良かったじゃない!」
「そこはありがとう!」
その時。コツンと足元に何かが転がってきた。
「ん? って! 金貨!?」
転がってきたのは金貨! さらに金のブレスレットや高そうなネックレスまで転がってくる。
水と一緒に金銀財宝が噴き出しているのだ!
「そうかっ……ミルメコレオが消化出来なかったものが、あの肥溜めの底に溜まっていて……」
これは今までミルメコレオが丸呑みにした冒険者たちの遺品なんだ。消化できずに糞として排出されたものがずっと肥溜めの底に溜まっていたんだろう。この水で出てきたんだ。
「いや、それよりも圧倒的に価値のあるものはこれだ」
セレナは金銀財宝に目もくれもせずに、地面に落ちている白い球を手に取った。こぶし大の白い宝石だ。
「浄化の魔石。これほどのサイズはもうお目にかかれない」
セレナはそう言うとマジックバックの中に浄化の魔石をしまい込んだ。
「ああ! ずるい! 俺も俺も!」
「私も!」
いつの間にか辺り一面金銀財宝で埋め尽くされていた。。
しかも、ミルメコレオ達は穴を防ごうと、俺たちに見向きもしていない。
「大チャンス!」
ということで手当たり次第に金目になりそうなものをマジックバックに入れる俺たち。デカい宝石を入れながら俺はセレナに聞いた。
「ところで、ここどこ?」
周りを見渡してみる。ジャングルっぽい感じだが、触手の森の一歩手前のジャングルとはまた少し違う。もっと木々が低い。
「ああ、ここか? ここは……」
ぴたりとセレナの動きが止まった。しまった。という顔をしている。
「ここは巨大昆虫の森だ! 早く逃げるぞ!」
その瞬間。ジャングルを掻き分けるようにして現れた巨大なカマキリ。鎌が俺の身長くらいある。
セレナは剣を構え、アーニャは全身に魔力を巡らせた。
いや、ダメだ! 俺はこの森で学んできた。ここの生物たちと正面から戦っては絶対にダメなんだ。スペックの差で押しつぶされて終わる。
もっと環境や状況を利用しなきゃ生き延びれない! だからっ!
俺がとっさに取った行動は……。
「ミルメコレオ先輩! カマキリ野郎が攻めてきましたよ!」
と、地面に落ちていた銀の短剣をミルメコレオのケツに向って投げることだった。
『グルル』
唸りながら振り返るミルメコレオ。
「先輩! やっちゃってくださいよぉ!」
俺はカマキリを指さしながら叫んだ。俺の言葉が通じたかどうかわからない。だが、ミルメコレオはちっぽけな人間三人よりも巨大なカマキリを脅威と思ったのは間違いないようで……。
『ガオオオオオオ!』
大きな声で咆哮をすると、穴をふさいでいる仲間全員でカマキリに襲い掛かった。
「今だ! 逃げるぞ!」
当然俺たちはその隙に逃げさせてもらう。
「恭也! あんた頭いいわね!」
走りながらアーニャが言った。
「まあな!」
へへっと、頭を掻く俺。その時、手に銀の短剣を持っていることに気づいた。
「あれ? この短剣さっき投げたよな?」
その時。セレナが俺の短剣を見て驚いた。
「なっ! それは渡り鳥の剣!? 生前私の部下が使っていたものだ!」
「渡り鳥の剣?」
短剣を見る。よく見ると柄に鳥の彫刻と小さな宝石が埋め込まれていた。
「ああ、この剣は手放しても必ず手元に帰ってくる短剣なんだ。生前私の部下が使っていた。ミルメコレオに飲み込まれた後、今こうやって私たちの元へと戻ってきたのだろう」
と、セレナは少し懐かしむように言った。その表情には少し憂いも見える。
(そうか、これもあの肥溜めの中に)
俺は剣をじっと見つめた。持ち主と一緒にミルメコレオに食べられて、肥溜めの中で朽ちる予定だった剣。なんの因果か今は俺の手元にある。よし! 今日からお前は俺のものだ!
様子を見ていたアーニャが口を開いた。
「ねえ、もしかして、さっきマジックバックに入れた財宝の中にも使える物があるんじゃない?」
「確かに!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます