第16話 沼地。攻略


「謝って! 早く私に謝って!」


「貴様が私に謝るのが筋だろう!」


「そんなことはこの森を抜け出した後にやればいいだろ!」


 徐々に口論はヒートアップし、ついにはアーニャとセレナの「お前が謝れ合戦」へと発展してしまった。

 いや、どっちかって言うと、お前らのせいで俺はうんこまみれになってるんだから二人とも俺に謝って欲しいんですけど!


 でもそれを言い出したら余計面倒くさいことになるから黙っておく。

 そんな時だった。

 ドスンと地響きがし、地面がグラグラと揺れた。

 俺たちは全員バランスを崩し、尻もちをついてしまう。


「キャアアアアアア! もう無理! ほんと嫌!」


 隣でアーニャが両手についた茶色い泥を見ながら絶叫する。

 そんな中。俺の視界の先には、大量の虫の向こうに三メートルはある巨大なシルエットが映っていた。


「アーニャ! 泣いてる場合じゃない!」


 俺は立ち上がると、泣きながら尻もちをついてるアーニャをグイっと立ち上がらせる。


「ああああああ! 腕持たないでよ! そこなまだ汚れてなかったのに!」


 今だ状況が分かっていないアーニャ。セレナは既に動き出していた。


「変身!」


 腰の剣を抜き、セレナは叫ぶ。

 セレナが鋼鉄の鎧を身に纏った瞬間。

 大量の虫のカーテンを掻き分けるようにして、巨大なシルエットが姿を現した。

 その正体は……。


「かっ……蛙!?」


 その正体は人間なんて丸呑み出来てしまうくらいの巨大な蛙。

 超巨大な蛙が数メートル先から俺たちをじぃっと見つめていた。

 今まで暴れていたアーニャもその正体に気づき、冷静になる。


「あの蛙……絶対に……私たちのこと狙ってるわよね……」


 アーニャがそう言った瞬間。蛙は大きな口を開け、

 ビュオン!

 次の瞬間。矢の如き速度で迫ってくる蛙の舌。


(あ、死んだ)


 そう思った時には、鎧姿のセレナが俺たちの前に立って舌を防いでいた。

 腕をクロスし、蛙の舌をガードしたセレナ。シュワシュワと腕の鎧が溶けていた。


「鎧を溶かすほどの猛毒……恐らくこの沼の主だな」


 そう言いながら蛙の舌に向って剣を振るうセレナ。

 しかし、舌は切断することは出来ず、表面に軽く傷がつくだけ。


「くっ……やはりこの蛙もSランク級……」


 舌をしまい、再びじぃっと俺たちを見つめる蛙。

 セレナは蛙を睨みながら後ろにいる俺たちに言った。


「今のうちに逃げるぞ!」


「「はい!」」


 セレナの号令と共に、蛙から逃げる俺たち。

 しかし、蛙は俺たちを逃がさまいと追いかけてきた。


「ひいいいいい!」


 走る俺たちの足元にビュン! ビュン! と、矢のように突き刺さる蛙の舌。

 鎧を溶かすほどの猛毒! 掠っただけでもアウトだ!

 俺はセレナに叫ぶ。


「行きの時。この蛙からどうやって逃げたんだよ!」


 セレナは足元に飛んできた蛙の舌を避けながら言った。


「そもそもこんな蛙とは出会わなかった!」


「攻略法なしかよおおお!」


 ミルメコレオの移動を利用して渡った触手の森のように攻略法があればいいと思っていたがこの蛙とは初めましての関係らしい!

 攻略法なし! 初見殺しの蛙だ!


「どうすりゃいいんだよおおお!」


 と、叫んだ時。ついにしびれを切らした蛙が大きくジャンプした。

 ドスンと目の前に落ちてくる蛙。

 その衝撃で飛んだ泥がアーニャの顔にかかる。


「ギニャアアアアアア!」


「そんなことで叫んでる場合か!」


「だって汚いんだもん! しょうがないじゃない!」


「なんでお前らはこんな時にまで喧嘩できるんだよ!」


 その時。

 ドスン! ドスン! と、さらに第二第三の蛙が降ってきた。

 衝撃で舞い上がった汚泥が、雨のように俺たちに降り注いだ。


「きゅう……」


 あまりの不快感に気絶してしまうアーニャ。


「……セレナ……これ何とかなる?」


 取り残されたのは全身汚物まみれの俺とセレナ。

 そして……。


「一匹でも勝てなかったんだぞ……どうすればいいと言うのだ」


 俺たちをじぃっと見つめる三匹の蛙だった。

 〇

 気絶したアーニャを抱きかかえ、固まる俺。

 セレナも一応剣を構えてはいるが、三匹の蛙に気圧され何もできないでいる。

 蛙たちはじぃっと俺たちを見つめ……。


 その硬直状態が続いた。


(これは……虹蛇の時に似てる)


 俺が思い出していたのは過去に虹蛇に睨まれた時だった。

 あの時は俺に魔力がなく、魔力を見る虹蛇は俺のことを認識出来なかった。

 今の状況もそれに似ている。

 三匹の蛙たちは俺たちをじっと見るだけでピクリとも動かない。


(考えろ! 考えろ! 考えろ! きっとコイツ等も虹蛇と一緒で特殊な方法で俺たちを認識しているんだ!)


 魔力……で見ている訳ではない。だとしたらとっくに攻撃されているはずだ。

 視力でもないし、嗅覚でもないだろう。とすると残るのは……。


(聴力! コイツ等は音で俺たちを認識している!)


 思い返してみれば、コイツ等は俺たちが大声を上げたから現れ、常に音のするところへと攻撃していた。

 この大量の虫で視界が悪い沼地に適応するため、聴覚が異常に発達したんだろう。

 ならばやることは一つだ。遠くに物を投げてそっちに蛙を誘導する!


 俺は手に持っていた松明を遠くに投げた。

 松明は蛙を飛び越え、その先の沼地にポチャンと落ちる。


(どうだ!?)


 俺の予想が正しければ、蛙はここで音のする方を見るはず!

 そして、その予想は正しかった。

 蛙はぐるりと方向を変え、松明が落ちた先を見る。


(やっぱりそうだ! こいつらは音に反応する!)


 一連の流れを見ていたセレナが振り返り、頷いた。

 どうやらセレナも理解したらしい。マジックバックの中から適当なアイテムを取りだすと遠くへと投げ始める。

 音のする方向へと向かっていく蛙。

(後一押し! 俺も参加しなければ!)

 なにか投げる物はないかと周りを見渡す。視界に入ったのは……。


 沼地に浮かぶ茶色い固形物だった。


 ……。

 俺はゆっくりと音を立てないように屈み、沼地に浮かんでいる茶色い固形物を掴む。

 キモイ!!!!!!!!

 キモすぎるけどこれ以外に投げる物がない!

 俺は意を決し、握った物体を投げた。

 信じられないと言った顔で俺を見るセレナ。


(これしか投げる物ないんだよ! てかお前も食料投げるくらいならうんこ投げろって!)


 俺は瓶詰の肉を投げようとしているセレナに小声で言う。


(くっ……そう……だな)


 セレナは少し躊躇した後。足元に浮かんでいる固形物をむんずと掴んで投げ始めた。


(よし! これでやり過ごせる!)


 弾なら足元にいくらでもあった。俺たちは足元のうんこを拾っては投げ、拾っては投げ……。


「ふぅ~助かったぁ……」


 蛙たちが居なくなった後。俺はため息をついた。

 その声はすぐに虫の羽音に混じって消えていった。


「なるほど……行きの時。私はこの虫たちに守られていたのだな」


「ああ、多分な」


 そう言いながら俺は周りを飛んでいる無数の虫を見上げる。

 松明を投げたから、かなり近くまで虫が来るようになっている。

 恐らくセレナが一人でこの沼を渡った時。蛙に襲われなかったのはこの虫のおかげだろう。


 この飛び回る虫の羽音が足音を消してくれたんだ。

 逆に俺たちが気づかれたのは煙で虫を避け、大声を出していたからだろう。

 つまり、このまま静かに行動していれば蛙に気づかれないってことだ。

 変身を解いたセレナが沼地を見て呟く。


「固形物が多くなってきた。終わりは近いぞ」


「マジか!」


 ようやくこの沼地も終わりを迎えるらしい。

 丁度その時。アーニャも目を覚ました。


「うっ……うう~ん」


「アーニャ! 蛙はどこかに行った! 俺たち助かったんだ!」


 小声でそう伝えた瞬間だった。


「キャアアアアア! 虫! 虫! 虫!」


 意識を取り戻したアーニャは全力で叫び始めた。


「ちょっ! おまっ! 大声出すな……」


 その瞬間──ドスン! ドスン! ドスン! と、空から降ってくる蛙たち。


「キャアアアアア! 蛙! そうよ! 私蛙に襲われて意識を失って!」


「それを今解決したところだったんだよおおおお!」


「くっ……! またアレをしなければいけないのか!」


 その後。俺たちは再びうんこを投げる作業をすることになった。


(ううう……私うんこ触ってる……虫が沢山いる……)


(お前絶対に大声出すなよ! 今そのせいでうんこ投げてるんだからな!)


 そして、全身うんこまみれになりながら蛙を遠ざけた俺たちは、先に進み……。


「やった! 岸だ! 岸が見えてきたぞ!」


 ついに沼地を突破することになる。

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