第13話 ツイスター
「私はこの森に青い花を咲かせる薬草を探しに来たんだ」
自己紹介が終わると、セレナは真剣な表情でそう言った。
「薬草?」
RPGとかでよく見るアレか? 体力が回復する不思議な草。
するとセレナは、マジックバックから一本の草を取りだした。
小ぶりのホウレン草みたいな草だ。
「キミたちはこの森の奥に住んでいたんだろう? 青い花を咲かせているこの草を見なかったか?」
アーニャと顔を見合わせる。
「いや、見なかったよな?」
「ええ、なかったわ」
湖の周りの植物は、どこに何が生えているか完全に把握している。
そんな俺が見たこともない植物だ。絶対にないと言い切れる。
「そうか……」
と、落胆するセレナ。悔しそうに薬草をマジックバックの中にしまった。
「その青い花を咲かす薬草がなんで必要なんだ?」
そう聞くと、セレナは静かに語り始めた。
「今……世界中でとある病気が流行っていてな……」
曰く、その病気を治すためには青い花を咲かせる薬草が必要とのことで、青い花は全ての薬草の中で最も魔力の濃い場所に生えている個体が咲かせる花らしい。
だから危険を冒してまでこの森に来たらしいのだが……。
「俺たちが暮らしていた場所にも、このジャングルにも薬草は生えてかったぞ? もしかしてこの森には一本も生えてないんじゃないか?」
「……ああ、その可能性は大いに高い。私がここにくるまでの道中も見かけなかった。恐らくこの土地は魔力が高すぎて薬草が生息できないのだろう」
そう言って唇を噛んだセレナ。
「……これは引き返すしかなさそうだな」と、ため息交じりに呟いた。
……。
(ラッキー!)
そう。セレナの目的が不発になってしまったことは残念に思うが、これは俺たちにとってラッキーなことなのである。
今、俺たちとセレナの目的はこの森を脱出することで一致した。心強い仲間が増えたぜ!
「そうだよ! 早く引き返そうぜ!」
そう言った俺にセレナは複雑そうにこう返した。
「ああ……しかし、引き返せるかどうか……」
……え? 引き返せないの?
その時。ふと疑問が頭によぎった。
(待てよ? そもそもコイツどうやってここまで来たんだ?)
あの変身を使って? いや無理だろ。
多分あの変身は制限時間があるタイプだ。しかもそんなに時間は長くない。
あの触手地獄、ぱっと見数キロ以上あるんだぞ? 絶対に途中で変身が解ける。
「お前どうやってあの触手地獄を……」
そう言った時。森の方角を見て、アーニャが叫んだ。
「キャアアアア! ライオン蟻よ!」
おいおいおいおいおい! マジかよ! こんな時に!
アーニャが指さした方角を見ると、一匹のライオン蟻……どころじゃない! 数十匹のライオン蟻! 群れを成しながらゆっくりと歩いてきている!
「こんなのどうすればいいんだよ!」
前にはライオン蟻。後ろには触手地獄。前に進めば食われて死ぬ! 後ろに引けば触手に溶かされて死ぬ!
「終わったわ! もう私たちここで終わりなのよぉ!」
アーニャが半泣きで叫び始めた時。森の中に凛とした声が鳴り響いた。
「焦るな!」
叫ぶセレナは笑っていた。まるでこのピンチを待っていたかのように。
「私は彼らの力を借りて触手の森を突破したのだ」
〇
「ミルメコレオ。それがキミ達がライオン蟻と呼んでいるモンスターの名前だ」
セレナは目の前を通り過ぎるライオン蟻。もとい、ミルメコレオの背中を撫でながらそう言った。
背中を触られたミルメコレオは一瞬ウザそうにセレナの顔を見たが、攻撃することはなく、そのまま触手の森へと進んで行く。
「どうして……」
と、唖然としている俺にセレナは語り始めた。
「これがミルメコレオの生態なのだよ」
ミルメコレオ。
彼らは湖の近くの豊富な植物を食べるために、触手の森を渡る。
どうやってこの触手の森を渡るのか? その方法はいたってシンプル。
仲間の死を犠牲にした一点突破。
数百頭のミルメコレオが集まり、一斉に触手の森を渡り切るのだ。
もちろん先頭の個体は触手に捕まり、確実に死ぬが、その代わり次の個体は少しだけ前に進める。
その個体も触手に捕まるが、その代わりに次の個体がまた前に進み……。
死の行進。数百頭はいたミルメコレオがその数を十分の一にまで減らす頃。彼らはようやく対岸に辿り着く。
セレナはここまで詳細にミルメコレオの生態を知っている訳ではない。
が、触手の森を渡る際、この行進に出会い、彼女は推測した。
理由はわからないが、彼らにはこの触手の森を渡る目的があり、その方法がこの死の行進なのだと。
「私がこの触手の森を渡るときもこのように集まっていた」
触手の森とジャングルの境目。数百頭近く集まっているミルメコレオを見ながらセレナは言う。
「あの時は触手の森を前に大量のミルメコレオに囲まれ、死を覚悟した。しかし、彼らは襲ってこなかった。今の彼らはそれどころじゃないのだろう」
「まあ、だろうな~」
と、俺はミルメコレオの腹を見た。
この森で美味いもんをたらふく食ったんだろう。全員、蟻の腹の部分が風船みたいに膨れ上がっている。
十分程した時だろうか、先頭のミルメコレオが『ガウ!』と雄たけびを上げた。
後方のミルメコレオ達もそれに続き空に叫ぶ。
「さあ! 始まるぞ!」
セレナの声が合図だったかのように先頭の一匹目が触手の森に一歩踏み出し……。
『ガウウ……』
一瞬にして触手の餌食に。地面から飛び出した触手に絡めとられる。
しかし、間髪入れず次のミルメコレオが触手の森へと踏み出した。
そして、一匹目のミルメコレオを過ぎたあたりで触手にやられる。
そしてその次のミルメコレオが……そしてまた……。
次々と触手の餌食になりながらも、その死によって一本の道を作っていくミルメコレオ達。
隣でアーニャが呟いた。
「死の行進……不思議と可哀そうだとは思えないわね」
「ああ。なんていうか……カッコいい」
今突っ込んでいくミルメコレオは確実に自分が死ぬのを分かっているはずだ。
けれど後続のために自分の命を犠牲にして道を作る。
蟻の本能が見せる完全な自己犠牲精神。
……おっぱいのことしか考えてない自分が情けなくなってきた。
俺もミルメコレオのように高貴な精神を持とう。うん。そうしよう。
十分後。最後のミルメコレオが触手の森に入った時。セレナは言った。
「さあ、渡ろうか」
〇
ミルメコレオを捕食するため、触手が作りだした一本の道。
対岸の森まで一列にピンク色の触手がうねうねと地面から飛び出ている。
そんな道を俺たちはひたすら静かに渡っていた。
それは真横から聞こえるミルメコレオの断末魔が恐ろしいからではない。
敬意。命を犠牲にして一本の道を作ったミルメコレオへの敬意から、せめて静かに渡ろうと誰もが自然と行っていた行動だった。
そして対岸に辿り着く五メートル手前で足を止めた。
「気を付けるんだ。ここから先は触手がある」
セレナが言う通り、その先の地面にはボツボツとまだ地面に埋まった触手たち。
俺は地面を見て、気づく。
「最後の五メートル……ミルメコレオはここをジャンプしていったのか」
足元にはミルメコレオがジャンプの際に付けたであろう地面を抉った跡。
セレナは悔しそうに呟いた。
「くっ……行きの時。これに気づければ」
とにかくラスト五メートル。最後に俺たちはこの距離を攻略しなければいけない。
その方法? そんなの決まってるだろ?
ドキドキ! ツイスターゲームだ!
〇
「よぉーし! あそこに足を置けるスペースがあるなぁ~!」
そう言って俺は触手がいない地面に足を延ばす。
こうすると、体勢的にセレナに抱き着く形になるけど、仕方ない! 仕方ないよね!
着地すると、ブニっと顔がセレナのおっぱいに埋もれた。
「くっ……すまない! 私の胸部が大きいばかりに……」
「仕方ない! 仕方ないよぉ! だってこれしか方法がないんだからさぁ!」
次はアーニャの番だ。
「ねえ! 絶対三人づつじゃなくて一人づつの方が良かったんじゃないの! って言うか絶対にもっと他に方法あったでしょ!」
そう叫びながら足を延ばし、四つん這いの姿勢になるアーニャ。
(チャンス!)
俺はすぐさま移動する。
体制的にアーニャの尻に顔をうずめる形になったが仕方ない! 仕方ないんだ!
「ちょっと! 恭也わざとやってるでしょ! 他にスペースあるでしょ!」
「そんなことない! 触手を避けるためにはこの体勢になるしかないんだ!」
こうして俺はじっくりツイスターゲームを楽しみ……。
「やったわ! やっと触手の森を突破したわよ!」
「ああ! 長く困難な道のりだった!」
「ちっ……もうゴールしちまったのかよ」
ようやく俺たちは触手の森を渡り切った。
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