第12話 名前


「うっ……」


「おお! 起きたか! 少年!」


 目が覚めると俺はジャングルの中にいた。草むらを刈り取った平地にキャンプを作っていたようでそばには控えめに焚火が。焚火を挟んだ向こうにはアーニャが寝ころんでいた。


 立ち上がろうとしたが……ダメだった。全身に凄まじい程の倦怠感を感じる。

俺は鎧姿の女騎士さんにため息をはくように話しかけた。


「……アーニャは大丈夫なのか?」


「アーニャ……彼女のことか? ああ! 問題ない! キミよりかは軽傷だ」


 兜を脱いでにっこりと微笑む女騎士さん。うわぁイケメン……さっきまでおっぱい出してた人とは思えない……。

 その時。女騎士さんの鎧がぼんやりと光り始めた。


「くっ……魔力が尽きたか」


次の瞬間。強く鎧が光ったかと思うと光の粒子となって消えていき……。

 バルルルルン!

 出てきたのは宇宙の始まりビックバン!


「くっ……殺せっ」


「ブラボー! ブラボー!」


 おっぱいを手で隠しながら赤面する女騎士さんを見て俺は思わずスタンディングオベーション。


「どっ……どないやねん」


 あ、アーニャも起きた。

 こうして俺たちは無事に触手地獄から生還したのだった。

 〇

「くっ……見苦しいものを見せてしまったな」


 女騎士さんはそう言うと、腰に付けた小さな布袋から洋服を取りだした。

 白いブラウスに紺のズボン。おやおや意外と私服は清楚系? ……じゃなくてなにその袋!


 拳くらいの大きさしかないのになんで洋服とか入ってるの!? 

 まるでドラ〇もんの四次元ポケットのように小さい袋の中から洋服を出す女騎士さん。

 ポカン顔で見ている俺に気づいたのか着替えながら説明をしてくれた。


「これはマジックバックという魔法の袋だ。中にはこの袋の数十倍の体積を持つ空間が広がっている……くっ……あんまりジロジロ見ないでくれ……」


 へ~魔法の袋か~便利そう。それと見ないでくれって(笑)見るに決まってんじゃん。

 その時。


「いたたたた……」


 と、頭を押さえながらアーニャが上半身を起こした。


「あ~まだ怠いわ。頭がくらくらする」


 そう言いながら焚火に当たるアーニャ。


「おい、大丈夫か~?」


 なんとなく俺もそれにならい、焚火の前へ。

 すると、着替え終わった女騎士さんもやってきて、三人で焚火を囲む状態に。


「で、キミ達は誰なんだ?」


 と、最初に口を開いたのは女騎士さんだった。

 ゆらゆらと揺れる炎の向こう側。女騎士さんは真剣な表情で俺たちを見つめる。


「助けて貰ったことには感謝する……しかし、ここはS級ダンジョン死の森。なぜこんなところに人がいるんだ?」


 S級ダンジョン!? 死の森!? この森そんな物騒な名前で呼ばれてたの!?

アーニャと顔を見合わせると「なにそれ! 私も初耳なんですけど!」みたいな顔。

女騎士さんはさらに続ける。


「あり得ないくらい魔力が濃く、S級モンスターの住み家となっているこの森に丸腰の少年と少女。どう考えてもおかしいだろう? 国を滅ぼすほどの力を持ったモンスターがうじゃうじゃいる森だぞ?」


 ちょっと待て。……国を滅ぼす?

 俺は恐る恐る聞いてみた。


「あの~……もしかしてこの森のせいで国が滅んだり……してます?」


 女騎士さんは即答する。


「している」


 ……マジっすか。

 横目でアーニャを見ると、ダラダラと冷や汗をかきながらうつむいていた。

 確かこの森って千年間もアーニャが魔力を垂れ流してたから出来たんだよな?

 お前のせいで国滅びちゃってるぞ!?


 これ絶対にバレないようにしような! 怒られちゃうから!

 その時。女騎士さんはギリっと歯ぎしりをしながら呟いた。


「千年前の勇者安仁屋未希……なぜ彼女はこの森を作ったのだ……」


 ひえ~バレてる!


「この森のせいで何人もの人が……くっ」


 女騎士さんは悔しそうに呟くと、キッと俺たちを見た。


「さあ、答えてくれ! キミ達は何者なんだ!」


 汗でびっしょりのアーニャが耳打ちをしてきた。


「恭也! どうしよう! 私の正体知られたら殺されちゃう!」


「こっ……こうなったら誤魔化すしかないだろ!」


 幸い女騎士さんは、アーニャが安仁屋未希だとは気づいていない。

 まるっきり嘘ではどこかでボロが出る。本当のことを話しつつ誤魔化すしかない!

 〇

「おっ……俺たちは日本。お前たちから見ると異世界からこの世界に召喚された人間なんだ!」


 俺が作り出したストーリーはこうだった。


 俺たちは、ある日突然この森に召喚されてしまった。

 森の奥には安全地帯──湖に囲まれた島があり、俺たちはしばらくそこで暮らしていたが、

ある日食料を調達するために安全地帯の外に出た時に凶暴なモンスターに見つかってしまう。


絶体絶命の危機に直面した俺たちだったが、モンスターの生態や特殊な植物、環境を利用し、なんとか危機を脱出。

そのまま逃げるようにここまできた。


 我ながらうまくアーニャの正体をぼかしながら説明できたと思う。

 そこにリアリティがあったのかわからないが、女騎士さんはふむと頷き、こう呟いた。

「……なるほど。異世界から森の奥に……」


 そして、納得したように話しかけてきた。


「確かに、安仁屋未希のように異世界から人が召喚された記録は何度かある。今回それがたまたま死の森の奥に召喚された……と考えれば理屈は通るな」


 良かった~信じて貰えそうだ!


「全員が黒い髪と黒い瞳を持っていたし、それは君たちの特徴とも一致する」


 そう言いながら俺たちの顔を見つめる女騎士さん。

 やめろよ~! そんなに見られると照れちゃうって~!

 そして、彼女はこう言った。


「ではスキルを見せてくれ。異世界人は全員強力なスキルを持っているはずだ」


 終わった。


「すまないな。単純な好奇心で見てみたいのだよ。異世界人のスキルはどれも強力で派手だからな。ちなみに私のスキルは【毒耐性】触手の粘液に抵抗出来ていたのもこのスキルのおかげだ」


 そう言って目をキラキラさせる女騎士さん。

 ……ここは適当に理由を付けて断ろう。

 そう思った時。アーニャが盛大に墓穴を掘りやがった。


「私のスキルは無限の魔力! 無制限に魔力が使えるの! すごいでしょ!」


 と、激しく身体を光らせるアーニャ。

 女騎士さんはそんなアーニャを見て一言。


「……それは千年前の勇者、安仁屋未希と同じスキルではないか?」


「あ」


 ボケカスがぁ! なにやってんだアイツ! せっかくいい感じで誤魔化せたのに!


「あの~スキルは被ることもあるって神様が言ってたんだよな? アーニャ!?」


「え? うんうん! そうそう!」


 一応誤魔化したが……いけるか? 流石に怪しすぎるか?


「なるほど! そうだったのだな! スキルにはまだ不明なことも多い! そういったこともあるのだろう! 無限の魔力とは凄まじいな!」


 いけたわ。ちょろいぞこの女。

 くるりと女騎士さんの目が俺に向き、質問してきた。


「キミはどんなスキルを持ってるんだ?」


 ……。

 いけるか? いや、流石に無理か? だが、この女騎士バカそうだし騙せそうな気も……。


「どうしたんだ? 教えてくれ少年」


 女騎士が急かしてくる中、アーニャが俺に耳打ちしてきた。


「ちょっとどうすんの!? あんたスキルないでしょ!?」


 俺はぼそりと呟いた。


「いや、一つだけある」


 俺はじっと女騎士さんの目を見て答えた。


「おっぱいを見ると強くなるスキルだ」


「……おっぱいを見ると強くなるスキル?」


「ああ、おっぱいを見ると強くなるスキルだ」


 一分ほど誰も口を開かなかった。

 最初に口を開いたのは女騎士さんだった。


「……確かに、触手に襲われた時。キミは私の胸部を見て触手の毒を無効化してたな」


(アレは鬱より性欲が勝ってただけだけど)


「そう言うことだ。スキルを見せようか? おっぱいを見せてくれ。強くなるぞ?」


「……なるほど。いや、もう見たから結構だ」


 勝ったわ。


「サイテーね」


 アーニャからの好感度は地に落ちたが、賭けには勝った。スキルを見せないでスキルを信じ込ませた。


 ……。


いや……おっぱい見れなかったし、アーニャにドン引きされたから負けか……。

 その後。冷めた空気を温めるかのように女騎士さんは、明るく手を差し出してきた。


「疑って済まなかった。私はエアリス国騎士団長セレナ・ハルルベルトという」


 やっぱり騎士だった!


 俺はちょっと感動しながら握手を返す。


「俺は鈴木恭也! よろしくな!」


 その後にアーニャも。

「私はあに……じゃなくてアーニャ! アーニャ……ニャニャニャフスよ!」


「……ニャニャニャフス? それは名前なのか?」


「にっ……日本じゃありきたりな苗字なのよ! ね? 恭也!?」


「おっ……おう! 鈴木、佐藤、ニャニャニャフス! 三大ありきたり苗字だ!」


「そうか……異世界とは不思議だな」


 こうして自己紹介を済ませた俺たちはセレナと共に行動していくことになる。

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