第11話 女騎士

 ライオン蟻に気を付けながらジャングルを進むこと ……三日! ふざけんな! どんだけ続くんだよこのジャングル!

 日中は虹蛇の抜け殻を振りまわしつつ進み、夜になったら抜け殻を身体に巻いて木の陰で休む。


 もちろん安眠なんて出来るわけなく、なにか物音がするたびに目が覚め、アーニャと身を寄せ合って震えてた。

 この三日間ライオン蟻に襲われていないのは奇跡としかいえない。 よく生き延びたよ俺!


「……アーニャ起きてるか?」


「……当たり前じゃない。今日も一睡もできなかったわよ」


「……俺も」


 今日のねぐら──巨大な木の洞の中でアーニャに呟く。

 今日のスケジュールは昨日と一緒。とにかく先に進むこと。

 俺は近くに生えていた木の枝を折ると、中から滴ってくる水を吸い、立ち上がった。


 この水が沢山出てくる木。これがなかったら絶対に死んでた! でもそろそろ食料がなくてヤバい!


「あー……行くか~」


「……そうね」


 ストレスと睡眠不足でふらふらになりながら進む俺たち。

 疲れすぎて幻聴まで聞こえてきた


「──くっ……ろせっ!」


(ヤバいな……もう限界かもしれない)


 聞こえてきたのは凛とした女の声。


「くっ! 殺せっ!」


 そんな声がエロ同人でしか見たことないセリフを言っている。具体的に言うと女騎士が敵に捕まり、エロいことをされる直前のセリフ。

 我ながらなんてしょうもない幻聴なんだ。

 そんな幻聴に混じって後ろからアーニャの声が。


「……私疲れすぎて変な幻聴が聞こえ始めたわ」


 おいおい。アーニャも幻聴が聞こえ始めたのかよ。こりゃあここで少し休憩を入れるしか無いなと思った時。照れくさそうにアーニャは言った。


「エロ同人みたいな幻聴が聞こえるの……我ながら恥ずかしい幻聴だわ」


「え? 俺もなんだけど」


 咄嗟に振り返る俺。アーニャは「え? あんたも?」といった表情で固まっていた。

 いや、俺の驚きの半分はアーニャがエロ同人を知っていたことについてなんだけどね?


 そこんところ詳しく教えて……。

 と、その時。一際大きな声が聞こえてきた。


「くっ! 殺せええ!」


「ひひひひ人の声だああああ!」


「幻聴じゃなかったわああああ!」


 思わず叫び出す俺とアーニャ。幻聴じゃなかった! 人の声だ!


「どどどどどどっちから声した?」


「あああああっちからよ!」


 声のする方向へ走り出す俺たち。草むらを掻き分け進むと、急に景色が変わった。

 ポツポツと木が生えているだけの痩せた土地になっている。

 そして、そこで見たのは……。


「くっ……殺せ……」


「おおおおお女騎士だあああああ! しかも触手に絡みつかれてるううう!」


「服も半分溶けてるわ! エロ同人! エロ同人で見たまんまよ!」


 俺たちが見たのは金髪爆乳の女騎士が触手に絡みつかれているさま。

 鎧と服は半分溶けていてほぼ全裸に近く「くっ……」とか言って必死に抵抗している。


「む! そこに誰かいるのか!? 助けてくれ! くっ……殺せぇ!」


「いやどっちだよ」


 ヤバい。思わず突っ込んでしまった。

 早く助けなきゃいけないのはわかってるんだが、目の前の光景がエロ同人すぎて危機感があんまりわかない


「くっ……ちがっ……少年! そこの剣を渡してくれぇ! くっ……!」


 女騎士はプルプルと震える手で足元を指さした。

 そこには持ち手におおきな青い宝石のついた高そうな剣。


「はいはいこれを渡せばいいのね」


 と、近寄ろうとした時。真横にいたアーニャから待ったがかかった。


「近寄ったついでに、あの半分出かかったおっぱいをじっくり見しようとしてるでしょ」


「してないよ?」


 なぜバレた。

「嘘つきなさい。さっきからおっぱいに目線が釘付けじゃない」


「んなわけないだろ」


 そう言いながら女騎士のおっぱいをガン見する俺。もうちょっと! もうちょっと布が溶けてくれればバルルン! ってはだけそうなんだよ! 頑張れよ触手さん!


「……はあ。もういいわ。私が行くから」


「あっ! ずるいぞ! 俺が指名されたのに!」


 俺に代わり、アーニャが歩き出した時──女騎士が叫んだ。


「くっ……気を付けろ! そこの盛り上がっている土……それを踏んだらおしまい……くっ……殺せっ!」


「へ?」


 あ。カチって音がした。

 瞬間──アーニャの地面から触手が飛び出し……。


「キャアアアアアア!」


「アーニャアアアア!」


 アーニャは瞬く間に触手に絡みつかれた。んもう体中触手から出る粘液でヌメヌメである。

 エロいね!


「……死にたい」


 絶望した顔で呟くアーニャ。


「おいおい、お前までなにやってんだよ~」


 そう。この時はまだ、この状況をピンチだとは思っていなかった。

だって状況があまりにもエロ同人なんだもん。美女二人が触手に絡まれてヌメヌメになって、服なんかも溶かされちゃってる。触手だってきつく締め付けられているようには見えない。


 危険って感じが全くしなかったんだ。

 だから正直余裕だった──次のアーニャの言葉を聞くまでは。


「……死にたい死にたい死にたい死にたい殺して殺して殺して殺して」



「はぁ!?」

 突然目が虚ろになりブツブツと呟きだしたアーニャ。だらんと全身の力が抜けて触手にされるがままになっている。

 その時。女騎士が叫んだ。


「くっ……この触手の粘液には心を病ませる毒が含まれている……私は耐性があるから耐えられているが……その少女は耐えられない……彼女の心が壊れてしまう前に……剣を……」


「おいおいおいおい! そう言うことはもっと早く言ってくれよ!」


「くっ……すまない……だが私も……殺せっ……限界で……」


 呻くように言う女騎士。くそっ! 今は責めても仕方ない。

 俺はごくりと生唾を飲んで、目の前の光景を見た。


 最初はポツポツと木が生えているだけの寂しい土地だと思っていたが違かった。

 よく見れば地面には無数の膨らみがある。これは全部……。


「触手地獄じゃねえか……」

 〇

「くっ……頼む……殺せっ! 早く……」


「わかってる! 行けばいいんだろ!」


 そう言った俺は爪を噛みながら考える。


(女騎士まで約十メートル。足元の剣まで九メートル弱……どうやって行けばいいんだよ……)


 目の前の地面には無数の膨らみ。まさに足の踏み場もないくらい触手が地面に身をひそめている。ここを渡れと言うのは、例えるならば木の葉を踏まずに森の中を歩けと言っているようなものだ。こんなの不可能に……いや、策はある!


「そうだ! 石でも投げて先に触手を起動させちゃえばいいじゃん!」


 いわばこれは地雷だ! ならば先に爆発させてしまえば、あとはゆっくり通るだけ!

 そう考えた俺はポイっと石を投げ……。


「……まあ、そううまいこといくわけないよな」

 触手の上に落ちた石に向ってぼやいた。石ごときで反応していたらどこかの触手が無意味に地面から顔を出しているはずだもんな。


(……ってことは正攻法で行かなきゃいけないってことか)


 大きくため息をつき、俺はじっと目の前の土を見つめた。

 ボコボコと無数に膨らみがあるが、決して均一にあるわけではない。そう、相手は生物なんだ。必ずムラがある。


 ……見つけた!

 よく見れば所々に足を置けるスペースが存在している。それを繋ぎ合わせて、女騎士の元まで行けるルートを作るんだ!


(ここをこう……次は……いや……ダメだその次がない……だからこっちを……)


 そして俺はついに見つける。


(よし! このルートならいける!)


 女騎士の元までかなり遠回りのルートにはなるが確実に進めるルートを見つけた!


「今そっちに行くからな!」


「くっ……頼む! 少年……」


 女騎士に大声で合図をし、俺は一歩目を踏み出した。


 俺の歩みは亀のように遅かったと思う。一歩進むのにも次の場所をじっくりと確認して、細心の注意を払いながら進んだ。


 だってそうだろ? 俺が触手に捕まったらもう全滅確定なんだ。慎重に慎重を重ねる以外に選択肢はない。

 そして俺はようやく剣の元へとたどり着いた。


(よし! よし! よし! ついにここまで来たぞ!)


 俺の一歩先には剣。後はこれを拾って数歩先の女騎士に届けるだけだ!

 チラリとアーニャの状態を確認してみる。……かなり顔色は悪くなっているが、まだ小さく呟いているのが聞こえる。ギリギリ間に合ったみたいだ。


「くっ……少年! 早く……剣を……」


「わかってるから急かすなって」


 女騎士に急かされたが俺は今日一番慎重に歩みを進めた。

 こんなところで触手を踏んでしまうミスを犯したら目も当てられないからな。


(慎重に……慎重に……触手がいないスペースに足を置いて……)


 その瞬間だった。

 今までじわりじわりと溶かされていた女騎士さんの洋服がついに臨界点を超え……。


「くっ……殺せっ!」


 バルルルルン! っと思ってた二倍の迫力で片乳が放り出されたぁ!


「うわ~お! すっげえ! 外人サイズ!」


 ──カチっ。


 あ。

 瞬間──足元から飛び出した触手が逃げる間もなく俺にまとわりつく。


(なんだよ。コイツ等全然拘束力ないじゃん。これならすぐに抜け出せ──)


 そう思ったのは一瞬だった。


(あ──)


急激に視界が狭くなっていき、瞬く間に気持ちが落ちていく。


「……死にたい」

 どんどん気持ちが沈んでいき、数秒後には動けなくなっていた。

……身体に全く力が入らない。生きる気力が根本からそぎ落とされた感じだ。


 幻聴だろうか、四方から俺を全否定する言葉も聞こえる。……ダメだ……死にたくなる。

 あの女騎士はずっとこれを耐えていたのか? ダメだ……俺には耐えられない! ……頼む! 誰か殺してくれ! 死にたい!


 いっそ舌でも噛み切って死んでしまおうか。

 そう思った時。最後に一つだけ心残りがあることを思い出した。


(……死ぬ前にもう一回だけあれが見たい)


 そう。おっぱいである。俺は最後の力を振り絞ってなんとか前を見る。

 そして……。


「うわ~お! でっけぇ~! もう富士山じゃん!」


 テンションがぶちあがった!

 くぅ~やっぱり大きいは正義だよなぁ! よ! 日本一!


「くっ……もしかして……少年も……耐性を?」


 そう言いながらおっぱいを手で隠す女騎士。あっ……ダメだ……また一気に視界が狭くなって……。


「……死にたい」


「くっ……少年っ! なんでだ! ……殺せっ」


 ああ……視界が暗くなっていく。ダメだ……もう意識が……。

 その時。声が聞こえた。


「くっ……少年! 見るんだ! ……殺せっ!」


 ぼんやりとした意識で前を見ると……。


「すっげぇ~! もうティラノサウルスじゃん!」


「くっ……殺せっ!」


 そこには恥ずかしがりながら片乳を放り出している女騎士の姿。いいねいいね! その恥ずかしがっているってのがいいよね!


「くっ……早く……剣を……」


 ああ、そうだった。そういえばこの剣を取りに来たんだっけ。

 よっこいせと、少し力を入れて触手から抜け出す。触手から抜け出した瞬間周りの地面からブワっと大量の触手が出てきて絡みついてきたが気にしない。


 コイツ等は粘液で動きを封じてからゆっくり捕食するタイプなので力はそんなに強くないのだ。だから無理やり突破する!


「ぬぎぎぎぎ!」


「くっ……頑張れ少年……殺せっ!」


 気を利かせた女騎士がおっぱいをバルンバルンと震わせてきた。

あ、やめて! それ解釈違い! 下品すぎる──そう思った瞬間。意識が薄れてきた。


「あああああ……死にたい……」


「くっ……なぜだっ! 少年!」


 ダメなんだよ……おっぱいはチラリズムくらいが丁度いいんだよ……。

 そうやって揺らされると下品って思っちゃって……一度下品と思ったおっぱいはもうただの脂肪の塊になっちゃうんだよ……。


 ああ……もうダメ……。

 その時──声が聞こえた。


「くっ……殺せっ! 両乳だああああ!」


「うわ~お! もうビックバンじゃん!」


 そこにあったのは宇宙の始まり。巨大なエネルギーの爆発。その迫力に圧倒される。

 俺はじーっとビックバンを直視しながら剣を拾い、絡みつく触手たちを振りほどきながら剣を女騎士に渡した。


「くっ……すまない……だがこれで……」


「あ、いえいえ遠慮なく」


 剣を受け取った女騎士はその持ち手の青い宝石に触れるとこう言った。


「──変身」


 その直後。青い宝石は激しい光を発し、光は触手を吹き飛ばしながら女騎士の身体を包んでいく。


「ちょっ……俺のおっぱいがあああ!」


 光は徐々に形を変え、鎧の形に。まるで変身ヒーローのように女騎士は一瞬にして全身鎧に包まれた。

 ってことはもちろん俺のおっぱいも見えなくなって……。


 ああ……意識が……。

 薄れゆく意識の中。俺が最後に聞いたのは、


「任せておけ。騎士の誇りにかけ、キミ達を必ず助けてみせる!」


 頼れる騎士の声だった。

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