二章 脱出

第10話 密林

「もおおおおお! なんで結界壊しちゃうのよ!」


「だってあれしか二人とも助かる方法なかっただろ!」


 と、言い合いをしながら森の奥へと走る俺たち。

 今はまだ麻痺しているがきっとすぐに虹蛇たちは意識を取り戻す。

早く先に進んでしまいたいと、急いで虹蛇の群れを抜けた瞬間だった。


「ちょっと恭也! あれ!」


「ライオン蟻!? なんでこんなところに!?」


 いつもはバナナもどきの群生地まで行かないと見ないライオン蟻が木にへばりついていた。

 ……そうだよ! そういえば忘れてた! そもそも虹蛇から逃げてもこの森にはコイツ等がいるんだった!


 ……どうしよ……ん?

 どうやらライオン蟻は樹液をすすることに夢中になっているらしい。一心不乱にペロペロと樹液を舐めている。

 そうか! 虹蟻が一箇所に集まったから、その隙にここ一帯の植物を食べてしまおうとしてるんだ。


「アーニャ! 多分アイツらは襲ってこない! 走り抜けるぞ!」


「多分!? 多分ってなによぉ! 命にかかわることは絶対って言ってよぉ!」


 そう言ってライオン蟻の真横を走り抜ける俺たち。

 予想通りだった! ライオン蟻は樹液に夢中になっている! わかるぞぉ。その樹液ゴマ油みたいで美味しいよな。


「ひぃいいいい! 奥からぞろぞろライオン蟻が来るんですけどぉ!」


「大丈夫だって! アイツら俺たちなんか眼中にない! 虹蛇がいない間に植物を食べに来ているだけだ!」


 森の奥から次々と現れるライオン蟻。すれ違うように走り抜け、俺たちはついに……。


「よし! 見えてきた! バナナもどきの群生地だ!」


 この森の最奥地バナナもどきの群生地までやってきた。

 いつもならこの辺でライオン蟻に威嚇され、引き返すところだが、もうこの群生地にはライオン蟻はいない。全員湖の方角へと進軍している。

 今の内だ!


「もしかしてここを超えればこの森を脱出できるの!?」


 アーニャが「これで助かったの」と言わんばかりに叫んできた。

 俺も負けないくらい大声で叫ぶ。


「当たり前だぁ!」


 虹蛇の大群に囲まれたところから命からがら脱出したんだ! 今俺たちはノリにのっている! ここを超えれば森を抜け出せるに決まってるさ!

 〇

「全然脱出出来てないじゃないのよぉ!」


「全然脱出出来てねえじゃねえか!」


 バナナもどきの群生地を抜けると、そこはジャングルでした。

 もう鬱蒼も鬱蒼。背の高い木が密に生えていて空が全く見えない。

 進行方向には、胸まである草や低木が生い茂り、かきわけなければ先に進めない。


「こっ……こんなに植生って変わるものなのかよ……」


 だが、文句ばっかりも言っていられない。

 今は言うなればボーナスタイム。

 この森の生態系の頂点──虹蛇が硬直して、今のうちにとライオン蟻が俺たちを無視して湖に向かっている。


 このいつまで続くかわからないボーナスタイム中にこの森を脱出しなきゃ俺たちはいつか虹蛇かライオン蟻に食べられてしまう。


「アーニャ泣いてたって仕方ないだろ早く進むぞ! ったく本当に元勇者かよ!」


「あ~ん! こんなジャングル進めるわけないじゃない~! もう私たちおしまいよぉ~!」


 俺は半泣きになっているアーニャを引っ張りながら草むらを掻き分け、急いで奥に進んで行った。


「……って! クッソ! 草で切ちまった!」


 草むらを掻き分ける時に手の平にできた小さな切り傷。

これが大きなミスだとも知らずに……。

 〇

 ライオン蟻──上半身がライオンで下半身が蟻のモンスター。彼らはライオンの特性と蟻の特性を持つ。


 ライオンの爪と牙を持ち、蟻のように強固な社会性と数百単位の群れを作る彼ら。

 中でも特質されるべきはその嗅覚の鋭さだろう。数十キロ先の果実の匂いを探知できるほどの嗅覚は、湖周辺の栄養価の高い植物の存在を感知すると同時に……。

 恭也の腕に出来たかすり傷──その血の匂いを敏感に察知した。


『……グルル』


 恭也から数百メートル離れた場所にいた一匹のライオン蟻。

 彼はほのかに漂ってきた血の匂いを嗅ぎ、少しだけ迷った。

 数キロ先から匂ってくるのは十数匹の仲間が我先にと栄養価の高い植物を食べている匂い。

 どうやら天敵の虹蛇たちは皆一箇所に集まって固まっているらしい。


『より栄養価の高い食べ物を巣に運べ』という蟻の習性が湖の方角に足を進め……。

『肉を食らえ』というライオンの本能が恭也の方角へと歩みを向き直させた。

 嫌な匂いはするが、血の匂いには抗えないと……。

 〇

「ちょっと恭也! 手怪我してるじゃない!」


「ん? ああ、こんなのつば付けとけば治るよ……って、うおっ! 結構切れてる!」


 草むらを掻き分けジャングルを進んでいると、アーニャが金切り声を上げた。

 手を見てみると、手のひらと甲に無数の切り傷。草むらを掻き分ける時に出来たんだろう。早く逃げなきゃって意識が強くてこんなに切れてるとは気づかなかった。


「いったーい!」


 気づいたらめっちゃ痛くなってきた! つば付けなきゃ……。


「ぺっ! ぺっ! ふざけんな! つば付けても治らなねえじゃねえか! 誰だよこんな嘘教えたの!」


 アーニャはそんな俺をじっと見つめると、俺の手をギュっと握りこう言った。


「……今の恭也なら魔力があるからできるかもしれないわ」


 えっ……ええ~!? 俺のつばだらけの手を握ってくれてるんですけどぉ~!?

 しかも恋人繋ぎ! えっろ! なになにどういうことぉ!?


「……ちょっと聞いてる?」


「効いてる!」


 効きすぎてノックダウンしそう! ドキドキしすぎて心臓が飛び出そうです!

 なんなら身体もゾワゾワしてきて……って!


「なっ……なんだコレ! 体の中でなにか動いてる!」


「だから……さっきも言ったけどそれが魔力よ」


 ゾワゾワっと血管を広げるように身体中を駆け巡るなにか。正座しすぎて痺れた足が復活する時のあの感覚が全身に広がっている感じだ。くすぐったい!


「今私の魔力を使ってあなたの魔力を無理やり流しているの。無理やりポンプを動かしてる感じね、一度動き出したら後は自動的に動き始めるから」


 そう言って手を離したアーニャ。

「……」


 じっと自分の手を見つめるとこっそり服で拭った。おい! 見てたからな! ちょっとショックだったからな!

 でも……。


「すげえ……これが魔力か……」


 アーニャのおかげで自分の中を循環する新しい力に気づくことが出来た。

 体内に意識を向けるとゾワゾワとした力が血液みたく循環しているのがわかる。


「あら、筋がいいじゃない。魔力を傷に集めてみて」


 アーニャに言われた通りに魔力を手に集めてみる。

 くっ! この! ちょっと難しい。一箇所に集めようとしても、循環しようとする力の方が強くて流されてしまう感じだ。

 しかし、なんとか少しだけ手に魔力を集めることが出来ると……。


「おおおおおお! すごい! 傷が癒えていく!」


 ぽうっと青色に手が光り、ジワジワと傷が治っていった。


「それが回復魔法の初歩の初歩。代謝を良くして傷を癒す……魔法とも呼べない基礎技術ね」


 アーニャはそう言うと俺と同じように手を光らせ、それを全身にグルグル移動させていった。

 今ならわかる。アレ凄い技術だ。


「ふふん! すごいでしょ!」


 そしてすっごいドヤ顔だ。


「やめろよな~マウント取るの~」


「でもこれでようやく私の凄さがわかったでしょ!?」


「まあ、そうだけどさ……」


 と、その時だった。

『グルル』と聞こえた唸り声。

 振り向いた先にいたのは臨戦態勢に入ったライオン蟻だった。


「……今からあいつを倒せる魔法って覚えられるかな?」


「……無理かな~」


「……ですよね~」


 ジリジリと歩み寄るライオン蟻の気迫に負け、一歩後ろに下がった瞬間。

『グガオ!』と鳴き声を上げてライオン蟻が襲って……。

 来なかった。

 〇

「……あれ?」


 今確実に死んだと思った。もう咄嗟にアーニャのおっぱいに手を伸ばしたもんね。

最後に一発揉んだれ! って。


『……グルル』


 というかコイツ警戒して近寄ってこない。

 コイツの視線の先は……俺の籠の中?

 その時、アーニャが呟いた。


「もしかしてこの子虹蛇の抜け殻を警戒してるんじゃないの?」


「マジで?」


 でも確かにそれはあるかもしれない。籠を下ろして抜け殻を出してみるとライオン蟻は余計に唸り声を大きくする。


「……おいアーニャこれって」


「……ええ」


「勝った! 最強のライオン蟻避けを見つけてしまった!」


 キャッホイと奇声を上げながらプロペラみたいに抜け殻を振り回す俺。

 ライオン蟻は唸り声を上げながら一歩退く。


「オラオラぁ! 虹蛇さんだぞぉ!」


「ヘイヘイ! どっか行っちゃいなさい!」


 アーニャも加勢して大声で威嚇。ついにライオン蟻は……。


『グガアアアアア!』


「うわああああ!」


「きゃああああ!」


 覚悟決めて吠えてきた! ヤバい! ビビったのがバレた! こうなったら野生の動物はとことん攻めてくる!


『グガアアアア!』


「ヒィ!」


 再びじりじりと攻めてきたライオン蟻。ヤバいヤバいヤバい! アイツ確実にやる気だ! 次背中を見せたらやられる! 見せなくてもあと数歩こっちに近づいたらやられる!


 どっちにしろやられるじゃん!

 その時──コロンと足元に赤い実が落ちた。

 ラチプの実。全部湖に投げたかと思っていたが、虹蛇の抜け殻に一つ引っかかっていたようだ。これを見ると間違って丸ごと食べてしまった時を思い出す。


「……恭也。私一つだけ助かる方法わかっちゃったんだけど」


「……奇遇だな俺もだ」


 そう言った瞬間飛び掛かってきたライオン蟻。

 アーニャは即座にライオン蟻に組み付くと、俺に叫んだ。


「私が止めてる内に早く!」


 全身を青く光らせライオン蟻の両前足を掴むアーニャ。


「ぬぎぎぎぎぎ! 早く!」


 ギリギリなのはすぐに分かった。俺は足元に落ちたラチプの実を拾ってライオン蟻の口の中に投げ込んだ。


『グガ!? グガッ! グガッ!』


 ラチプの実の効果で唾液が全て酒になり苦しむライオン蟻。

アーニャから離れ、のたうちまわっている。

 甘いな! 既にラチプの実は胃袋の中! 急性アルコール中毒になって死んでしまえ!


「うわ~ん! 怖かったぁ!」


「アーニャ! 逃げるぞ!」


 恐怖で号泣しているアーニャを立たせ、逃げる俺たち。


「ところでさっきの身体が青くなるのなに!? 魔法!?」


「うわ~ん! 違うわよぉ~! 傷を回復させたのと同じ~! 魔力をコントロールすればちょっとだけ身体能力がアップするのぉ~!」


「すげえな! 俺も出来るようになるかなぁ!」


「うえ~ん! この森を生きて脱出出来ればいくらでも教えるわよぉ~!」


 この時俺はまだ知らなかった。

 この先にはライオン蟻をも食らう最強の捕食者がいることに。

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