第9話 脱出
次の日。
この日がこの生活のターニングポイントになるということを、まだ俺は知らなかった。
「やっと見つけた~!」
数十分結界の外を散策した俺は、ようやく虹蛇の抜け殻を見つけ安堵していた。
しかも丁度いいことに、ここはラチプの群生地でもあった。
膝下くらいの低い木に赤い実が鈴なりになっていた。
よし、抜け殻を回収するついでにラチプの実も沢山採っていこう。
アーニャにも「ついでにラチプの実があったら採ってきて」って言われてたしな。
(今日は大豊作だな!)
抜け殻を丸めて籠の底に入れ、余ったスペースにラチプの実を詰めていく。
籠がパンパンになるほどラチプの実を採った時──不意に空が暗くなった。
(雨か? 早く帰らなきゃな)
と、空を見上げた瞬間──
(うおおおおお! 違う! 雨じゃない!)
この世界に召喚された時に見た大虹蛇が鎌首を上げているのが見えた。
天を見上げ、グネグネと身体をよじらせている大虹蛇。
頭の先から皮が剥けていき、より鮮やかな虹色の鱗が顔をのぞかせる。
丁度大虹蛇の脱皮の瞬間に俺は立ち会っていた。
「すっげぇ……」
神秘的だった。まるで服を脱ぐように皮を脱いでいく大虹蛇。脱いだ後の鱗は光を反射して、大虹蛇の周りに無数の虹を発生させる。
まるで生きながらにして生まれ変わっているようだった。
脱皮が終わるまで一時間程だっただろうか? 大虹蛇は脱皮を終えると脱いだ自分の皮をパクパクと食べ始めた。
(なるほど……だから脱皮した皮が見つからないのか)
虹蛇は脱皮した後に自分の皮を食べる習性があるらしい。恐らく俺が見つけたのは食べ残しか、なんらかの理由で食べなかったものだろう。
なんらかの理由──それはきっと……。
(ん? あれ……俺のこと見てないか?)
──外敵を見つけた瞬間。
大虹蛇は食事の手を止め、ジッと俺を見つめていた。
……いや、勘違いだとは思うんだけどね? たまたま見ている方向に俺がいるだけだと思うんだけどね?
大虹蛇はその巨大な顔を俺の顔ギリギリまで近づけ、俺を睨んでいた。
「いや……めっちゃ見てるよね?」
バスケットボール大の瞳がじっと俺を睨んでいた。ゆっくりと横に動くと、追いかけるように瞳が動いた。
大虹蛇がチロリと舌を出した瞬間──
(気づかれてる!)
ゾワリと背筋をなでた殺気。大虹蛇の意識がはっきりと俺を向いた気がした。
「うわああああ!」
全力でUターンし走り出した瞬間──
ドガン! と、今までいた場所に大虹蛇の尻尾が叩きつけられる。
数舜後。遅れて土煙が俺を叩いた。
「うおおおおお!」
尻尾の衝撃で吹き飛ばされる俺。ゴロゴロと転がり草むらに突っ込んだ俺は、痛む背中を抑えながらゆっくりと顔を上げた。
(ヤバい……完全に俺を探してる)
そこで見た光景は首を伸ばした大虹蛇がキョロキョロと俺を探している姿。
(なんでっ……なんで俺の姿が見えるんだよ!)
虹蛇には俺の姿が見えないはずだろ!? それは大虹蛇だって同じことだ!
現に数週間前コイツに会った時も俺が見えてなかった!
(あの時と変わったことなんてなにも……)
そこまで考えてはっとする。
(もしかしてこの世界の食材を食べて俺の身体が変化した?)
考えてみたら当然のことだ。身体は食べ物で出来ている。
アーニャは言っていた『この世界の全ての物質には魔力が含まれている』と。
ならばその魔力が宿った物質を食べた俺の身体が変異してもおかしくない。
この世界に来て何か月もたっているんだ。きっと今の俺は魔力を持っているっ!
(ヤバいっ!)
大虹蛇の動きが止まった。じっと俺のいる方向を睨んでいる。
逃げようとしたが、恐怖で足がすくんで動けない。
大虹蛇はチロリと舌を出すと、尻尾を空高く振り上げ……。
「うわあああああ!」
ドゴン! と俺の真横に振り下ろした。
再び衝撃で吹き飛ばされる中。俺は考える。
(もしかしてコイツ……あんまり俺のこと見えてないんじゃ!?)
動いているならともかく、止まっている相手に攻撃を外すなんておかしい。
仮説だが、まだ俺の魔力量が少なすぎてうっすらとしか見えていないと考えれば説明は付く。
そう考えたらまだ生きる希望はある! 結界まであの大虹蛇に見つからないように戻るしかない!
俺は籠を背負いなおすと、全力で結界に向って走り出した。
大虹蛇は走る俺に気づいたのか、身体をしならせ突進してきた。
バキバキっと右横の森が更地になる。
「うおおおおお! あっぶねえ!」
運よく助かったことに安堵しながら、なんだなんだと鎌首を伸ばす通常サイズの虹蛇を避け、走っていく。
どうやら見えているのは大虹蛇だけらしい。
ここから直線距離で結界まで十分。命がけの逃避行が始まった。
〇
恭也が結界の外に散策に行ってから数十分後。
湖沿岸で恭也を待っていたアーニャは異変に気付いた。
(ずいぶん騒がしいわね?)
バキバキと木がなぎ倒される音。
大虹蛇がライオン蟻を捕まえている音に違いないが、それにしてはやけに長い。
いつならすぐに静かになるはずなのにと、森を覗き込んだ時──
「だあああああ! 助けてくれええええ!」
「はあああああ!? なにやってんの!?」
──大虹蛇に追いかけられている恭也が見えた。
ジグザクに走り、大虹蛇の嚙みつきや突進を避けながら走ってくる恭也。
結界まで残り数メートル。その瞬間大虹蛇が動いた。
ドゴン! と振り下ろされた大虹蛇の尻尾が恭也の右横の木をなぎ倒し、その衝撃で恭也は尻もちをついてしまう。
「いててて……」
大虹蛇は尻もちをついた恭也を睨むと、追いつめたぞと言わんばかりにチロリと舌を出した。
「あわわわわわわ! 死にたくない! 死にたくなぁい! まだ俺はアーニャのおっぱい揉んでないんだぞ!」
最初の一回は自分の誕生日にと、もったいぶっていたことを後悔する恭也。
「はわわわわわ! どどどどどうしよう! もったいぶってないで一回くらい揉ませとけば良かったわ!」
それを見ていたアーニャもどうせ揉ますなら初日にちゃっちゃっと揉ませとけば良かったと後悔する。
「ってこんなことしてる場合じゃないわ! 助けなきゃ!」
大虹蛇が大きく口を開けたその瞬間──アーニャは湖の水が入った鍋を持って結界から飛び出した。
ビクリと大虹蛇の動きが止まる。
「アーニャ! いや、アーニャ様ぁ!」
「なに腰抜かしてんのよ! 早くこの水被って結界の中に入りなさい!」
湖の水が入った鍋を渡すアーニャ。
恭也は受け取りながら心配そうに答えた。
「でっ……でも、そしたらお前は……攻撃魔法使えないんだろ!?」
「……腐っても元勇者よ。魔法が使えなくてもアイツ一匹程度なら攻撃を躱して……その隙に貴方が結界の中から水をかけてくれれば──」
「……一匹じゃなさそうなんだけど」
恭也の視線の先には、天に向かってシャーっと威嚇している大虹蛇。
その声につられて、森中の虹蛇が大虹蛇の足元の集まってきている姿があった。
「……やっぱり私がこの水使っていい?」
「おっ……おまっ! さっき俺が使っていいって!」
「だってこんなに集まってくるとは思ってなかったんだもん! こんなの絶対勝てないわよぉ!」
と、アーニャが涙目で指さす光景は全て虹色。
視界内全ての木にびっしりと虹蛇が巻き付いており、地面にも土が見えない程虹蛇がひしめいている。まるで森全体がうねうねと虹色に動いているよう。
「……こんなのどうすればいのよ」
アーニャが絶望の声を漏らした。
〇
やばいやばいやばいやばい!
こんなのここでジ・エンドじゃねえか! こうなったら最後にアーニャの胸でも揉んどくか!?
虹蛇だらけの光景を前に俺はおっぱいのことを考えていた。
横にはD……いやEはありそうな形の良いおっぱい。これさえ揉めればもう悔いは……。
(あるに決まってる! せっかくおっぱいサブスクに加入したんだ! 一回揉んだだけじゃ元がとれねえ!)
死の瀬戸際になり欲望に忠実になった。
今揉んでも精々一回か二回だ。その間に虹蛇に噛まれて死んでしまう。
俺のプランでは十七歳の誕生日にじっくり嘗め回すように十回は揉む予定だった!
ここで死んでたまるかよ! ここだ! この場面さえ乗り越えれば揉みまくれるんだ!
だから考えろ! この状況を打破する方法を考えるんだ!
「……こんなのどうすればいのよ」
横でおっぱいが絶望の声を漏らした。
……そうだアーニャだ。アーニャが結界から飛び出した瞬間大虹蛇は攻撃をやめたんだ。
そして大虹蛇は森中の虹蛇を呼んだ……。
……。
……アーニャの魔力を見て警戒している?
虹蛇は魔力を視認する。奴には【無限の魔力】を持っているアーニャが出てきた瞬間どう見えた?
いきなり巨大な魔力が現れたように見えたはずだ。
きっとそれは、俺らからすればいきなり眩しい光を当てられたような感じ。
だからもっと巨大な魔力を見せてあいつらの感覚を麻痺させればいい。
無限のアーニャよりも巨大な魔力。そんなものは……ある!
アーニャの無限は、魔力を使っても使っても減らないと言う無限だ。
いわばコップの中の水。器は小さい。
一度使ったら減ってもいい。もっと大きな器が欲しい。
それは……。
「アーニャ! 水を使うぞ!」
「はぁ!? ずるいんですけど!」
「使うのは俺じゃない! コイツだ!」
そう言って俺は背負っていた籠の中──大量のラチプの実に水をぶっかけた。
「なにしてるのよ! それじゃあ二人とも助からなくなるでしょ!」
「違う! これが唯一二人が助かる道なんだよ!」
そう叫び、俺はラチプの実を結界の中へとぶん投げる。
湖の水に濡れたラチプの実は結界をすり抜け湖へ。
「そんなことしてどうするのよ!」
叫ぶアーニャに俺は答えた。
「ラチプの実は水に溶けるとアルコールになる。お前は昔旅先の汚い水をアルコールで浄化してたんだろ?」
そう、今頃ラチプの実は湖の水と反応して湖の一部をワインに変えているはずだ。
そしてワインに変えられたことでそこに生息していた微生物──魔夜光虫は死ぬ。
「待って……貴方今もしかしてとんでもないことを……」
アーニャは俺のしたことに気づいたのか青ざめ始める。
魔夜光虫が円状に設置されているからこそ、この強力な結界があったんだ。
じゃあその結界を壊したらどうなる?
千年間。アーニャの魔力が染み込み続けた土地が見えるんじゃないか?
それはきっと虹蛇たちにとっては眩しすぎる光と一緒で……。
──パキンっとガラス細工のように黒いドームが壊れる。
虹蛇たちの動きが一斉に止まった。
全員、一部赤く染まった円状の湖を見て固まっている。
「虹蛇がマヒした! 今のうちに逃げるぞ! アーニャ!」
俺はアーニャの手を取り、森の奥へと走り出す。
思った通り虹蛇は完全に麻痺しているらしく、横を通っても踏んでも反応しない。
ペッ! 大虹蛇につばかけてやったぜ!
「行くってどこによぉ! もうて安全な場所はないのよお!?」
半泣きになりながら後をついてくるアーニャ。
どこにいくって? そんなの決まってるじゃないか!
「この森を脱出するんだよ! それ以外に俺たちが生き延びる方法はない!」
「ええ~!」
こうして俺たちはこの森から脱出することになった。
この森が死の森と呼ばれている巨大なダンジョンとも知らずに。
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