第6話 卵
「アーニャ~! うんち!」
「……もうちょっと恥ずかしがってもいいと思うけど」
人間とは恐ろしいもので数か月も暮らしているとこの生活にも慣れてきた。
もうトイレに行くのだって全然恥ずかしくない。だって考えてみれば同じものを食べてる仲なんだ。食べる物が一緒なら出てくるモノも一緒だろ。
「じゃあ私研究してくるから」
アーニャが二階に上がると……。
「よっしゃ! 今日も筋トレするかぁ!」
俺の筋トレタイムが始まる。
今までは魔法の練習ができないからと散歩や水浴びばっかりしていたが、魔法が使えないなら筋肉を鍛えればいいじゃないと心の中のマリーアントワネットが囁いたことをきっかけに俺は筋トレを始めることになった。
「ふん! ふん! ふん!」
腕立て、腹筋、スクワット。木の枝につかまって懸垂や湖の中をランニング。
やればやるだけ結果が出る筋トレは楽しい。数か月前よりも確実に体つきが良くなった。
今では筋トレの方が漫画やネットを見るよりも楽しいぜ!
こんなふうに異世界でも楽しく過ごせるようになった俺だが、一つだけどうしても辛いことがあった。
それは……。
「あああああああああ! 肉が食べたいよぉ!」
深刻なたんぱく質不足。
これだけは慣れることが出来ない。むしろ日を増すごとにドンドン肉欲求が強くなる。
「……蛇もたんぱく質なんだよな」
「やめなさい!? 死ぬわよ!?」
ある日の朝食。つい漏らしてしまった一言にアーニャは反応した。
「肉が食べたいがためにこの結界から出るつもり!? 出た瞬間死ぬわよ!? 知ってるでしょ!? アイツらすっごく強いんだから!」
「……まあ、虹蛇の強さは知ってるけど」
ここで暮らしていれば、いやでもアイツらの強さを理解することになる。
昼夜問わず、ライオン蟻を捕食している虹蛇。奴らはとにかく獰猛だ。
普段は木に巻き付いたり地面でとぐろを巻いている虹蛇たちだが、ライオン蟻が一定の範囲に入った瞬間カチっとスイッチが入ったように鎌首を上げ、臨戦態勢になる。
何十匹もいる虹蛇たちが一斉にだ。
一度臨戦態勢になった虹蛇は敵を倒すまで決して戦いをやめない。
例え相手が一匹でも集団で向かって行き、噛付き、締め付け、丸呑みにする。
ライオン蟻は必死に抵抗するが、虹蛇の鱗は非常に硬いらしく噛付いてもひっかいても虹蛇は傷つかない。
俺は今まで虹蛇たちがライオン蟻を逃がしたところを一度も見たことがない。
アーニャが止めるのも無理はない強さだ。しかし俺には一つ考えがあった。
「確かに虹蛇を倒すのは無理でも……あいつらから卵を奪い取るのは可能なんじゃないか?」
「……卵?」
アーニャは一瞬考え込むと、すぐにガタンと椅子から立ち上がり、叫んだ。
「もしかして結界の近くに卵を産んだの!?」
「ああ! ほんの歩いて数歩の距離にある!」
「私も見に行くわ! 案内して!」
アーニャと俺は家を飛び出し湖のほとりに走っていった。
〇
「こっ……こんなに近くに虹蛇の卵が……千年ここに住んでるけど初めて見たわ」
今俺たちがいるのは湖と森の境目ギリギリの所。あと一歩でも足を踏み出せば魔夜光虫の結界から出てしまうそんな場所だ。
俺たち目の前にはとぐろを巻いて寝ている虹蛇とその下に見えるいくつかの卵。
卵はラグビーボールくらいの大きさで、虹色の殻が輝いていた。
隣でゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。
「本当は……ゴク。とっくに私もここの食事に飽きてたの……他の物を食べたいって言うと余計食べたくなっちゃうから食事に興味ないフリしてたの」
口の中にあふれる唾液を飲み込みながら俺は答えた。
「だろうな……ゴク。じゃなかったら乾燥キノコを肉代わりにして食べてないだろうからな」
話しながらも俺たちの視線は虹蛇の卵に釘付けだった。虹色に輝いてる蛇の卵。正直気色悪いがそんなのどうでもいい。卵ってだけで食べた過ぎる。
「……ゴク。アーニャ絶対あの卵とるぞ」
「……ゴク。ええ。千年に一度のチャンス。絶対に失敗はゆるされないわ。綿密な計画を練りましょう」
〇
その日から俺とアーニャは卵を捕るための計画を立てることにした。
まず、俺たちが確認しなきゃいけなかったことは『結界の外にある物を結界の中に入れられるのか』ということだった。
卵が結界の中に入らなかったら元も子もないからな。
そこに関してはアーニャが答えを出してくれた。
「実は千年間で結構家の周りの植生が変わってるのよ。それを不思議に思って一度調べてみたことがあったの」
アーニャ曰く『バナナもどき』は当初家の周りに生えてなかったそう。
つまり外からきた植物ということだ。
おかしいと思い調べた結果。森の方から種子が流れ着いているのを発見した。
「そこで分かったんだけど、この結界──湖の水で濡れた部分なら結界の中に入れるらしいの」
つまりはこういうことだ。
当初バナナもどきの種子は湖の沿岸──結界のギリギリ外にあった。
このままであればバナナもどきの種は結界の中に入らないが、ある日風か何かで湖の水が種にかかった。
湖の水に濡れさえすればその種は結界の中に入れる。
そのまま転がって結界の中に入った種子は水に流され、湖中央の島へ。
「つまり卵を結界の近くまで運び、水をかければ中に入れられるんだな?」
「そういうことよ」
そこまで分かれば話は早かった。
確実に卵を捕るために『卵取り棒』なる物を開発した。
長い棒の先端に、空気豆のつるで作ったロープを取り付けた棒だ。
先端のロープは輪っかになっており手元まで繋がっている。
そして中に卵が入ったら手元のロープを引くと輪っかが縮みしっかりと卵をホールドできる構造だ。
バナナもどきで何度も練習済みで、俺がこの大役をすることになった。
〇
「ゴク……よし……行くか」
「ええ……ゴク。絶対に成功させるわよ」
次の日。俺とアーニャは再び虹蛇の卵の前まで来ていた。
俺の手には卵取り棒。アーニャの手には鍋。
俺が卵をとって結界に近づけた後。アーニャが鍋に入った水を卵にかけるという作戦だ。
虹蛇はとぐろを巻いてスヤスヤと寝ており、丁度そこからはみ出す形で卵が一つ見える。
大チャンスである。
(よ……よぉ~し。起きるなよぉ……)
呼吸を静めながらゆっくりと卵取り棒を結界の外に出していく。
緊張でプルプルと棒の先端が震えていた。虹蛇に感づかれたらきっと二度と卵は捕れなくなる。もし気づかれて遠くに巣を移動されたら、二度と卵を食べられなくなる。
地面に沿わすようにして卵取り棒を虹蛇の巣に近づける。
「……目玉焼き……ゆで卵……オムレツ……」
棒が近づくたびにアーニャの独り言が大きくなっていた。俺も犬みたいに唾液が溢れている。
「よっ……よし。もう少し……」
ついに棒の先端が卵の近くまできた。ここからは先端のロープを卵に引っ掛けるだけ。
ただし、数センチ先にいる虹蛇の胴体に棒を当てないようにっ……。
「くっ……この! この!」
「何やってるのよ! 早く引っ掛けなさいよ! 虹蛇が起きたらどうすんのよ!」
「うるさい! コレ結構難しいんだよ!」
バナナもどきで練習した時と全然違う! 手が震えて全然輪っかが卵に引っかからない!
四苦八苦していると、アーニャが俺の卵取り棒を奪い取ってきた。
「あーもうじれったい! 私に貸しなさい!」
「お前じゃ無理だって! 練習の時も一回もバナナもどき取れなかったじゃん!」
「私は本番に強いの!」
そう言うとアーニャは強引に棒を動かし……。
ブニっと、虹蛇に突き刺した。
「あ」
「あ」
目を覚ました虹蛇はチロチロと舌を出しながら卵取り棒を睨み。
「アーニャ! すぐに棒を引け!」
ブオンと尻尾をひと薙ぎし、卵取り棒をバラバラにした。
「ああー! 私の卵取り棒が……」
「だから俺がやるって言ったのに!」
バシャンと膝まづくアーニャ。結界の外にはバラバラになった卵取り棒とキョロキョロとあたりを見渡している虹蛇。
もう卵がとれそうにないのは明らか……いや! アレは!
「見ろアーニャ! 卵があんなに近くに!」
虹蛇の攻撃により巣からコロコロと転がる卵。ほんの二歩だ。ほんの二歩で届く距離!
しかも虹蛇は……。
「見ろ! 森の方を見てる!」
ライオン蟻の攻撃だと思ったのか森の方を凝視している。
こんなチャンス今しかない! ちょっと結界から出て卵を捕って返ってくるだけだ!
「アーニャ! 水を頼むぞ!」
「はあ!? まさか行くつもり!? やめなさい! 絶対に死ぬわよ!」
「男には死んでもやらなきゃいけない時があるんだよぉ!」
「絶対今じゃないってえええ!」
アーニャの制止を振り切り、結界から一歩踏み出す。
虹蛇はまだ気づいてない! 後一歩で卵に手が届く!
そしてもう一歩踏み出した俺は卵を手に取り……。
(いよおおおし! 後は戻るだ──あっ)
ズテン! と転んだ。
手の中から卵がコロコロと零れ落ちていく。そのまま進んだ卵はコツンと虹蛇に当たり、虹蛇が振り返った。
(あ……俺死んだわ)
蛇に睨まれた蛙とはこのような気持ちなのだろうか、身体が全く動かない。
虹蛇は動かない俺を尻目に足元の卵を咥え、巣に戻す。
そして倒れたままの俺をジッと睨むと……。
森の中に消えていった。
(は!? え!? あれ!?)
完全に死んだかと思った。なんで襲われていないのか全く分からない。
が、虹蛇がいないこの状況……まさに!
(チャアアアアンス!)
すぐに立ち上がり、虹蛇の卵を一個……まだいける! 二個抱えて振り返る。
振り返った先は、そこだけ夜みたいに真っ黒な空間が半球状に広がっていた。
(なるほど、この湖って外から見たらこう見えるのか)
って感心している場合じゃない! 虹蛇が戻ってくるかもしれない!
「アーニャ! 水!」
叫ぶ時には既に濡れていた。
瞬間──目の前の黒い空間がブワっと見慣れた湖の光景へ。
「恭也!」
「アーニャ!」
卵を抱えたまま湖の中に飛び込む俺。
「うわああああああん! 恭也が死んじゃったかと思ったじゃないいい!」
抱き着き、泣きわめくアーニャ。
俺は両手に抱えた卵を掲げ、叫んだ。
「今日は卵料理だぞ!」
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