第5話 生活

 日の光が顔を照らす。眩しさで目を覚ました。


「ああ……そうか。俺異世界に来たんだっけ」


 ぼやっと見えてくる暖炉がある部屋。ほのかに甘い匂いが混じった他人の家の香り。

 この世界に来て一か月が経ったがまだ慣れない。


「よっと」


 一階の壁際に吊るされたハンモックから半分ずり落ちるように降りる俺。


「ふふふふふふふ! わーはっははははははははは!」


 二階からラスボスみたいな笑い声が聞こえてきた。

 アイツまた徹夜で研究してたんだな。ちなみにこの笑い声が聞こえてくると、大体その後にはアーニャが駆け下りてくる。


「恭也! 大成功よ! 見なさいこのアーニャ式多重魔法陣を! ついに四層構造まで完成したわ!」


 階段を降りてきたアーニャは大きな葉っぱの中央にデンと描かれた魔法陣を俺に見せてきた。

 ぼんやりと青く光る文字が葉っぱの上に描かれている。


「……今度こそ成功したんだよな?」


「当たり前でしょ! 絶対成功したわ! また私が魔法理論の新たな扉を開いたのよ!」


 ちなみにこれがアーニャの研究──多重魔法陣理論らしい。

 何度も聴いてるからぼんやりと俺も分かってきた。

 簡単に言うと、魔法陣を何重に重ねられるかと言う研究らしい。

 ゲートには大量の魔力が必要らしく、そのためには必要とのこと。

 なんで【無限の魔力】を持っているのにそんなことをしなきゃいけないかと言うと……。


 アーニャのスキル【無限の魔力】の本質は、魔力を使っても使っても減らないという意味での無限らしい。例えるなら絶対に減らないコップの中の水だ。

 しかし、ゲートにはバケツ一杯分の魔力を一気に使わなければいけないらしく、そのためにアーニャが考えたのが『バケツがないなら、コップを沢山使えばいいじゃない理論』だ。


 コップ一杯分の魔力を魔法陣という入れ物に移す。それを何重にも重ね、バケツ一杯分の魔力になった瞬間一気に使う。

 こうすれば理論的にはゲートが完成するらしい。

 ちなみに四層っていうのは四杯分の魔力ってことだ。

これが十層構造になればゲートの魔法が完成するらしい。


 ちなみに先週は三層だった。一週間で一層上がってるから順調じゃんって思うかもしれないが、現実はそうではなく……。


「……おい。なんかその文字点滅してないか?」


「へ!? わあ! 爆発するわ! 伏せて!」


「またかよおぉぉぉ!」


 ドカンと小さい爆発音。ルーン文字は爆発し、俺たち二人は黒い煙に包まれた。


「ケホ……朝食の準備をしましょうか」


「ケホ……そうだな」


 千年間も研究して、今だ四層構造しか出来ていない事から分かる通りアーニャの研究の九割は失敗だ。週一で「こんどこそ成功よ!」と俺にルーン文字を見せてくるが成功したところを見たことない。

 まあ、でもコイツの凄い所は。


「でもこれで失敗する理由が分かったわ! 次は成功するわね!」


 一切諦めないことだ。まあ、このゲートの魔法でこの世界と元の世界を繋ぐことで俺を返してくれるらしいから諦めないで欲しいけど。


「じゃあ飯採りに行くか」


 黒い煙で煤まみれになった顔を湖で洗いに行くついでに俺とアーニャは外に食べ物を採りに行く。

 アーニャには食事は必要ないらしいが、嗜好品として食べているらしい。

 家の周りにある林。ここは天然の食糧庫だ。


 十分くらいで歩き回れるこの林には食べれる植物が沢山生えている。

 例えば『バナナもどきの木』食べると栗とバナナの混じったような味がする実だ。

 見た目はまんまバナナの木。皮が青いバナナが鈴なりに実っている。

 ちなみにバナナもどきの葉っぱは俺たちの生活に欠かせないアイテムになっている。

一メートルくらいある大きな葉っぱで、皿になったり、乾燥させてトイレットペーパーにしたり、アーニャは紙の代わりにこの葉っぱを使っている。


 次に『ランダムキノコ』その辺にポコポコ生えている松茸みたいなキノコだ。コイツはもいだ瞬間色がランダムに変わる。赤がシイタケ味、緑がエノキ味など色によって味が違って面白い。


 最後に『空気豆』口当たりが空気みたいに軽い豆。つる植物でその辺に木に巻き付いている。ゆでると枝豆みたいな味がする豆でつるは編んでハンモックにしたり、籠にしたりしている。


 俺とアーニャは朝食で食べる分だけそれらを採取する。

 バナナもどきを一つもぎると、にょきにょきっと青い花が咲き、その後すぐに果実になった。


「異世界の植物ってみんなこんな感じなのか?」


 最初にこの光景を見た時にアーニャに聞いてみたことがある。だとしたらこの世界は食料問題が全くないパラダイスじゃないか。


「あー……これはここの植物だけよ」


 アーニャは気まずそうに言う。


「千年もここで研究してたからこの辺の土地私の魔力が染みついちゃってるのよね……だからこの植物たちこんなに異常成長してるのよ」


「なんでそんな気まずそうに……」


 言いかけて気づいてしまった。


「お前! もしかしてあの蛇たち!」


「……そうなのよ。なにかのモンスターが私の魔力で突然変異したみたい」


「自業自得じゃねえか!」


 どうやらこの状況を作り出したのはアーニャのせいだったらしい。

 湖の魔夜光虫も実はこの世界ではありふれた微生物なのだが、ここまで強力な結界と認識阻害をするのはこの湖の魔夜光虫だけらしい。

 つまりコイツは自分で作った牢獄に自分でハマっているという訳だ。

 そんで俺はそこに加わってしまった可哀そうな高校生!


「……」


 だが、今更そんなことを言いだしても仕方がないので黙っておく。このモヤモヤはいつかおっぱいを揉むときに発散しよう。強く、激しく揉んでやろう。うへへ。


 閑話休題。食事にしよう。

 家に戻り、俺たちは協力して料理を作る。

 材料はバナナもどきとランダムキノコ(しいたけ味)と空気豆だ。

 調味料は無しで素材の味を楽しむ。


 ランダムキノコは焼いて空気豆は軽く茹でるだけ。皿はバナナもどきの葉だ。

 焼いたキノコと茹でた豆を葉っぱの上に乗せてご機嫌な朝食の完成。

 デザートにはバナナもどきもある! さあ、テーブルに座って食事の開始だ!


「本当にここの世界の食事って美味いよなぁ~!」


 対面にいるアーニャに話しかける。元の世界ではキノコとか嫌いだったのにここの世界のキノコなら食べられる。元の世界よりも味が濃くて美味いんだよな。


「そうかもね。もう元の世界の料理なんて忘れてしまったけど、確か千年前初めてこの世界の料理を食べた時は感動してたわ」


 アーニャは茹でた豆をパクパクと口の中に放り込みながら言う。


「やっぱそうだよなぁ~この豆なんて風味が最高で……」


 と、空気豆を口の中に入れる。噛み締めるとスーっと広がる清涼感。まるでミントのようだ。


「風味が最高で……何個でも……」


 ひょいひょい口の中に豆を入れていく。うん。旨い。


「何個でも……食べれ……」


 じっと目の前の料理を見る。この一か月間何度も何度も見た料理だ。

 そう……一か月毎日毎日……こればっかり……毎日毎日……。


「流石に飽きたわ! 一か月間キノコと豆と果物しか食ってねえぞ!」


「だから十年もすれば慣れるって言ってるでしょ! 犬だって毎日ドックフード食べてるじゃない!」


「人間様を犬畜生と一緒にするな!」


 この閉じた世界で一番つらいこと。それはこの食事だ。

 バナナもどきとルーレットキノコと空気豆。この三つしか食料がない!

 焼いて煮て、焙って、燻して。ありとあらゆる調理法を試してみたが速攻で飽きた。


「うわああああ! 米が食いたいよぉ! 肉が食いたいよぉ!」


「だから、この乾燥させたルーレットキノコ(黄色)を焙れば若干肉っぽい味が……」


「してねえから言ってんだよ!」


 ビーフジャーキーみたいに薄切りキノコを食べてるアーニャに言い放つ。

 食べてみたけど全然肉じゃなかった! キノコの味しかしなかったぞ!

 他にも米に似てると言って出してきた乾燥した空気豆を炊いたやつ。めっちゃ大豆の味がした!

 クッキーみたいな味と出してきた乾燥バナナもどき。普通にドライバナナの味だった!


「え~私はこれで充分なんだけどな~」

 と、乾燥キノコを食べるアーニャ。目のハイライトがない。


(この光景……なんか見覚えが……はっ! あの時の……)


 なにか既視感があると思っていたら……この食事に楽しみを一切見出してない感じ。昔俺がネトゲにハマっていた時の顔と一緒だ。

 あの時は人生の全てがネトゲだったから食事全部カップラーメンで充分だった。栄養失調で病院送りにならなかったらきっと今でもネトゲ中毒だった。

 俺がまだ倒れてないということは、ここの食事には必要栄養素が十分入っているということだが……。

 人間! 米食って! 肉食ってねえと心が死ぬんだよ!


「くうううう! 肉が食いてえよぉ!」


 飯を食ったのに脳髄に残る強烈な飢餓感。思ってるのと違った! まさか異世界で肉が食べたいと嘆くことになるとは思ってもいなかった!

 思ってたのと違ったのはこれだけじゃない。


「……アーニャさん。……すいませんがトイレに」


「はいはい。いっトイレ。なんちゃって」


「……はい」


 クソつまんないダジャレをシカトして俺はトイレに向かう。

 なんでわざわざトイレに行くのをアーニャに言わなきゃいけないのかというと……。


「……すいません。終わったんで流すのお願いします……」


「はいは~い」


 トイレを終えると、排泄物を流さないまま便座を下げてアーニャに頼む。

 アーニャは慣れた感じでトイレに向かうと、ちょいっとトイレに手をかざし水を流した。


「……すいません。ありがとうございます」


「いいいのよ。これもここに召喚しちゃった私の責任だし」


 アーニャはトイレの水を流しながら遠い目で言った。


「いやーまさか恭也の魔力がゼロだとは思わなかったわね」


 ……はい。そうなんです。

 暖炉、水道、風呂、トイレ。全て魔力で動かすこの世界。魔力の無い俺はトイレの水すら流せない要介護人間なんです。

 魔力が無いことに気づいたのは召喚されたその日だった。


 〇

「あっ、魔法ならいつでも教えるから! いつでも聞いてね!」


「おっ……おう……頼むよ」


 アーニャの魔法オタクっぷりがあらわになったその直後。


「ケヒヒ! じゃあ今からたっぷり教えてあげるわ!」


「ひぃ!」


 アーニャは気持ち悪い声で笑うと、部屋の隅に転がっていた水晶玉をテーブルの上に置いた。

 笑い方が怖かった。 よし! コイツを沼にハメるぞ! って感じの笑い声だった。


「さあ! その水晶に手をかざして! あなたの魔力量が分かるわよぉ!」


 さあ! さあ! と急かしてくるアーニャ。


「おっ……おう」


 いやね? 魔法が使えるようになるのは嬉しいんだけどさ、そんなにテンション上げられると若干引いちゃうんだよね。

 卓球部くらいさあ! さあ! 言ってるじゃん。


(だけど、これで俺も魔法がっ!)


 俺はアーニャに急かされながら水晶に手を伸ばす。


「この魔力量! 貴方千年に一人の天才だわ!」なんて言われちゃったらどうしようと期待を込めて手をかざすと……。


「……あれ? ゼロって書いてあるけど……」


 水晶に浮かびあがってきたのはゼロという数字。

 今までうるさかったアーニャが口をあんぐりと開けていた。


「ゼっ……ゼロ? そんなバカな……どんな生き物も少なからず魔力を持ってるはずなのに……」


 ブツブツと考え込むアーニャ。


 俺にスキルがないと発覚した瞬間と被って見えた。


「……もしかしてこれもお前が召喚したからじゃ」


「……そうかも」


「おいおいマジかよぉ! 魔力も無いのかよぉ!」


 最悪だよ。せっかく魔法を使おうと思ってたのにそれも出来ねえのかよ。


(……ん? ちょっと待て。確かここの生活って……)


 暖炉に火を付けるのも、水道から水を出すのも、トイレも風呂も全部魔力を使って……。


「おい! 魔力がなかったらトイレの水も流せないんじゃないのか!?」


「あっ……」


 あっ……って。お前……それ……。

 アーニャは数秒固まると、パチンと手を叩き思いついたようにこう言った。


「そうよ! 私が流せばいいじゃない! 恭也がふんばって私が流す! 私って天才ね!」


「嫌じゃない!?」


「別に? うんこなんてみんなするでしょ? 見ないようにして流すから平気よ」


「いや、俺が嫌じゃない!?」


 俺これからずっといちいちアーニャにトイレの世話をしてもらわなきゃいけないの!?


 めっちゃ恥ずかしいんだけど! 俺にそんな性癖ないんだけど!


「でも、それしかないでしょ」

 〇

 こうして俺はトイレに行くたびアーニャに報告することになった。

 ママ~うんち! 無邪気に言えてた頃が懐かしい。あの時くらい羞恥心がなかったら良かったのに。

 今では無駄に羞恥心があるから……。


「あの……その……」


「なぁに? そんなにもじもじして。……あ~はいはいトイレね。流せばいいのね」


 一回一回が地獄である。毎回学校のトイレと同じくらい恥ずかしい。


「んじゃあ私研究してくるから。トイレに行きたくなったら呼んでね」


 食事が終わるとアーニャは二階に上がっていった。コイツ食事以外は大体研究しているんだよ。


「はぁ~あ散歩でもいくか~」


 対する俺はここから暇な時間に突入だ。魔力があれば魔法でも練習出来たのだが、それも無いから水浴びするか散歩するか昼寝するくらいしかやることがない。

 マジで暇すぎる。ネットが恋しい。漫画が読みたい。アーニャ早くゲート作ってくれないかな。早く元の世界に帰りたい!


 そして数か月後。

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