第4話 安仁屋

「へぇ~! ここに住んでんだぁ~! へぇ~! へぇ~! いい匂いするな~!」

「……恥ずかしいからジロジロ見ないでよ」

「いいじゃんいいじゃん! だってこれから俺も住むんだしさ!」


 アーニャの家は二階建てで一階部分はダイニングキッチンになっていた。

 中央に大きめのテーブル。壁際に暖炉とキッチン。その横にはドラ〇エの民家よろしく水瓶が数個。奥には一つ扉があった。

 部屋の広さは俺とアーニャが立ち入るとちょっと狭く感じるくらいだ。


(へぇ~これ食べてんのかなぁ~)


 水瓶を覗いて見ると中には乾燥したキノコや豆などの乾物。

 暖炉はキッチンストーブも兼ねているようで上には大きい鍋がのっていた。

 テーブルの上にはコップが一つと、大きな葉っぱの上に食べかけの料理。

 さっきまで食事をしていたようだ。


「ああもう! こうなるんだったら片付けておくんだったわ!」


 と、暖炉の中に葉っぱごと食べかけの料理をぶち込むアーニャ。

 そのままアーニャは暖炉に手をかざすと、ボウっと暖炉に火が付いた。


「え!? なにそれ! どうやったの!?」


 スマート家電みたいじゃん! この世界にスティーブジョブズいるの?


「炎の魔石に魔力を込めたのよ。ほら、暖炉の中に赤い石があるでしょ?」


 暖炉の中にはこぶし大の赤い石がゴロゴロと入っていた。メラメラと石自体から炎が立ち上がっていて、投げ込まれた葉っぱを燃やしている。


「こっちは水道ね。水の魔石が中に埋め込まれてて魔力を注げば水が出るの」


 アーニャはキッチンに行き、説明をする。


「へーもうこっちは完全に元の世界の水道と一緒だな」


 手をかざすと水が出てくるタイプの水道。木製バージョンだけど。


「この扉の向こうはお風呂とトイレよ。同じく水の魔石で水が出る仕組みでお風呂はお湯も出るの。下水は浄化の魔石で綺麗にしてるの」


「すげえ……この世界の生活ってこうなってるんだ」


 元の世界の電気のように、いやそれ以上に魔法が生活の一部になっている。

 ……うん。かなりワクワクする! 俺も使ってみたい!

どうせここから出れないんだ。魔法を練習しよう! 大魔法使いに俺はなるっ!


「なあ、俺も魔法って使えるのか?」


「もちろん。魔法なんて自転車に乗るようなものよ。練習すれば誰だって使えるようになるわ」


「おお! やった! 手から火の球とか打てるようになりたい! 俺でも出来るかな?」


「火の魔法ね。まずは魔石を使って練習するといいわ。魔力を流せば勝手に火の魔法に変換してくれるから」


「へぇ~! 便利だなぁ!」


「自転車の補助輪見たいな存在ね。慣れたら魔石を使わないでも火の魔法が使えるようになるわ」


「よ~し! じゃあまずは魔石を使って……ん?」


 って待て。なんでコイツ自転車とか補助輪とか知ってんだ?


「私も最初この世界に召喚された時はそうやって魔法を練習したわ」


 え? え? この世界に召喚? もしかしてアーニャって……。


「……お前もしかして日本人?」


「え? 言ってなかったけ」


 あっ……ああ! そう考えると、最初から違和感はあった!

 女子高生やトラックという単語! 『お笑い分かってないわね』という激イタセリフ!

 全部日本人じゃなきゃ出てこない!


「だってお前アーニャって……」

「げ。私そう言ってたの? 自分の名前噛むとか恥ずかしいわ~」


 アーニャはコホンと咳ばらいをしてあらたまる。


「私の名前はアーニャじゃなくて安仁屋(あにや)。安仁屋未希(あにや みき)」


 そして──こう付け加えた。


「千年前に日本から召喚された元勇者よ」

 〇

 千年前──歴史上最強の魔王が出現した。

 莫大な魔力を保持し、ありとあらゆる魔法を使いこなす彼はこの世界の全生物の三割を滅ぼした。


 彼に対抗する為に神は異世界から勇者を召喚する。

 安仁屋未希──彼女に与えられたスキルは史上最強のスキル【無限の魔力】だった。


 魔法を使うための力『魔力』を無限に体内から生み出すことができ、無制限にあらゆる魔法を使うことが出来る。


 魔法とは魔力を使ってイメージを実現させる力。無限の魔力とは即ち全能の力。

 彼女は火・水・風・土を操り、ドラゴンを使役し、時を止め、空間を捻じ曲げ──

魔王を倒した。


 その後、彼女は城主が居なくなった魔王城で一冊の本を見つける。

 そこには魔王が開発した魔法がいくつか書かれており、若返りの魔法やモンスターを作り出す魔法。


 そして……。


(異界への扉を開く魔法……【ゲート】? この魔王私たちの世界にも侵略しようとしてたの?)


 彼女はそのゲートという魔法に強く興味を惹かれた。

 半分しか描いていない魔法陣。その下に数行のメモ書き。

 一見魔王が開発しかけて諦めた魔法だが、彼女はその魔法陣から目が離せなかった。


 元の世界ではただの女子高生だった彼女はこの世界に来て魔法の才能に開花し、その才能に絶大な誇りを持っていた。

 自分こそが世界最強の魔法使い。そんな自負を持っている彼女が魔法陣を見て思ったことは……。


(なっ……なっ……あの魔王っ……なんていう魔法を考えてたのよ!)


 倒したはずの魔王への敗北感。


(なによこの魔法! あの魔王どれだけ天才だったのよ!)


 従来の魔法理論とは全く別のアプローチ方法。発想の転換を転換したようなアイディア。

 自分が一生考えても出てこないようなアイディアが盛り込まれた魔法陣。

 ページの最下部には『残り半分は勇者を倒した後に描く』と殴り書きされていた。 

 彼女は思う。


(っ! あのくそ魔王! これで勝ち逃げしたつもりなの!?)


 彼女にとって戦いの勝敗などどうでも良かった。それよりも大事だったのは魔王が自分より優れた魔法使いだったこと。

 プライドをズタズタにされた彼女はあることを心に決める。


(この魔法を作り上げる! そうすれば私が一番の魔法使いだと証明できるわ!)


 魔王を倒した後。女神に再び元の世界に帰るかと問われた彼女はこう答えた。


「いえ、私はこの世界に残って魔法の研究を続けるわ」


『魔王のいないこの世界に残るのであればその力に制限が付きますが、それでもよろしいですか?』


 その制限は『三つしか魔法を使えない』という制約。


「ええ、いいわ。私は一つ魔法が使えればいいし」


 彼女は永遠に魔法を研究するために『若返りの魔法』を。

 食事をしないでも研究できるように『絶食の魔法』を。

 残り一つはゲートの為に取っておいた。


 その後彼女は人里離れた場所に家を建てる。魔石をふんだんに使い、魔力さえあれば生活できるような家だ。

 そして若返りの魔法を駆使しながら研究し続け──

 〇

「──気づいたら千年たってたってわけ。街に行って日用品を買い直そうと思ったんだけど、いつの間にか周りは蛇まみれになっちゃって、ゲート研究の副産物で生まれた異世界人召喚の魔法で日本人を召喚してチートなスキルで蛇を倒して貰おうと思ったのよ」


 と、一気に説明した安仁屋。それを聞いた俺は……。


「へっ……へぇ~意外と負けず嫌いなんだねぇ」


 引いちゃった。

 自分が最強の魔法使いって証明するために千年間も研究するなんてヤバくない?

 しかも魔王にはちゃんと勝ってるんだよ? そんなむきになってゲートだっけ?   完成させなくても……。


「……貴方には分からないでしょうね」


 安仁屋がめっちゃ睨んできてた。これ絶対キレてる。ヤバい。何かの地雷を踏んだらしい。


「たとえ死人でも私よりも魔法が優れていることは許さない! 私はこの世界に来て初めて一番になれたの! だから絶対にその称号は譲らない!」


 えっ……ええ。めっちゃキレてる。めんどくさ~。とりあえず話合わせとこ。


「そうだね~」


 どうだ? 怒り収まる!?


「っ! 何も知らない癖に適当に相槌打つんじゃないわよ!」


 うわ。ガソリン注いじゃったみたい。


「こっち来なさい! 魔王がいかに天才だったか。そして私がいかに天才かを見せてやるわ!」


「ひいいい!」


 アーニャは俺の手を強引に引っ張ると、無理やり二階に引っ張っていった。

 すごい怖い。だって「うふふふふ! この千年で魔法理論は新たなステージへと上がったのよ! この家で人類史に残る魔法革命が三回は起きたわ!」とか言って一人で笑ってるんだもん。


「さあここよ! その目でしかと受け止めなさい!」


 二階につくと安仁屋は扉を開けてそう言った。

 二階は一階と同じ広さの部屋になっていて、中央にテーブルが一つ。部屋の端に植物のつたで作ったハンモックがちょこんと。


 そして壁一面に……。


「ひいいいい! 怖い怖い怖い!」


 壁一面に呪詛のように描かれた何かの呪文。ホラー映画に出てきそうな部屋だった。


「失礼ね! これは全て新しい魔法理論なのよ! ほらこことか最近発見した理論で……」


 安仁屋は興奮しながら一人で話出した。もう彼女が何を言ってるんだか全くわからない。

 逃げ出そうとしても……。


「こら! しっかり聞きなさい! 今元の世界で言うところの活版印刷術くらいの魔法革命を説明してるのよ!」


「今日この世界に来たんだぞ! わかるわけないだろ!」


 安仁屋は絶対に逃がしてくれなかった。

 そして数十分後。


「かっ……勘弁してくださいよぉ~!」


 俺が本気で泣きそうになった頃。


「……ごめんね? ちょっとスイッチ入っちゃって……」


 安仁屋は急にスイッチが切れたようにしおらしくなると「やっちゃった~」って顔で謝ってきた。

 急な態度の変化にドン引きしながら俺は察する。


(わかった……つまりコイツははオタクだ)


 自分の好きなことをダーっと喋って、喋り終わった後自己嫌悪する。俺も特定のアニメや漫画でその性質があるからわかる。

 ただしコイツは俺よりももっと重度で……その対象が魔法の魔法オタクなんだ。


「あっ、魔法ならいつでも教えるから! いつでも聞いてね! それとアーニャって名前気に入ったわ! 今度からそう呼んで!」


 思い出したようにまた態度が豹変する安仁屋。今度はめちゃくちゃ上機嫌だ。


「おっ……おう……頼むよ」


 こうして俺の異世界生活が始まった。

 この時俺はまだうまくやっていけると思っていた。この限界魔法オタクと閉じられた世界での生活を。

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