第2話 結界

「みんな大好き異世界召喚したんだから良いでしょ! やめて! 肩をガクガク揺らさないで!」


「うるせえ人殺し! 異世界に召喚されたことの嬉しさよりも理不尽に殺されたって不満の方が若干勝ってんだよ!」


 と、言いながらも徐々にニヤけてくる俺の顔。

 異世界にきた嬉しさが勝ってきた。時間経過と共に顔がニヤけてきてる。

 よく考えたら元の世界では引きこもりで何にもいい所がなかったんだ。

学校にも行ってないからこうやって女の子に触ることも出来なかった。


「やめてよ! もう謝るから! てかなんニヤやけてんの!? ニヤけながら肩をガクガクしないで欲しいんですけど! 怖いんですけど!」


「……」


 ああ……めっちゃ楽しい。ずっとこうやって女の子と戯れていたい。

 自分を殺した相手だろって? 可愛いければ無罪っすわ。

 すると……。


「もうやめてよ! 服がはだけちゃうでしょ! あっ!」


 アーニャのローブがズルリとはだけた。

 黒いローブの下には陶器みたいに真っ白な素肌。

そしてその中央には柔らかい二つの膨らみが……。


(マズイ! 童貞には刺激が強すぎる! 最悪死んでしまうぞ!)


 ショック死しないようにさっと目を逸らす俺。


「もう! 脱げちゃったでしょ! えっち!」


「ってなんで一枚しか着てないんだよ!」


「仕方ないでしょ! 一枚しか服持ってないんだから!」


(おいおい秒速でラッキースケベ展開かよ。やっぱり異世界(おっぱい)ってすげえや)


 秒でこの女に殺されたっていう恨みが吹き飛んだ。

 衣擦れの音が収まると、コホンと小さく咳払いをしてアーニャが話しかけてきた。


「こっちに召喚しちゃったのは悪いと思ってるわ。でもそうせざるを得ない理由があったのよ」


 うんうん。魔王かな? 人類の危機なのかな? 

どうせ俺に世界を救って欲しいってことでしょ? やるやる。ハーレムあるならならやる。


「ここから抜け出すためには異世界転生者のチートスキルが必要なのよ」


 ほう。……ほう? ここから抜け出す?


「ここって?」


「ここはここよ。この島」


「島ぁ?」


 ちょっと待て。話が見えない。

 するとアーニャは「ああ、そうね。ここからだとこの島の全容が見えないわね」とザブザブと湖の中に入って行った。どうやらこの湖は膝上くらいの深さしかないらしい。


「こっちに来れば分かるわよ」


「おっ……おう」


 アーニャに促されるままに俺も湖の中に入って行く。水はひんやりと冷たく、触れるたびに、波をたてるたびにポワリと青色に発光する。

 湖の中央まで来ると徐々に全ぼうが見えてきた。この湖は思ったよりも広い。

 アーニャは振り返り元居た場所を指さす。


「ほら、ここからなら良く見えるでしょう?」


「……本当だ。さっき居た場所は湖の中央に浮かぶ島だったのか」


 そこには学校のグラウンドくらいの小さな島。中央に小さな家と周りにギリギリ林と呼べるくらいの木々が生えていた。そして島の周りをドーナッツのように囲う湖。

 ここはそんな場所らしい。


「私はこの島に閉じ込められているのよ」とアーニャはため息交じりに呟いた。

 いやいや。どこが閉じ込められとるね~ん! と軽はずみに突っ込めない重さがその言葉に込められていた。


「いや、そこは「いやいや。どこが閉じ込められとるね~ん!」って突っ込んでよ」


 ムズイなこの女。

 アーニャは軽蔑した表情で「お笑い分かってないわね」とクッソ痛い女みたいなことを呟くと、クルリと振り返り「あいつらのせいで閉じ込められてるの」と森の中を指さした。

 おっぱい見てたから我慢できたけど、見てなかったら絶対舌打ちしてた。

 俺は黙って森の方を見る。

 そしてそこで見たのは……。


「うわ! めっちゃ蛇いる! キモ!」


 地面に、木の枝に、岩の上に、うじゃうじゃといる蛇。

 しかも一匹一匹がデカい! 太さが丸太くらいある。

 ザバリと波音を立てて一歩下がる俺。

 アーニャは「男の癖にビビリね~」と笑うと。


「あの蛇のことは虹色の鱗を持っているから虹蛇と呼んでいるわ」と言った。


 上の句でバカにされて、下の句でうんちく言われた! ムカつく!

 なにか言い返してやろうかと開いた俺の口は次のセリフで言葉を失う。


「ちなみにあいつらは小さい方よ。大きいのは……ほら、ずっと見えてるアレ」


「……は?」


 アーニャが指さしたのは大きな岩……ではなかった。

大きすぎて……現実感がなさ過ぎて大岩に見えてただけだ。

アレは巨大なとぐろを巻いている蛇……。


「マジ……かよ……」


 ズズズと地響きを鳴らしながら大岩がほどける。大木のように太い身体を持つ巨大な蛇はそのまま空高く鎌首をもたげ、グアアと気怠そうにあくびをした。


「この森のボス。大虹蛇よ。丁度狩りの時間らしいわね」


 その時。バキバキっと木が倒れる音。森の中からライオンが飛び出してきた。

 森を飛び出したライオンは俺たちの方に向って走ってくる。


「うわあああああ! ライオンだぁああ!」


 恐怖と迫力のあまりその場に尻もちをついてしまう俺。

 なんで森にライオンがいるんだよ! てかなんでアーニャが冷静なんだよ! 数メートル先にライオンが出てきたんだぞ! こんな湖すぐにわたって俺たちを……。

 ……は? 待て。あのライオン下半身が……。

 アーニャは言う。


「上半身がライオン。下半身が蟻のモンスター。ライオン蟻──この森の被食者よ」


 その時。俺たちに向って走ってきたライオン蟻は、まるでそこに見えない壁でもあるかのように湖の手前でガインと何かにぶつかった。


「えっ……なんで」


 次の瞬間──大虹蛇が動く。

 舌をチロリと出し、一気に身体を伸ばし──

 バクン!

 一呑みだった。

 ふわりと風圧が頬に当たり、さらさらと湖にさざ波が立つ。

 大虹蛇はチロリと顔の周りを舐めると、ずるずると重そうな身体を引きずりながら森の中へと消えていった。


「なんで……あいつらは俺らを食べないんだ?」


 今。俺は確実に大虹蛇と目があった。

 巨大な──バスケットボール大の瞳が俺を睨んだはずなのに。

 さらさらと青く光る波を掬いながらアーニャは言う。


「魔夜光虫(まやこうちゅう)。魔力をエサにする極小の水棲微生物よ」


 そしてアーニャは──ボチャンとその場で強く足踏みをし、波をたてた。


「この魔夜光虫は敵から身を守るため特殊な光を発するわ」


 アーニャを中心に同心円状の波紋が広がり、青い水が幻想的に波打つ。


「なっ……お前身体が薄くなって……」


「この光は微弱な結界と認識阻害を引き起こす力があるの。ちなみにね? この力は円状に設置すると爆発的に力を増して──」


 そしてアーニャは……。


「はあ!? 消えた!?」


 消えた。

 波紋が広がっているからその中央にいるのは間違いないと思うが、その姿が全く見えない。

 そっと手を伸ばしてみる。するとそこには壁のような物が。

 まるで魔法だ。いや、ここは異世界。本当に魔法なんだ。

 壁の中から声が聞こえた。


「この結界が湖をぐるりと囲っているから私たちは襲われていないの」


「なるほど……」と青く光る水面を見る。

 徐々に波紋が収まっていくと比例するように現れるアーニャの姿。

 彼女は言った。


「私が貴方を召喚した理由は一つよ。鈴木恭也さん。貴方のスキルであの蛇を駆逐して」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る