第19話「ククと言う名の少女」

「『翡翠の鷹』って言えばこの辺りでは、

 知らん奴はほぼ居らんじゃろうて」


2人は結局宿に帰ってきたのは私が寝た後だったことで

昨日の出来事を出発前に改めて共有することになった


「『用兵飛ぶが如く速く、戦陣見渡す目は鷹の如く広く』。

 そう言われるほどの傑物なのですぞ」

「へぇー・・・そんな凄い人なんですね」

「将としての素質は勿論じゃが、武人としてもバケモンみたいに強い、

 鷹と言うよりその辺の魔物で例えられても仕方ないわい」

「して、それほどの人物が出張って探しているのが

 『動く大岩』となると、我々も気を付けねばなりますまい」

「じゃの、恐らくは野良のゴーレムだろう、

 地肌と岩だらけのこの道だといつ奇襲されてもおかしくないわ」


2人にそう言われて私は、手綱を握る手の力を少しだけ強めた。

強めた、からと言ってロバ達が少し速くなるわけでもないが、

どうか安全に、早く着くようにと願うばかりだった


「いざとなればユイちゃんが魔剣で・・・って、

 確かそうホイホイと出せる物じゃなかったんだっけな」

「あー・・・まぁ、声だけならそれなりに聞くことはできるんですがね。

 姿を出すとなると、魔剣に負担がかかっちゃいますから・・・。

 あ、でもいざと言う時はちゃんと出しますから、大丈夫です」

「出来る事なら、そのいざと言う時が来ないように、

 来ても俺と鉄髭で何とかするしかないな」


私達がそんな話をしながら山を登ること数時間、

やがて遠目から石造りの門らしき建造物が見えてきた

ただの村だとしか聞いていなかったこともあって、

その建造物の大きさに驚きと疑問を感じた


「あの門、随分立派ですね・・・」

「恐らくだが、元々は国の防衛線か関を担っていた砦を使ってるんじゃろ。

 見てみい、門の両脇に見張り台まであるわ。

 寂れた村ならそんな大層なもん、建てる金もないわい」

「なるほど、立地と合わせて確かに賊も魔物も来たがらないだろうな」

「・・・村の人達、この地を離れるってよく決断しましたね」

「外敵に襲われない代わりに、食うもんの実りが無ければ

 じわじわと苦しい思いをするだけだからの、世知辛い話よ」


その時、門の向こうから槍を持った兵・・・と言うには

獣の革をつなぎ合わせた簡素な防具を身に着けた男性が走ってきた


「商人から依頼を受けた冒険者はアンタ達のことか」


私達が頷いた瞬間、その男性は安堵の溜息をついた


「何とか間に合ったな、早く来てくれ。今すぐにでも荷が必要なんだ」

「なんだ、それほどに困窮していたのかの?」

「まぁな。・・・ってか、荷の中身を見ていないのか?」

「・・・そういえば、雨避けに布を被せたままだったので中身までは・・・」


依頼主の商人の身元は保証されていたこともあり、

非合法の物であることを疑う事なく『日用品』という情報だけで

内容物の確認までは行っていなかった

・・・という事実を、私達3人はたった今気づいたのだった


「ははは、むしろそういう反応するなら数を誤魔化したりしてないだろ。

 とにかく村に入ってくれ。

 村長は足腰が悪いから、名代と一緒に荷の確認してほしい」


村人に急かされつつ、村の中に入った私達はその惨状に驚きを隠せなかった


「な、なんじゃなんじゃ。何故に皆、武装しているんじゃ?」

「まさか賊か?手伝えることがあれば言ってくれ」


「・・・賊であれば、まだ対処も楽だったのですが」


村人の集まりの中から、1人の女性の声が聞こえた。

途端、村人達はゆっくりと道を開けるようにその立ち位置を変えていくと

女性・・・いや、『少女』がこちらに向かって歩いてきた


「レッドアッシュの皆さん、ここまでの長い道のり、お疲れさまでした。

 私は村長の代理で現状を取りまとめさせて頂いている者です。

 『クク』、とお呼びください」


『クク』と名乗った少女は他の村人たちと違って、

白と赤色の、和装に近い雰囲気を感じる綺麗な服装を身に纏い、

後ろ髪は長く、手入れが行き届いている為に柔らかく風に靡いている。

耳は長く、それがエルフの特徴に一致した形状であることから

種族は間違いないだろう。


そして何より、目元を隠すほどに伸びた前髪から覗くその瞳は

同じ女である自分でさえ息を吞む程に、魅入られる程に綺麗だった


「弓と矢は数を確認後、矢は打ち合わせ通りに分配してください。

 薬草と包帯は速やかに集会所まで運んでください、

 水なら既に用意していますので、昨日の指示通りに。」


ククさんは帳簿を見ながら、手慣れた感じで村人に指示を飛ばしていた

私達3人はそれを呆然として見ていたが、やがて一息ついたところで

ククさんは私達に話しかけてきた


「申し訳ありません。

 本来であれば契約通りに荷を積み替えてお帰り頂くつもりだったのですが、

 見ての通り現在緊迫した状況なので・・・、

 部屋を用意しますので、明日の朝に対応する形で問題ありませんか?」

「あの、ククさん・・・?良ければどういう事か説明して頂いても・・・?」


いや、皆まで言うな。分かる分かる、分かっている。

頭の中ではそう思っている、それは恐らく、トカゲ野郎さんと鉄髭さんもだろう。

だけどもし、もしかすると害獣が出てきたとかそういう、

嫌だけど比較的危険性を感じないような事件かも知れない。

と言う、この先に感じる嫌な予感に対する僅かな希望に賭け、尋ねた。


すると、ククさんは少し困ったように、言いづらい様子ではあったが

淡々と、事実を話してくれた




「今朝方、岩の巨人に襲撃を受けました。

 何とか追い返したのですが、恐らくもう少ししたら第2波が来るでしょう」







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