第17話「味がするということ」

きっかけは些細な事だった

あまりに暇、もとい平和だった


鉄髭さんとトカゲ野郎さんの冒険話を

楽しく拝聴していた私の何気ない質問からすべてが始まった


『2人のどっちが力が強いんですか?』


冒険者ならよくある質問だと思う、私はそう思う。

だけどこの2人にとっては回避すべき質問だった


『わしが』『俺が』


そう競い合って始めは石で、次が倒木

そして大岩とその大きさの競い合いは留まることを知らず

やがて、鉄髭さんの提案した『どちらが大木を倒せるか』に

私とトカゲ野郎さんが止める隙も無く、

名前の通り『巨人を討つ』と言う目的、逸話のある巨大な武器である

『トロールバスター』と言うメイスを全力で振るった結果

あっぱれ、見事大木を打倒したのであった


が、悲劇が起きた



「オイコラコラオイコラカスゥ、オイコラオイオイコラカスゥ!」


『オイ』と『コラ』と『カス』と言う、

悪口のスターターパックみたいなよくある言葉を

リズムよく使いながら、トカゲ野郎さんが鉄髭さんに詰め寄っている


「これ・・・どうしましょうか」


この惨状を見て、私は誰にでもなく呟く


倒れた巨木は根の辺りが枯れてたか腐敗していたのか、

おそらくちょっとした衝撃があれば倒れる運命だったんだろう

ただ、その『倒れる方向』が最悪だった


「今からこの道通って先の村に今日中に着くはずだったんじゃ!

 どないしてくれんのやオイ髯オイコラオイ!」

「詫びとしてこの髯剃らせていただきます」

「要らんわ!要らん事してそんでなんでサッパリしようとしてんだ!

 悪ガキが反省の印に坊主にするレベルで何の価値もないんだよ!」


そう・・・そうなのだ。

倒れた巨木は不運にも今から通る街道を大きく塞ぐ形になってしまった

まぁ、これが普通の草原広がる中の街道なら

まるで何もなかったかのように白々しく迂回したら済む話だった


が、さらなる不運として『川と森に挟まれた道』と言う

悪路と悪路のサンドイッチ・イン倒れた巨木になっている

それでは迂回することもできないし、

そもそも自分達が原因でこれからこの道を使う人達に迷惑が掛かる

という事で、我々はここで一旦止まって、この木をどうにかしないといけない


「と、とにかくどうにか動かしましょう」

「そうですな・・・汚名挽回のチャンスだぞ髯」

「おうよ!・・・いや挽回じゃなくて返上だな?」


しかし、押しても引いてもビクともせず、

最終的に『砕いて小分けにする』という結論に至り、完了する頃には

辺りはすっかりと暗くなってしまっていた


「ふう・・・なんとか通れるようにはなりましたな」

「そうじゃの・・・、全力出しっぱなしでもう動けんわい」


焚火の周りに敷かれた寝袋に大の字になって2人は寝転んでいた

私はと言うと、日中の力仕事はさせて貰えなかったので

夕飯は気持ち多めに作ることで2人を労おうとしていた


「お疲れ様です、麦粥と魚を焼いたので食べましょう」


私の言葉に呼応するゾンビのように、

『ありがてぇ、ありがてぇ』と呻きながら起き上がってきた


水を多くし、十分にふやかした麦粥の中には

リラックス効果と疲労回復が見込めるハーブを刻み入れ、

旅に御馴染みのチーズを混ぜ込んである。

魚は言うまでもなく近くの川で捕れた川魚を串に刺して焼いた。

焼き魚はこの世界に転生してから、私の好きな料理の1つになった。


「ユイさんの元居た世界では、焼き魚は珍しいのですかな?」


トカゲ野郎さんの質問に、私は首を横に振って答えた


「よくある平凡なものですよ、でも、この世界の魚は

 私が居た世界よりずっと美味しいって感じるんです」

「ほーん・・・魚なんてデカけりゃ食い応えがあるくらいで、

 味なんてどれも変わらんと思うがのう」

「お前は何食っても酒の味で上書きされるからな。

 とは言うが、聞く限りはユイさんの世界の方が

 料理の技術があり、美食に溢れていたのでは?」

「そうなんですけど・・・でも、なんか違うんですよねー」

「わしには分かるぞ、ユイちゃん」


鉄髭さんは腕を組み、うんうんと頷くと言葉を続ける


「わしもその日がつまらんと飲む酒も不味く感じる、

 じゃが冒険で一仕事してからの酒は同じ酒でも格段に美味い!」

「その日が、つまらなかったら・・・」

「ユイさん、その髯の言う事を真に受けては行けませんぞ」

「ううん、きっと、鉄髭さんの言う通りだと思います」


食べかけの魚を見つめて、私は改めて感じたことを言葉にした


私の前の世界はこの世界と違って、私の周りはずっと平和で、

毎朝起きて、お母さんが作ったご飯を食べて、

お父さんと同じくらいのタイミングで家を出て、

電車に乗って、学校に行って、勉強して、帰って、遊んで。

それが学生の役割で、私だけでない、他の人も担う役割で、

そこに特別という物がなかった、少なくとも私はそう感じた


「贅沢な悩みだって、分かってるんです」

「・・・そうですな、争いや死から離れた場所と言うのは、

 この世界では何物にも代えがたい『至福』ですからな」

「わしは好きじゃぞ、その考え」

「ああ、生まれる世界が違っただけで、ユイさんは根っからの

 『冒険者』なのかも知れませんな」

「ははは、そう言ってもらえるとなんだか、

 この世界に受け入れてもらえた気分ですよ」


その時、ふと私は空を見上げ、そして口を大きく開けて驚いた


「見てください、星が綺麗ですよ!」


この世界に来て、今までどうして気づかなかったのか

空一面に広がる星の数は数え切れず、そして眩い。

前の世界では決して見られなかった景色があった


「星空なんて、我々は当たり前に見ていた物なのに・・・」

「それだけ、元の世界のユイちゃんは『空を見ることもなかった』んじゃろて」

「・・・どうかこの娘の旅に、様々な出会いと幸福があらんことを」

「ほら、ユイちゃんはしゃぐのもその辺にして寝ろぃ。

 このくらいの星ならこれからずっと見る事ができるわい」


鉄髭さんに促され、私は寝袋に入ってすぐに目を閉じた

ぱちぱちと焚火の弾ける音と、

鉄髭さんとトカゲ野郎さんの談笑を聞きながら私は呟いた



「おやすみなさい、また明日」









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