第16話「鉄髭とトカゲ野郎」
「はい、それではこれより作戦会議を始めたいと思います」
「うぇーい」
「うぉーい」
先日の事件から数日経った今日この頃
私はレッドアッシュから出てすぐの脇道で二人の男性と共に
これからのことを話し合おうとしていた
「題名は『我々はこれからどうするべきか』ですが」
「こうなったのはそもお前のせいだぞ『鉄髭』」
「何を言うか、わしらコンビは運命共同体だぞ『トカゲ野郎』」
「はいはい、『鉄髭』さんも『トカゲ野郎』さんも落ち着いてください」
作戦会議、というより男性二人の口喧嘩の仲裁である
二人は私がレッドアッシュで働き始めた頃に知り合った酒場の常連で
『鉄髭』さんはドワーフで、これはいわゆる二つ名と言う物で、
リザードマンの『トカゲ野郎』さんは鉄髭さんがそう呼んでいるから便乗している。
で、何故私がこの二人の仲裁をしているのかというと・・・
今からおよそ1時間前に遡る
「だから悪かったって言ってるだろがぃ!」
ギルド併設の酒場の隅にあるテーブルから、鉄髭さんの大声が聞こえてきた
「本当に悪いって思ってたら逆ギレなんてするかよ!」
と、言うトカゲ野郎さんの正論も聞こえてくることから
二人のいつもの口論だと分かった私は二人の所へ向かった。
この二人、毎日ではないにせよこうして喧嘩することはよくある、
そしてすぐに仲直りする・・・と言うより
傍から見て口論に見えて、ただ声と口調が荒くなるだけなんだと思う
「どうしたんですかー?」
「おうユイちゃん!聞いてくれよまたトカゲ野郎がよぉ!」
「ハァアーン!?違いますぞユイさん、こいつ、この髯カスがぁ!」
そして、いつもの口論をいつも仲裁するのが私の仕事になりつつあった
「最初から聞きますから、で、今日はいくらスられたんですか?」
近くのテーブルから椅子を持って来てから、私も二人の間に着く
「いやスリに遭ったとか賭けに負けたとかじゃなくてだな・・・」
「この髯カスがいつもの見栄張りで、高い武器を買ったんですぞ!」
「馬鹿野郎!強くてかっこいい武器こそ戦士のロマンだろうが!」
「ハァアーン?そう言って鉄髭さん先週は防具買ってませんでした?」
そう、この鉄髭さんは大の武具マニア
大金稼げばその金額の装備を買い、おつりで生活するような人だ
そしてそんな散財に見兼ねた相方のトカゲ野郎さんが申し出て、
『財布を一緒にした』と聞いたのがついこの間のことで・・・
「え、ってことは二人とも今・・・」
『二人は一文無し』
言葉にこそしなかったが私の予想が的中したらしく、
二人は神妙な面持ちで静かに頷く。
・・・いや、鉄髭さんが神妙な面持ちになっても駄目だと思うけど。
「うぅーん・・・しばらくの宿代くらいなら貸すことはできますが・・・」
「いやいやいや!ユイさんにそこまでしていただくのは恐縮の極み!」
「そうだそうだ!金ならまた稼げばいいし、今からまた仕事探すからよ!」
「そうだそうだ!とりあえず当面の宿と飯代を稼げる何かがあるはずだ!」
鉄髭さんとトカゲ野郎さんが同時に立ち上がり、
他の冒険者で賑わう依頼掲示板に向かって走り、そこに張り出された依頼書を
素早く見繕って帰ってきた。
それぞれが手にした依頼書を同時にテーブルの上に置く
鉄髭『古代遺跡の探索、および内部構造のマッピング』
トカゲ野郎『町長宅の裏庭に勝手に住んでる猫の餌やり』
「うん!極論!」
それしか言えない、言う事がないほどに
『ハイリスク・ハイリターン』と『ローリスク・ローリターン』がそこにあった
そもそも勝手に住んでる猫の餌やりを町長の許可なく依頼にしていいのか
・・・と思ったら依頼主の名前が『エリス』、町長本人だった。
「む・・・おい鉄髭、お前本当に今日明日の生活をどうにかするつもりあるのか」
「そういうお前こそ、その程度の依頼だと何回もやらんと稼ぎにならんぞ」
「分かった、分かりました。私が丁度良さそうな依頼見繕ってきます」
争いになる前に、私が素早く立ち上がった
酒場給仕兼、最近始めた受付嬢としての権限・・・
まぁ、本来はあんまりやらない方が良いけれど
常連二人の為に張り出し前の依頼書から探して戻った
ユイ『ロバ2頭引き荷馬車の護衛、道中の食料等支給』
「目的地はここから東に向かって街道を使って片道3日程。
リバーウッドと『マグノア草原国』の間に山がありますが、
そこにある村まで日用雑貨品を輸送し、村の特産品を受け取ってから
リバーウッドに戻るという行程になります。
それまでに必要な食料と雑貨は人数分負担してくれますし、
依頼料も成功報酬でこれくらいですね」
二人に依頼書を見せながら、内容の説明をする
最も驚いていたのはその依頼料の額、
2人が遊んで、とまでは行かないがそこそこ贅沢しても
1か月は働かなくてもいいくらいの金額だった。
それを往復で1週間程度で稼げるなら
この依頼に多くの冒険者は飛びつくはずだ。
「これ・・・本当にワシらで受けてもいいのか!?」
「ありがとう、ありがとうユイさん・・・この御恩は決して・・・」
「あー、ただ・・・1つ難点がありまして・・・」
これだけいい条件なら、当然ながら問題の1つ2つは付き物である
そして、この難点こそが後々に私達を悩ますことになるのであった
回想終わって、現在に戻る
「んなぁー!まさか御者がここまで見つからんとは思わんかったわい!」
「そも、この町で御者を確保できてたら俺達で探せとは言わないんだよなぁ」
鉄髭さんとトカゲ野郎さんが頭を抱える理由
それが馬車を運転する人、『御者』の確保だった
つまり破格の依頼料の中にはその御者の人件費も含まれている
・・・と言ってもそれは些細な問題で、
今直面している問題は『御者だけを雇うことが出来ない』ことである
この町に来る御者のほとんどは自前の荷馬車とセットで商売している
だから『その荷馬車その辺に置いてうちの荷馬車使ってよ、その分値段引いてよ』
などと言う物なら嫌な顔をされる、なんなら実際チャレンジしたけど断られた。
「あのー・・・こうなったらいっそ自分達でやるしかないのでは?」
「いやいや、それができてたら御者なんて仕事が成り立たんじゃろ」
「まぁ、確かに確かに・・・あれは乗馬とかと勝手が違いますもんね」
納得する私のことを、二人は不思議そうな顔で見ている
なんだろう、この違和感
そう考えていると、トカゲ野郎さんが口を開いた
「ユイさん・・・もしかして御者の経験あったり?」
「え、まぁ・・・オータムさんから教わったのでそれなりに・・・」
私はハッとして気づいてしまった
しかし、一度言ってしまったことを引っ込めるにはあまりに遅かったのだ
「御者だ!!御者を見つけたぞ!!」
「ははは!もう放しませんぞユイさん!」
「いやこの後まだ仕事ありますのでッ、
すみません放してください!放してぇー!」
恐らく現時点でこの依頼に最も適した、この町一番の都合の良い御者
それがそう私、ユイ・シラオリである
そしてそんな口を軽く滑らせた私に待ち受けていたものは
いかつい身なりをしたドワーフとリザードマンのおじさん二人による
熱い抱擁と言う形の『イエスと言うまで拘束』であったのだ
ガラガラ、ガラガラ
パカラ、パカラ
長閑で長い道を、2頭のロバの足音と、馬車の車輪の音だけが聞こえる
手綱を握っているのはそう私、ユイ・シラオリである
あれから二人に引きずられてラピスさんの所に連れていかれて直接交渉。
前回のリーガルさんの件とは違い、顔見知りということもあって
意外とすんなり同行許可を貰えた、という結果になった
「・・・これ、ちゃんと報酬3等分にして頂けるんですよね?」
「当り前じゃ、ユイちゃんも立派な冒険者だから報酬も対等よ」
「そうですよ、今我らはパーティー、お互いの背を守って行きましょう」
どたばたと慌ただしく、そして唐突に結成した
おじさん2人と元女子高生のパーティー
どうか私だけでなく、この歳の離れた2人の友人にも加護あれと、
青空に流れる雲をボーっと見つめながら、なんとなくそう願った
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