第15話「アタラシイオトモダチ 後編」

「まぁ長い人生ニャ、こうやって賊に捕まることも一度や二度あるニャ」

「うっす・・・」


薄暗い部屋の中で縛られた体の窮屈さを感じつつ、

こうしてイオリ先輩と喋っている。

恐らく助けを呼ばれる心配がないと確信しているのだろう、

口を塞がれるまではなかったのが唯一の幸いかも知れない


「気にするニャ、どうせもうすぐキリークが助けに来てくれるニャ」

「あー、聞きそびれてたんですけど・・・。

 キリークさんってどういう人なんですか?」

「ンニャ、バーサーカーニャ」


『バーサーカー』

それだけ先輩が言うと少しの静寂が訪れる


「あの、『バーサーカー』と言うのは?」

「まんま『バーサーカー』ニャ、戦闘狂。

 あいつの頭の中は戦う事でいっぱいニャし、

 それゆえに裏の界隈では広く名前が知られているニャ」


ほのぼのとした顔をしながら先輩はそう言うけれど

人物像が飛んでもなさ過ぎて逆にいまいちピンと来ない


「えっと、そんな・・・アレですけど、やばい人がここに来て大丈夫ですか?」

「もちろん大丈夫じゃないニャ、キリークがここに来たら

 文字通り、ここら一帯は地獄と化してしまうニャ。

 盗賊のハラワタで縄跳びしちゃうニャ。」

「あのさぁ・・・」


私と先輩の会話に、リーダーの男が割って入ってくる


「口を塞いでないからって別に好きに喋っていいとは言ってないし、

 何より何でお前ら、今から仲間が助けに来るって話をしてんの?」


そう、このリーダーさっきから同じ部屋で私達を監視していたのである

だって仕方ない、身動きが取れないから何もできないし、

改世はまだ呼べない状態・・・呼びかけても返事がないから戦えないし

出来る事と言えば、こうして喋ることくらいだ


「もう一度確認するけど、本当に村の蛮族をやった女なんだよな。

 あんまり緊張感無さ過ぎて逆に不安になってきたぞ」

「えーっと・・・まぁ・・・一応私かなぁー・・・って」

「・・・それならいい、夜が明けたら馬車が来る。

 それにお前たちを乗せれば俺達の仕事は終わりだ、

 証拠は残らねぇ、近くの村は俺達とグルだからなぁ」


『村とこの盗賊は仲間』

その言葉の意味を、私はすぐに理解できなかった

だけど、イオリ先輩はすぐに理解したらしく、口を開いた


「なるほどニャ、稼ぎの一部を村に分けて、

 見返りに村の近くでの盗みに対して黙っていろって事ニャ。

 商人達を始末したら冒険者や軍がやってくるニャ、

 でも村の奴らが知らんぷりしたらそこから足取りが掴めないのニャ」

「まさにその通りだ、理解が早い。なら、お前達が今どういう状態か分かるよな?」

「・・・私達はあの村で馬車を降りました、

 それを村人が『見てない』と言えば、私達は村に着く前に消えた、

 という状況が作られるってことですね」


リーダーは笑いながら頷いた



ただしもう一人もまた、不敵に笑みを浮かべたのだった



「ニャ―がそれくらい予想してなかったって思ってるニャ?」


先輩に対して、リーダーは少し驚いたような顔をしていた

ちなみに、私はかなり驚いていた


「ニャ―は鼻が良いニャ、だから分かるのニャ。

 『もうすぐそこまで来てる』ニャ」

「・・・はぁ?おい、何を言ってるん・・・」


その時、部屋に一人の男が慌てたように扉を開けて入ってくる

手には剣を握り、すでに臨戦態勢の様子だった。

ただ、その顔は蒼白と言えるくらいに血の気が引いていて、

体全体が震えているようにも見えた


「リーダー!敵襲です!」

「んだと?こいつらの仲間か・・・何人だ!?」

「ひ、1人です!ですが、向かった奴らが何人もやられています!」

「冗談はやめろ!こっちだって腕っ節のある奴らを集めてるんだ!

 ・・・いや、待て・・・まさか・・・!?」


リーダーが何かを思い出し、先輩の方に顔を向ける。

その顔は部下の男と同様に青ざめ、

そしてはっきりと『怯えている』事が見て取れたのだ


「『レッドアッシュ』・・・そして『キリーク』・・・、

 う、嘘だろ?まさか・・・そんな、こんな所に・・・」

「嘘じゃないニャ、なんならその仲間の見た目を言い当ててやるニャ。

 『紫と黒の鎧に、死神のような大鎌』・・・ニャ。

 なら、間違いなくニャ―達の仲間ニャ」


『キリーク・ブラッドレター』


先輩が名前を告げると、部屋の中は静寂に包まれた

本当の静寂、他人の呼吸さえ聞こえず、

唯一聞こえるのは、自分の呼吸と心臓の音


静寂は、僅かな時間だった


「に、逃げろぉおおお!!!!」


リーダーの絶叫に近い命令はきっと、外に控えている部下に宛てた物。

動き出したのは、今来たばかりの部下の男だった


「ああああ、あああああ!!!アぇッ」


悲鳴をあげながら部屋の外に出て行った

しかし突然、まるで目覚まし時計のアラームを止めたみたいに

悲鳴は突然、途切れてしまった


その代わりに部屋に入ってきたのは

床を流れる、尋常じゃない量の赤色、液体

それが『血』だと理解するのに時間はそれほど必要なかった


「ここか、随分手間取らせてくれたな」


ドチャッ


そんな音をたてて、何かが放り込まれる

それは真っ赤で、所々がピンクだったり、白かったりする・・・

まぁ、言うまでもなく『さっきまで部下の男だった塊』だった


「ユイ、見たらダメニャ、グロ注意ニャ」

「え、今更?」


多少の流血表現はゲームで慣れてるつもりだった私でさえ

一瞬で気分が悪くなるような物を見せつけられて数秒。

散々ガン見した後で、先輩からそんな優しい言葉をかけられるのだった


「誰も逃げない、いや、『もう逃げれる奴は居ない』」


そう言いながら、その人は私達の前に姿を現した


『キリーク・ブラッドレター ファイター Lv15』


紫と黒の色をした防具は騎士のそれとは程遠く、

素顔は見えない、最低限の視界だけ確保された穴しかない兜、

鎧は矢を弾く為に全体的に丸みを帯び、関節部は動きやすい蛇腹と革の工夫。

素人目に見ても『機動力を重視した防具』だと理解できた

そしてもう一つ、目を引いたのはその『死神のような大鎌』だった


ここが『建物の中』であること、その事が『異常性』を生み出していた。

天井があり、狭い廊下がある、

そこで大鎌みたいな長物を振り回すことができるか?

その上で、成人男性を真っ二つにできるか?


そんな『異常性』に、私もまたわずかに恐怖を覚えていた


「お前が頭目だな」


兜からくぐもった声ではなく、はっきりと聞こえる声が

淡々とした調子で、リーダーに質問する


「あっ・・・ひ・・・・」

「お前の仲間は皆殺しにした、が、お前は生かさねばならん。

 ただし今からする質問の答えが気に入らなければ、お前も殺す」


さっきまで私達を見下していた男の姿はそこにはなく、

腰に下げた剣を抜くことなく、リーダーはその場にへたり込んでいた

『抵抗は無駄』だと、はっきり自覚していたんだと思った


「お前達とこの近くの村の関係は知っている。

 だが、今回のことは村の連中は関係がない、

 なら、お前らの後ろについてる奴はなんだ?」

「ガ・・・『ガルム商会』だ・・・。

 あいつら、に、金をッ、金を積まれて・・・!」

「だろうな。今回の依頼とやらも全部、

 こいつらを誘い出すための作り話だったんだろう」



「あのー、先輩。『ガルム商会』って?」

「えっとニャー、いわゆる裏社会に属する大手の商人達の集まりニャ。

 大陸のあっちこっちに居て、キングスレイの軍も手を焼いてる連中ニャね」


なるほどね、どうやら私はそんな悪の大組織みたいなのに

目を付けられたってことね


・・・蛮族倒しただけで・・・?


「きっと、ヨーカイゴの村?だっけニャ。

 その廃坑に金目の物があったんニャ、

 んで、派遣した手下を皆やられて、報復って奴ニャ」


なるほどね、なるほどね

どうやら私はそんな悪の大組織に目を付けられ

報復として送り込まれた盗賊という刺客もキリークさんのおかげで

こうして全滅させて・・・


もしかして次これの倍以上の規模が来るんじゃない?


「まぁ長い人生ニャ、大悪党に目を付けられて追われる立場になることもあるニャ」

「先輩の人生で一度でもそういうことありました?」


そんな、私と先輩のやり取りの向こうでは

既に必要な情報を聞き出したキリークさんがリーダーを逃がそうとしていた


「消えろ、ガルムの奴らに言いつけたいならそうしたらいい、出来るのならな。

 だがそうするなら、こう伝えておけ。

 『これ以上はレッドアッシュが黙っていない』とな。

 これは3人のギルドマスターの総意だ」


リーダーは立ち上がることもままならない状態で、

何度も転びそうになりながら慌てて逃げ出してしまった。

そして逃げる道中で何人もの部下の死体を見る事になる、

あの村と共々、今日この日のことをこれから一生悔いるのだろう。


「帰るぞ」


キリークさんはそう呟いて、建物の出口に向かって歩いて行った


「・・・ところで、なんでキリークさんはここまで来れたんでしょうか」

「それはニャ―の靴が魔法のアイテムなんニャ。

 効果は1日、合言葉を知ってる人だけにしか見えない足跡を残してくれるニャ」

「便利過ぎませんかそれ」


ふと、キリークさんが足を止めて私の方へ振り向いた

突然のことに、私は少し体をビクッと震わせてしまった

味方だけど、それでもさっきの事でこの人の事を『怖い』と思っていたのだ


「ユイ、と言ったな。

 話は聞いている。死ねない理由があることも理解している。

 だが、はっきりと言う、『このままでは死ぬぞ』」


その言葉が私に重くのしかかった、いや、分かっていた


この世界に来た時

ヨーカイゴの村で戦った時

そして今回の依頼の時


その全て、『運良く誰かが助けてくれた』


「そう、ですね・・・やっぱり、町で大人しくしていた方が・・・」

「違う」


私の言葉を遮り、キリークさんは言葉を続けた


「お前は弱い、だがどんな者でもいずれ強くなることができる。

 しかし、お前はそれまでに死ぬ。

 三姉妹も、イオリも、俺も、他の奴らだって、

 いつも都合よく助けてくれるとは限らん。

 だから『仲間を作れ』、常にお前と共に戦って、守り、守ってくれる存在だ」

「な、仲間・・・ですか?」

「今まで助かったのは運が良かっただけだ。

 が、その運の良さがお前の長所、武器であり価値足り得る物だろう」


私の仲間、私の武器、私の価値

小さく、何度も反復して呟いた


「・・・ふん、無駄話をしてしまった。帰るぞ」


また、キリークさんが歩き始めた


「あんなこと言うなんてキリークらしくないニャ。

 ・・・きっと、ユイだけが使える能力か何かニャ。」



私は、前を歩く『怖くて優しい人』の背に深く一礼した







 








 







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