第10話「運命の魔剣」

これがもしゲームだったら

事前に敵の情報を知っていれば、その敵より強くなることができる

十分にレベルを上げて、装備を整えて、強力な技を会得して・・・


でも、これは『ゲームのような現実』

剣で斬られれば死ぬ、矢を射られても死ぬ、魔法で攻撃されても死ぬ

かすり傷だって、治療しなければいずれ死ぬ


この世界は、私が元居た世界よりずっと『死が間近にある世界』だ

この世界を知っているはずの私が欠落していた『死』という概念が

今、目の前に在る


「怪我人を引っ張って村の方まで引くんだ!

 前衛は敵を牽制し続けろ!」


冒険者の剣士がそう叫んでいる

プリーストが神聖魔法で回復し、怪我人はすぐに前線に復帰しているが

数に押されている現状は変わりなかった

一人が突出したら、敵はそこを狙ってくる

誰も無理はできない状況は、少しずつ私たちを苦しめている


「化け物共め・・・!」


タバラさんも魔法で応戦しているが、すでに魔力が尽き始めている

後方を攻撃できるシューターが頼りとなり、

魔法職はシューターを守るように立つしかなかった


「だが、このまま村まで戻れば村人達から連絡を受けた援軍に合流しやすくなる。

 皆にはそれまで何としても耐えてもらうしかない」


皆が、死にたくない一心で抗っているのに、

私には、何もできる力がない


『・・・力が、欲しいか?』


現状を打破する為に自分にできることを必死に考えていた時、

頭の中で木霊する声が聞こえてくる、それは男性の声をしていた


『・・・力が、欲しいか?』


男の声は同じことを聞いてくる

この声はきっと幻聴で、今の状況から私が考え付いた妄想に違いない


『あの・・・力・・・欲しいですか?』


男の声が同じことを聞いてくる。何故かちょっと言葉遣いを変えている。


「いや、要らないです」

『ちょっと待ってこの状況で拒否するって選択肢あるぅ?』


私は呟くような声で、幻聴に答えた

確かにこの状況なら縋るべきなんだろうけど幻聴だし、

あとそういう聞き方って大抵は何かしら代償が発生するのが定番だ。


『いや疑う気持ちは分かる、うん、分かるけどさぁ。

 怪しいモンじゃねぇんだ。ただお前に死なれたりしたら困るんだよ』


いやめちゃくちゃ怪しいじゃん、しかもなんかフランクな喋りになってるし

・・・って、死なれたら困るって何?私と貴方はどういう関係?


「分かりました、まず身分証明書を提示してください」

『防犯意識高すぎじゃない?時代の申し子か?』

「ユイ君、どうした?さっきから独り言が聞こえているが大丈夫か」


タバラさんが少し心配そうに聞いてくる

私は何事もないように振舞ったが、

タバラさんも余裕がないはずなのに、私のことを気にかけてくれる

私の我儘で、誰一人失いたくないと、そう思った


「君なら、これをどうにかしてくれるんだよね?

 それだったら私、何でもするよ。

 寿命だったり体の一部だったり、どんな代償でも喜んで差し出す、

 だからお願い、どうにかして!」

『いや一言も代償が要るなんて言ってねぇけど?

 でも分かった、大丈夫だ俺に任せろ、ちょっと体借りるぞ!』


木陰から飛び出したダガーフッドが3体、その武器の切っ先は私に向いていた

あぁ、死んだわこれ。

そう思っていた私の体は、右腕は、左から右へ横一閃に振るわれていた


その剣は『運命の魔剣』

神が決めた運命を、誰かが願った運命を

ただ嗤って、捻じ曲げて、自分の選んだ道へと変える魔剣

心に決めた信念を、ただ自分の信じた道を歩む者だけが手にできる魔剣

魔剣使いの一人、『モンタナ』が手にした魔剣


その名を


「・・・『改世あらたよ』・・・」


閉じてた目を開く、そこにはダガーフッドの姿はなく

手に何かを握っている、と言う違和感だけが

唯一、『私が』感じている感覚だった


体はまるで自分の意思を受け付けず

例えるならそう、まるで夢の中で思考だけは正しく夢だと認識している

ただ少しくらいなら動かそうと思えば動かせるのだろう、

実際に、目の動き、口の動きだけは自分の意思で動かせている


右手の中にある何かを目で確認する

それは手の中に納まるほどの長さの白い筒

そしてそこから、白い光で作られた刃が、

おそらく1m~2m行かないほどの長さで伸びていた


『へっへっへ、慣れない体とは言え雑魚数匹程度で

 やられる俺じゃあねぇってことよ』


視線を足元に移すと、そこには胴を真横に切り離された

ダガーフッドの死体が転がっていた


「まさか、さっきの一撃で・・・?」

『これくらいで驚くのは早いぜぇ?

 今からここに居る全部の蛮族を全部斬らねぇとな。

 まあ任せなって、俺は魔剣だぜぇ?』


ぜぇ?のところの語尾が上がる言い方がちょっと不愉快だけど

私は確信した、この人は私の中に居ると言われている

『魔剣使いの魔剣』の1本だと言うことを。


「なんだなんだぁ~?

 さっきまで役立たずだった女が何をしたんだぁ?」


リーダーのボルグ達は首を傾げ、他の蛮族は皆動揺している

しかしそれは、こちらも同じだった


「ユイ君、その剣は・・・」

「あ、あの・・・私もよく分かってないんですけど、

 大丈夫です、ここからはこの剣に任せてください。」

『その通りだぁ、おっさん。

 ヨレヨレのフラフラの奴らと一緒に休んでな』


そして私は・・・厳密に言えば私の体を借りた改世は

蛮族達の群れへ向き直り、剣を構える


『で、一つ確認したいんだけどさぁ・・・

 お前の体を借りた事で後々セクハラで訴えたりとかしない?

 それだけが悩みなんだけど』

「え、今このタイミングからのその悩み?」

『いやだってよぉ、ほらコンプライアンス的な?そういうのあんじゃん』

「いやいや大丈夫、訴えないから。だってほらこっちは助けてもらってる立場だし」


私と改世がそんなやり取りしてる間にも、蛮族達は走り迫ってくる

ゴブリンがこん棒で殴り掛かる、が、それを軽く往なす

それだけじゃない、その直後にはゴブリンの首は胴から離れ

曲線を描いて空から地へ落ちていたのだ


『その言葉を待っていたぜ』

「訴訟に対する恐怖心どんだけなのよ」


私と改世がそんな軽口を言い合いながらも敵はどんどん倒れていく

そこで私はあることに気づいた


『あまりにも都合よく敵の攻撃が当たらない』のだ


改世が動かしていると言っても元は私の体だ、身体的能力に限度があるはずだ。

だと言うのに、『今のは絶対当たった』と分かるような攻撃さえ

飛び出してきた敵に当たってしまった、とか

不意に態勢を崩してしまった、とか。

運が良すぎるくらいに、私に敵の攻撃が届くことがないんだ


『敵の攻撃がお前に当たることはない、

 運命を操る能力、それがそう!この俺!俺の能力だからなぁ!』


顔は見えないけど絶対ドヤ顔で言ってるんだろうなってくらいの

バカデカい声量と声色で、改世はそう言い放った


運命を操る能力ってだけ聞くとパッとしないけどTPRGに例えてみよう、

ファンブルしました!魔剣の能力使ってダイス振りなおします!

敵の攻撃が当たります!都合悪いので魔剣の以下略!逆も然り!


うん、普通にただのチート能力じゃん、何なのこの魔剣


改世について色々思うところはあれど、

気が付けば30体以上居たはずの蛮族は

ボルグのリーダーが1体だけになっていた


「ははは・・・改世って強いんだね」

『これくらいチョイチョイプーだってーの。

 さてさて、おいボルグ、死にたくなければ一つ答えてもらおうか』


武器を弾き飛ばされ、尻もちをついて動けなくなっているボルグに

剣の切っ先を向けながら、改世はそう言った。

戦いには勝った、が、私は何か忘れている気がしていた


「てめぇ・・・なんだこの力はぁ・・・!?」

『聞いてるのは俺の方だぜ、正直に喋れ。

 おめーはボルグにしては頭が回ってる奴だ、

 誰か後ろに居るんだろう?そいつについて教えろ』

「・・・何をしてんだぁ、さっさと殺せよぉ」

『黙ってるつもり、か。仕方ねぇ、期待はしてねぇんだ。

 その覚悟だけは認めてやるよ』

「ちょ、待って改世・・・!」


私は気づいてしまった、気づいて、改世を止めようと声を出した

だけど既に遅く、ボルグの首は地面を転がってしまっていた。


何を気づいたか、そう、忘れていた何か。

頭の中に響く改世の声、それに答えていた私に対し

タバラさんはまるで『私の独り言』だと思っていた。


つまり、そう・・・

『改世の声は私にしか聞こえてないのである』

と言うことはどういうことか

『改世の質問は全くボルグに聞こえていない』

そう、それが正解なのである





「ユイ君、助かったよ」


冒険者達の治療を終え、タバラさんが私に声をかけてきた


「いいえ私は何も、この魔剣・・・改世のおかげです」

「・・・改世、改世と言えば・・・。

 あの魔剣使いの魔剣の一つ、か?」


タバラさんは驚いた様子で尋ね、私は頷いて返す


「そうか・・・にわかに信じがたい話だ。

 一年前とは言え、魔剣の話は今ではおとぎ話のように扱われているからな。

 現実にこうして、実物を目にするとは思えなかった・・・」


少し考えてから、タバラさんは言葉を続ける


「どうやら、俺が思うより遥かに深い事情があるらしいな。

 無理に詮索はするつもりはない。

 ただ、我々一同、君と改世に命を救われたことには変わりない。

 この恩と出来事は生涯忘れることはない、

 何かあったら、いつでも我々を頼ってほしい。協力は惜しまない」



少しして、廃坑の中から家畜と食料を取り返した私たちは

村の老人の歓待を受け、翌日には帰路につくことになった


あの戦いの後、いつの間にか改世は私の手から無くなり

体の自由と引き換えに、改世の声が聞こえなくなってしまっていた


「・・・結局、改世から色々聞きそびれたなぁ」


馬車に揺られながら、私は剣を握っていた右手を見ながら

そんなことをぼんやりと言葉にしていた


『何か聞きたいことあるって?』

「いやまだ私の頭の中に居るんかい」

『当たり前だろ、俺だけじゃなくて他の魔剣だって。

 っていうかモロクの野郎だってお前の中に居るんだぞ。』

「そう、それ。なんでそうなってんの?

 私は何かやらないといけないの?」

『いい質問だ、だがそれを答えるにはかなりめんど・・・じゃねぇ。

 まぁとにかく、簡潔に言うぞ』

「今面倒って言ったよね」


『・・・お前が死んだらモロクが復活する、以上!』



天井を静かに仰ぎ、目を閉じて思った



それ面倒で片付けれる話じゃないなぁ~。













 







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