第9話「接敵」
「さて、皆の意思を確認できたことだ。
次は敵の規模を把握するところから手を付けよう」
タバラさんの指示で冒険者達が当時の詳しい状況を聞き込みに出払う。
私も、と思い足を一歩動かしたとき、あることを閃いた
「そうだ、もしかしたらこれが使えるかも・・・」
鞄から、例の虫眼鏡を取り出す。
最長で過去1時間前までの景色と音声を映し出せるこの魔道具なら
当時の状況をより確実に知ることができるはずだ。
1日1回しか使えないが、間違いなく今が使い時だろう
「・・・映った!」
虫眼鏡越しに周囲の景色が見える。
壊れていたはずの柵が、しっかりとその原型のまま残っていた。
やがて、周囲の牛や鶏達が鳴き声をあげて暴れるように動き始めた
逃げ惑う家畜達、それを追いかける影がいくつも存在していることに気づいた
緑色の肌で耳がとがった小人のような蛮族、『ゴブリン』だ
ゴブリンが数体、縄で乱暴に牛を縛り、引っ張って連れて行っている
そして『フーグル』と言う名の、空飛ぶ小型の蛮族達が
袋に詰めた野菜を盗み出している
いずれも、明らかに手際の良さが目立っている
「タバラさん、これを見てください!」
私はその景色を、タバラさんに見てもらおうとした、その時だ
『うおおお!村を守るんじゃあ!』
村の、階段を数段上がったところにある集会所らしき建物から
大勢の老人達が鬼の形相で武器を振り回しながら出てきた
『あぁぁ!!ぎっくり腰がぁ!』
『肩が!肩が上がらん!これじゃ剣が振れん!!』
『離れろムージ!そいつは死んだお前の奥さんじゃない!ダガーフッドじゃ!!』
『うわぁ!足が上がらん!!段差で足がもつれてあぁあああ!!!』
『誰かぁあああ!!!んはぁぁあああ!!!』
階段から転げ落ちる老人
たった一段の段差も上手く足をかけれずに転倒する老人
武器を振ろうとするも肩を痛めてうずくまる老人
杖替わりに剣を地面に突き立てたせいで地面から抜けなくなる老人
そして、そんな老人達をガン無視して
目の前で悠々と村の荷車に盗品を詰め込んで、蛮族達は去っていった
まさに地獄絵図、阿鼻叫喚、凄惨な老人達の自滅による崩壊だった。
「ユイ君、どうかしたのか?」
「いや、何でもないっす。ほんと、なんでもないっす。」
言葉に詰まり、でもおじいさん達の尊厳を守るために
あえてその惨状を隠し、私は映っていた蛮族の種類だけを報告した
「なるほど、十分な成果だ。ありがとう。
ユイ君が見た蛮族はいずれも等級の低い奴らだ、
おそらくそれらを束ねているのは『ボルグ』という奴だろう」
ボルグ、とは人間より大きく、しかし、人間に近い猿のような蛮族だ。
ゴブリンやフーグルといった、所謂『雑魚モンスター』を率いて群れを作る
私がやっていたソード・ワールドのシナリオではそういう立ち位置だった。
「他の者の聞き込みから想定して、ゴブリンとフーグルは合わせて20体前後。
規模は決して小さくはないが、こちらはその規模を十分に覆せるだけの
実力と人数が揃っている。そして、奴らは今頃略奪の成果に満足し、
油断している可能性が高い。奇襲するなら今が最善だろうな」
タバラさんのその提案に誰も反論することはなかった
流石ベテランの冒険者、先ほどのタバラさんに対する脳筋発言を
私は心の中で深く反省した
「よし、それでは突撃するぞ」
「いややっぱりタバラさん脳筋?」
情報にあった、おそらく蛮族が根城にしているであろう
今は使われていない廃坑に到着するなり、タバラさんはそう言った。
先ほどの推察と提案からの脳筋発言のなんていうんだろう、
発言の浮き沈みが激しすぎる。
「しかしだなユイ君、出入り口は確認する限りこの1か所・・・、
張り込んで出てくるところを叩くより、迅速に勝負に出た方が
敵を確実に全滅させれるんじゃないかね?」
「確かにそうかも知れないですけど、それではこちらの被害も確実だと思うんです」
「君の言うことも一理あるが・・・この状況を無害で打破できる案が思いつかんな」
私は少し悩んで、呟いた
「毒を撒いて生き埋めに・・・」
「待ちたまえ、それでは中の家畜や野菜にまで悪影響が出てしまう」
「やっぱりダメ、ですよね」
「ああ、そうだな。俺にも君と同じ年頃の娘が居るが、娘の口から
毒とか生き埋めって言葉が出てきたらと思うとゾッとするよ」
その時、廃坑の中から多くの足音がこちらに向かって聞こえてくる
私たちは一瞬の緊張と静寂の後、武器を構え、陣形を作った
「全くよ~、突撃ってだけならまだ分からんでもなかったけどよ~。
『毒』とか『生き埋め』とか、不穏なセリフが聞こえたから
慌てて出てきて正解だったかぁ~?」
ボルグが、5体
タバラさんの推測は当たっていた
ただし、その推測に『数』までは含まれていなかった
ボルグ、Lv3の蛮族
この冒険者の中で一番強いタバラさんよりずっとLvは低い
・・・しかし、他の冒険者もおよそLv3~5、
ほぼ、対等の実力だと思ってもいいだろう。
「『毒』だ『生き埋め』って外道の作戦はなぁ、
俺たちバルバロスの専売特許なんだよ!
人族側が安易にやっていい作戦じゃねぇんだよお!!」
ごもっともな意見に何も言い返すことができない
・・・そこで、私は気づいてしまった
『この蛮族は人族の言葉を理解している』、ということを
「このボルグ・・・私たちの言葉を・・・!」
「まずいな、これではこちらの会話は筒抜けになってしまう」
「おっと、絶望するにはまだ早いんじゃねぇかな~」
ボルグの合図で、廃坑からゴブリンとフーグルの群れ
そして、周囲の茂みからダガーフッドとアローフッドが現れる。
その数・・・およそ30から40体
「なんだこの数の蛮族は、これは・・・まるで一つの『軍隊』じゃないか!」
どんな屈強な存在でも、個人の力を覆せれるのはいつだって『数』だ
これだけの数に囲まれれば、私たちに勝ち目はない、誰だって分かる
冒険者達の顔は悲壮と絶望に変わりつつある
明確な『死』が、音を立てて近づいていた
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