第4話「仲間の前では些末な問題」
「・・・ひどい、ですね」
目の前の惨状に、私は思わず眉をひそめてしまう
そこら中に転がる、獣の死骸
鹿や狼、そして熊
幸いにも、人らしい姿を見る事はなかったが
どうやら私はこの世界に来て、
グロテスクに対する耐性がついているらしい
・・・じゃないと今頃仰向けに倒れて失神してるはず。
「ふーむ、これは中々・・・ユイちゃんは大丈夫かい?」
オータムさんの、私を心配する言葉に頷いて答える
「せやけど、これで相手が幻獣の類ってのは分かったなぁ」
「そーだね、しかもかなりの大物だろうね」
ラピスさんとシキさんが躯と化した獣達を眺めて推察する
そんな二人に、私は一つの疑問を投げかけた
「あの、なんで動物たちは全部・・・まるで『食べかけの状態』なのでしょうか」
「ほっほーう、ユイちゃんなかなか着眼点がええなぁ」
「そうだね・・・お姉ちゃんもオータムも、周囲警戒だけは欠かさないようにね」
「はいはい、オッケーオッケー」
シキさんの言葉で、ラピスさんとオータムさんが警戒態勢に入る
その意味が、私にはまだ分からなかった
「獣が食事をするとき、普通なら骨になるまで食べるはず。と思ってるんやろ?」
「ええ、だからそれが不思議なんですよ」
「まぁ、おおよそその認識で間違いないで。
そのうえで、食いかけがそこらにあるって言うのは・・・。
『好きな時に、好きな獲物を狩れる』ってことや」
ラピスさんのその推察に、私は言葉を失った
熊でさえ、『狩りの対象』になる、その事実を改めて認識する。
それがまともな動物である可能性?そんなの無い無い。
つまり、そこから一瞬で導かれる答えは一つ
「幻獣、ですね・・・」
「そういうことやな、それ以外の魔物の可能性もあるけど、な」
ラピスさんはそこまで言い終わるとすぐにしゃがみ込み、地面を注視し始めた
「この引き摺った跡は熊でも、それ以外の動物にも合致しない・・・。
どうやら、これが犯人の痕跡やな」
ラピスさんが言った場所を、私も見た。
はっきり言って、その辺りの土や泥で出来た痕跡と全く見分けが付かない
しかし、他の痕跡と違う点が一つだけあった。
「この引き摺った跡だけ、周囲に血や毛が散乱していませんね」
私の直感から発した言葉に、ラピスさんは少し驚いたような声を上げた。
そしてすぐに立ち上がって、私の方に振り向いた。
「ユイちゃん・・・セージに興味あらへん?うちがなんでも教えるで」
「えっと・・・もしかして私、才能ありですかね?」
正しく、と言うようにラピスさんが深く、何度も頷く。
「まだ少なくとも一般人より少し良い、ってくらいやけどね。
でもこの世界は知識や経験が全てって言うても過言やない、
出来ること、知ってることは多ければ多いほどええねん。」
ラピスさんの、私に語りかける目は何というか、
歴戦の冒険者のそれであり、
あと何というか、目が若干虚ろな、まるで自分にも言い聞かせているようにも見えた
「うちらがまだ冒険者っちゅーもんになりたての頃や。
師匠と呼べる人に鍛えられたんやけどな。
・・・まぁ、出来る事も知ってる事も、まぁ。
厳しく、時に命の危険を感じながら、死にたくない一心で必死に覚えたんや」
なにか思い出したくない記憶を、呼び覚ましたかのように
ラピスさんの声が小さく、震えまで生じ始めてきた
「ラピスさん、もう、もうわかりましたから。
私、まだ何も分からないですけど、頑張って覚えますんで」
いやなんで私が励ます立場になってるのか
そんな疑問が虚しく頭の中に芽生え始めた時、
森の奥からオータムさんの大声が聞こえてきたのだ
「ラピス姉さん、そっちに行った!」
その声に瞬時に、ラピスさんは顔を上げて私の前に立つ
瞬間、刹那、そう表現するに相応しいであろう僅かな時間
私とラピスさんの前に、巨大なワニの顔がそこにあった
「ッ、よいしょ!!」
ラピスさんの巨大な盾が、そのワニの顔を正面に捉え、跳ね返す
その生き物は大きく、全身を跳ね上げるとすぐに態勢を整える
前身はワニ、後身は魚の姿
私はこの生き物、『幻獣』に心当たりがある
「・・・グ、『グランガチ』!?」
「えー?ユイちゃん凄いやん、グランガチって知ってるんやー」
焦りや恐怖が入り混じった私の叫びに似た声に反して
ラピスさんは間延びした穏やかな声だった
いやいやいや、『グランガチ』って言えば
そこらへんの冒険者じゃまともに太刀打ちできないから、
生息地とされてる河川とか避けて通るくらいの強敵じゃん。
私のソード・ワールドでのPCだって何度こいつに酷い目にあったことか。
「Lv11の強敵ですよ!?普通に大人数で討伐する案件ですよ!?」
「いやLvって言われてもよう分らんけど・・・確かに普通ならそうやな」
ラピスさんの言葉に、私は思い出した
そう、この人も、姉妹であるオータムさんもシキさんも、
3人とも『普通』じゃなかったんだった
「ほんなら、シキちゃんよろしくなー」
ラピスさんの合図と共に、グランガチの周囲に
僅かな、漫画でよく比喩される電流みたいな聞きなれない音と共に
眩い光に包まれ、グランガチの体は痙攣し、煙まであがっていた
「あ、あのラピスさん・・・今のって・・・」
「あー、あれはシキちゃんの『スパーク』やね」
いやさらっと当たり前みたいに言うけど、
グランガチが明らか致命傷負うようなスパークなんて知らないですけど?
『スパーク』ってあれよ?操霊魔法のLv1、初歩中の初歩魔法ですけど?
「巣穴から勢いよく出てきたと思ったらさー!
ここまで追い込むのにどんだけ手間取らせるんだよ!」
どうやら木々をかき分けたのであろう、髪に小枝を絡めたシキさんが現れた
「そいつが今回の討伐対象!オータム、早くやっちゃって!!」
「任せて、皆、耳を塞いでおいてね」
シキさんも、ラピスさんも、分かってますよと言わんばかりに耳を急いで塞ぐ
咄嗟のことですぐに動けなかった私も、ラピスさんに倣って慌てて耳を塞ぐ
その直後、私が見たのは先ほどのスパークとは比べ物にならないほどの
強く、そして真っすぐに伸びてグランガチを呑み込むほどの
光の奔流だった。
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