紅い聖女(10)

 次の日、黒宮は何も無かったかのように学校に来て、僕に話しかけてきた。



「おはよう。今日は少し天気が悪いね。」



 彼の言うとおり今日は曇りで、雨が降りそうな雰囲気だ。



「あっ、まずい。洗濯物を取り込んでくるのを忘れてしまったよ。あと傘もなくてね。雨が降らないことを願おう。」



 昨日のことが脳裏にぎり、黙り込んでいる僕に対して、彼は止まらず一方的に話続けた。このまま黙り込んでいるのも何か申し訳ないので、昨日彼の―――――――もう一人の黒宮の頼みで、目の前にいる黒宮に一つ提案をした。



「そうだ黒宮。今日魔法を教えてあげようか?」



 僕がそう言うと彼は目を輝かせ強く頷いた。






 *






「違う違う。確かに根本的にはあっているのだけれど、いや、あっているのなら今魔法が使えてるはずだからあっていない。だから、最初から考え方を変える必要があるね。」



 彼は魔法の使い方をいつまでたっても理解出来ず、正しい使い方で魔法を使うことができない。言ってしまえば『魔法オンチ』である。僕も完璧に魔法を扱える訳ではないのだけれど、なかなかどうして僕は学年一位の実力を持っているから、他の人が教えるよりも上手く教えることが出来るはずだけども、彼の才能の無さによって見る人が見ると僕がまるで教える才能がない人と思われてしまいそうだ。



「あー、とりあえず今日はここまでにしておこう。何。一日だけで魔法が使えるようになる人なんていないよ。」



 僕は酷い嘘をついた。魔法とは普通、幼稚園児程の年齢でも一時間真面目に集中して覚えようとすれば覚えられるものなのだが、彼はそうはいかないらしい。



「今日はありがとう。おかげで少しだけなのだけど何となく骨を掴んだ気がするよ。あの、えっと、何と呼べばいいかな。」



「下の名前でいいよ。」



「わかったよ。それじゃあ―――――――――――――――――――虚構きょこう。」








 *








 虚構。事実ではないことを事実らしくつくり上げること。 想像力によって、人物・出来事・場面などを現実であるかのように組み立てること。言うなれば『フィクション』である。なぜこのような名前をつけられたのか僕にはよく分からないのだけれど、何か意味があるように感じる。



「虚構って、どうしてそんな名前をつけられたんだ?何か意味があるのだろう。」






「名前の意味か。これはあまり人には言いたくなかったけど、クロエになら言うよ。」






 そう言って、彼は話し出した。彼には双子の姉が居たらしい。彼の両親は二人とも女の子が欲しかった。女の子が宿ったと医師から聞いた時、それはそれは喜んだと言う。しかし、現実はそう甘くはない。産まれる前に、彼の姉は腹の中で亡くなってしまったらしい。死んだと分かったのは産まれた後で、二人のうち生きていた彼だけが産声を上げた。



 それから、彼の両親は狂ってしまった。元々、彼の姉に付ける予定だった「雛菊ひなぎく」という名前を彼につけた両親は、雛菊をまるで女の子のように可愛がった。女児向けの玩具を買ってあげたり、スカートやリボンを買って付けてあげたりした。幼い頃はそれでも良かったのだが、年が上がっていくにつれてそうはいかなくなる。ある日雛菊は親にある質問をした。



「お母さん、僕はなんで、男なのに女の子の服や玩具をいっぱい持っているの?僕もみんなみたいにヒーローのベルトが欲しいよ。」



 普通の親ならここで『いいよ。』や、『買ってあげるよ』と言ってあげるだろう。しかしここからが彼の両親の狂っていて、おかしくて、恐怖を感じる場面だ。



 なんと、彼の親は彼の頬を思い切り殴ったという。



「馬鹿野郎。お前は女なんだ。だから、そういうことを言うのはやめなさい。」



 彼は小学二年生にして恐怖を覚え、その日の夜家を抜け出した。その後保護され、魔法について色々教わった。自分は『雛菊』の偽物なので自ら『虚構』と言うことにした。そして今に至る。






「そういうことだ。どうだ?変な話だろう?」



「なぁ…ひとつ、質問したいのだけれど」



 虚構がなんだと言って僕の顔を見つめる。



「…友達のことを『虚構』なんて名前で呼びたくないよ。この関係は嘘でも空想でもないのだから、せめて他の呼び方をしてもいいかな?」



「へぇ。例えば?」



「例えば…雛菊からとって『凪』なんでどうだろう。」



 過去の嫌な記憶から持ってくるのはまずいかと思ったのだが、言い出した割にはこれくらいしか思いつかなかったから『凪』という名前を提案してみた。



「それはいい。気に入った。じゃあ今日から僕の名前は凪だ。改めてよろしく。」



「あぁ、これからも仲良くしようじゃないか。」



 そう言って僕達は握手を交わした。これからも、僕達は沢山話して、喧嘩して、仲直りして、人生を共に歩んでいくだろうと思った。しかし、現実はそんなに生易しいものではなかった。






 次の日から、凪の姿を見なくなった。学校には勿論来てないし、彼の家なんか知る由もない。最初はただの体調不良だと思ったのだが、一ヶ月も休んだとなれば話は変わってくる。彼が学校に来なくなってちょうど二ヶ月が経ったある日、僕は担任の教師に聞いてみることにした。



「あの。凪くんは今何をしているんですか。」



「あぁ、凪ならもう来ないぞ。」



 何故だろう。教師の言うことを信じることが出来ない。と言うより、信じたくないというのが正しい。



「先生、なんで凪くんは来ないんですか?何か、理由があるんじゃないですか。」



 気になって勢いで彼に問いただした。僕の問いかけに対する彼の答えを、僕は未だに覚えている。



「あいつは―――――――死んだよ。」

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