紅い聖女(8)

「さ、皐月…?あんたここで何をしているの?」


 先程まで保健室の先生だった人が皐月へと変化した。目の前で起きていることに脳の処理が追いつかない。


「やぁ、ジャンヌ。どうだい?びっくりしただろう。この技術は最近開発したものでね。これでよ。悪いことし放題さ。」


「あのー、悪を裁く探偵が犯罪じみたこと言うのやめてもらっていいかしら?」


「えぇ、いいじゃないか。どんなに正義感の強い人や役職の人でも、たまには悪いことしたくなるものだよ。」


「ならないわよ!なんで正義感強い人が悪いことしたくなるのよ!?」


「それは…そう。魔が差すんだよ。」


「どういうことよ。ていうか、あなたがここに居るってことは私に何か用があったのでしょう?要件を教えてちょうだい。」


 皐月の表情が少し固くなる。まるで秘密話をぶっちゃけるような雰囲気だ。


「ジャンヌちゃんとクロエ君には非常に申し訳ないと思っているのだけれど、今日『神隠し』の犯人がいる場所に襲撃してもらう事にした。クロエ君は大体の場所はもう把握していると言っていたからね。ジャンヌちゃん、君はクロエ君について行って欲しい。正直彼だけだと心細いから、ジャンヌちゃんの力を貸してくれないかな?」


「えぇ。それはいいけれど、どうして急にそんなことを言い出したの?岩山という人は明日と言っていたけれど」


「だからだよ。正直今の段階で岩山は怪しすぎる。これは私の推測にすぎないが、明日の約束には裏があると思うよ。」


 岩山を信じたらダメだと強く念押しされた。


「とにかく、放課後クロエ君にも言っておいて欲しい。よろしく頼むよ。」


 そう言うと皐月は去っていった。



 *



「ジャンヌちゃん、ご飯を食べよう。」


 そう言って話しかけて来たのは同じクラスのマヤだ。マヤはいつも私に話しかけてくれる。最初一人だった私に一番最初に話しかけてくれたのも彼女だ。


「えぇ。いいわよ。」


 私はいちごミルクと財布を片手に食堂へ向かった。この学校は食堂で食事するか弁当を持参するかを選ぶことが出来る。私は弁当を作る時間が無いので食堂を選んだ。勿論、クロエも食堂である。


「そういえばジャンヌちゃん、昨日の神隠しのニュース見た?」


「えぇ。また犠牲者が増えてしまったわ。早く落ち着けばいいのだけれど。」


「犯人はどこにいるんだろう?ここまで大規模な誘拐ならすぐにばれると思うんだけれど。まさか本当にの仕業…なんてね。」


 一般人の中にはこの事件が人間による犯行ではないと考えている人も少なくないようで、神が人間を裁いているという説もあるらしい。この世には何が起きるか分からないので一概に違うとは言えないが、私はこれは人間による犯行だと思う。理由や根拠は特にないのだけれど、何となく人間な気がするのだ。


「あ。黒宮くんだ。おーい!」


 マヤが手を振る先には私の大切なビジネスパートナーが一人でうどんを食べている。友達がいないのだろう。スマホでアニメを見ながら寂しそうにうどんをすすっている。


松蓮寺しょうれんじさんとジャンヌ、君たちも食堂?」


「えぇ。そうよ。」


 私は注文していたカレーを手に取り、クロエの隣に座った。アニメを見ていると思ったが、どうやら彼は昨日のニュースを見ていたらしい。


「何か新しい情報でもあった?休み時間なんかにニュースをまじまじと見るなんて。」


「いつもこうさ。それにしても新しい手がかりは一向に見つからないね。」


「あぁそう。あ、そうだ。今日夜時間はあるかしら?」


「僕なら全然OKだよ。どうかしたのか?」


「少し用事があるの。皐月の家に行ってからそのまま向かうわよ。」


 そう言うと彼は一瞬黙り込み、話を続けた。


「皐月さんは大丈夫だったのかな。」


「大丈夫よ。実はさっき会ったのだけれど、いつもより元気そうだったわ。」


 心配そうな彼を安心させるため、少々話を盛って伝える。すると彼は次第に元気を取り戻し、笑みをこぼした。


「それじゃあ放課後、また会いましょう。」


 そう言ってクロエに別れを告げ、マヤと二人でテーブルに向かった。聞きたいことや言っておきたいことは他にも少しあったのだけれど、話しすぎるとマヤに失礼だと思い早く話を終わらせた。実際時間なんて測ってないのだが、体感的にはいつも学校でクロエと話す半分ほどの時間だったと思う。


「ねぇねぇ、ジャンヌちゃん。」


「あら、どうしたの?」


「クロエくんとどんな関係なの?付き合ってるの?彼氏なの?」


 まさか彼女の口からこのような言葉が出てくるなんて思ってもいなかった。マヤは入学当初から恋愛なんて興味がなさそうな人だったのに、今となってはだ。わかりやすくいくつかの例で例えると、去年から制作が決まっていてずっと楽しみにしていた映画をいざ見てみるとあまり面白くないだとか、いつも真面目で心優しい人が二人きりになった瞬間自分に対して口が悪くなったりするだとか、そういうジャンルの裏切られた感じだ。


「クロエは違うわよ。あいつは、私のビジネスパートナー。今は詳しくは言えないけど、色々あって今じゃ大切な仕事の仲間だから、彼に手を出しちゃダメよ?」


 そう言ってカレーを一口、口に運んだ。

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