紅い聖女(7)

「空が…戻った…」


「何を言ってるのかしら?」


 クロエは頬を触りながら戸惑っている。正直彼が何を言っているか私には意味がわからない。


「…って、もうこんな時間じゃない!急ぐわよ!!」


 私は先程とは逆に、クロエの手をとって走り出した。しかし、事は思っていたよりも深刻だった。


「道が…わからないわ。」


 先程はクロエに引っ張られながらただただ走っていただけなので考えてもいなかったが、よくよく考えてみればここがどこなのか全く分からない。慌てて携帯で時間を確認すると、朝のホームルームが始まるまであと20分を切っていた。


「ほら!クロエ!!道を思い出して!」


「ここを左。そしてまっすぐ行って2つ目の信号を右に…」


 しばらく彼の言うとおり走っていると、見覚えのある道に出た。


「やっと道がわかるわ。さぁ、急ぎましょう!」


「いや、もう時間ギリギリだよ。もう少しゆっくりしながら行こう。」


「あら、珍しいわね。遅刻とサボりに厳しいアンタが遅刻していこうだなんて。」


「たまにはいいだろう。」


 まあ、別に悪いとは言ってないのだけれど、それでも何だか不思議な気持ちだ。いつもと立場がまるで逆である。私が彼にやってきたことはこんなことだったのかと思うと、今度から変えていこうと思う。


「そういえば」


 クロエがなにか急に思い出したかのように喋り出す。


「急いでいたから昼ごはんを買うのを忘れていたよ。買いに行かないか?」


「別にいいけど…本当にクロエなの?あなたは。」


「何おかしなことを言っているんだい、ジャンヌ。僕は何があろうと僕だよ。そういう君こそ、本当に君なのかい?」


 質問を質問で返すな、と思いながら私は答えた。


「えぇ。私は正真正銘のジャンヌ・ダルク。絶世の美女!オーッホッホッホ、称えなさい!」


 なんだコイツ、という目でこちらを見てくる。折角クロエの謎のノリに付き合ってやったと言うのに、何だか一方的にこちらがシラケているみたいで腹が立つ。


「ジャンヌ、大丈夫?本当におかしいぞオマエ。」


「あんたのせいじゃああああ!!」



 *



 色々あって何とか学校に着いた。既に一時間目は始まっており、雨なので体育は行われておらず、外はしんとしている。


「じゃあ、また後でね。」


 そういうとクロエは走って教室へ向かった。私も自分の教室へ行こうとしていたその時。


「あ、ジャンヌちゃん。ジャンヌちゃんも今来たところなの?」


 クラスメイトが話しかけてくる。私は適当に流した。


「えぇ、そうよ。雨だったから少し遅れちゃった。あなたはどうして遅れたの?」


「私はちょっと色々あってね。ちょっと遅れちゃったんだー。」


 あぁそうと軽く反応しようとすると彼女の手が目に映る。何をしたのかはわからないが、手がボロボロになっている。


「ちょっとあなた、何したの?手がボロボロだけれど」


「あぁ、これね。これはなんでもないから大丈夫だよ。」


「大丈夫なんかじゃないわよ。すごく痛いでしょう?一緒について行ってあげるから保健室へ行きましょう。」


 そう言って彼女を半ば強引に保健室へ連れて行った。


「はーい。どうしたの?」


 保健室の先生は優しく柔らかい声で私たちに話しかけてきた。


「あの、この子が怪我したみたいなの。見てあげて欲しいわ。」


「まあ、本当。ちょっとまっててね。」


 そう言って先生は保健室の奥へ道具を取りに行った。


「あの、ジャンヌちゃんありがとう。どうしてあまり仲良くない私にもここまでしてくれるの?」


「当たり前よ。どんな人であっても困ってる人を助けるのが私のモットーであり人生において大切にしていることよ。まぁそうは言っても行動にするのが難しいのよ。だから目標なんだけれどね。」


「ふふふ。ジャンヌちゃんかっこいいね。ヒーローみたいだよ。」


 比喩表現ではあるが『ヒーロー』と呼ばれるのは初めてだ。悪い気はしない。


「それにしても、なんで手なんか怪我したの?」


「いやーそれが自転車漕いでたら派手に転んじゃってね…本当に情けないよ。」


「あら、そうなのね。雨の日だから気をつけないといけないわよ。今回は手だけで済んだけれど、次は大事になるかもしれないわよ。」


「うん、もうトラウマだよ。これから自転車じゃなくてバスで登校しようかなぁ。」


 そう言えば私はバスに乗ったことがない。次の休みの日にでもクロエと一緒に乗ってみようと思う。


 しばらく駄弁だべっていると道具を探していた先生が戻ってきた。


「ごめんねぇ。こういうのしかないんだけれど、勘弁してね。」


 そう言って怪我をしている女子生徒に手袋を渡していた。包帯や絆創膏ではなく手袋というチョイスに、少しセンスを疑ってしまう。


「それじゃあ、ありがとうございました!」


 私達が保健室から出ようとすると保健室の先生が私を呼び止めた。


「え?なんで?」


「ちょっとこっちに来てくれる?」


 二人になった瞬間保健室の先生の顔が溶け始める。そして奥から新しい顔が出てきて、それを見た私は空いた口が塞がらなかった。


「やぁ、ジャンヌ。ちょっと話があるんだ―――――――――。」

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