14. 準備

 あれから一夜明けて。


 警察署内の会議室と呼ばれる縦幅が広い部屋に、僕らは集められた。


 室内には、僕や真理ちゃん、博士と生存した眞柴研究所の研究員たち。他には警官が大勢。前には光田さんと嘉部井さん、他にも強面の警官が数名、こちらと向かい合う形で座っている。前方には警官たちが着く長机の他に、モニターやホワイトボードも設置されている。まさに、ドラマとかでよく見る配置だった。


「……よし。全員揃ったな?」


 集合時間ちょうど。辺りを見回した嘉部井さんが確認を兼ねて言った。その後、別の警官の号令により、起立、敬礼、着席を行う。


 その後、書類の配布がされ、計画の説明がなされた。大雑把にまとめると、研究員は付近の調査を続行。しかし、調査は警察署内の部屋で全て警察の管理下で行われることとなる。警察側は研究員同様、捜査に尽力するのと同時に住民の避難経路の確保を平行して行う。また、今回の計画で必要となる組織に救援を要請する役割も担っている。


 博士の憶測では、シャパリュは現在、小サイズの状態で県内の何処かの茂みに隠れているという。どの動物も一ヵ所を縄張りとし住み着くのと同様、シャパリュ自身もこの県全体を縄張りとしていることから県外に脱走するリスクは極めて低いという。


 また、同じく博士の解説によると、恐らくシャパリュはしばらく狂暴化する危険性は無に等しいとのことだった。これに関しては、隣に座っていた真理ちゃんが補足してくれた。


「シャパリュは膨大なエネルギーを有していますが、同時に慣れていないことから無駄に消費量も多いんです。ですので、巨大化した場合、短くても一日は気配を消した上で、寝込んでしまいます。今回は二日連続で巨大化したことから、相当負荷がかかっていることが想像できます。故に、大体一週間ぐらいは猶予があると考えていいでしょう」


 但しイレギュラーな例も考えられるでしょうけど、と不吉なことを付け加えて説明を終えた。


 最後の言葉は聞き捨てならなかったけど、なるほど、先日言っていた「今のタイミングではシャパリュは追ってこない」という発言の真相はそういうことだったのか。頭の片隅で勝手に納得する。


 とにもかくにも、これで全体会議は幕を下ろし、警察側も研究員側も慌ただしく準備を進めた。研究員側は手筈通り捜索をするのと同時に、武装の調達と点検を行った。警察側も警戒を巡らせ、いつシャパリュが来ても対応できるようにと準備に勤しんだ。


 そして、真理ちゃんの予測した、一週間後。

 モニターで監視していた研究員の一人が、突然声を上げた。


「来ました! シャパリュです! シャパリュを発見しました!」


 途端、室内は騒然とし、モニターに群がり始めた。その集団の中に、僕も混じっていた。


「場所は?」


 警官の冷静な質問に、慌てた様子で研究員は答える。


「ば、場所は○○県×××市の住宅街。現在、小型の状態で朝井さん宅周辺を徘徊中。敵意は今のところ見られません!」


「よし! 総員準備に入れ! お前は現場班に連絡を」


「りょ、了解です」


 警官の指示により、室内にいた人たちは直ちに身支度を開始した。パソコンやタブレット端末を鞄に詰め込むなど、八日前のテントでの様子と代り映えしない風景がそこには広がっていた。


 そんな中で、僕は一人だけ、呆然と立ち尽くしていた。

 朝井宅……間違いなく僕の家だ。


 僕の家から始まり、僕の家で終着する……。

 因果が収束するって、まさにこういうことなのだろう。


「ほら、お前も早く支度しろ! 残された時間は有限なんだぞ?」


 警官の注意喚起に、僕はハッと我に返る。その通りだ。こうしている場合ではない。


「すみません! すぐに終わらせます!」


 ぺこぺこと頭を下げながら、僕は自分の手荷物を持った上で他の人の手伝いに加勢した。あまりの多忙さゆえに、気持ちを落ち着かせる余裕もなかった。


 そう、あの日抱いた気持ちの整理も。

 あの日見失いつつあった覚悟も。


 その全て果たせぬまま、僕らは現場へと向かった。


 忙しなく、そして無情に、時間だけが過ぎていった。

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