思わせぶり

「奏方…」


「ん?」


「先日の、その…」


 姉さんは朝からなんだか落ち着かない様子だ、あと少しで登校時間になるというのに…珍しいな。


「いえ、何でもありません…姉は先に登校しますね」


 姉さんは俺よりも先にご飯を食べ終えると、先に家を出た。

 5分後、俺も姉さんの後を追うようにして家を出て学校に向かった。

 教室に入ると、露那と秋ノ瀬が俺の席の前でどうやらご立腹の様子だった。

 また2人で喧嘩しているんだろうか。

 こんなことを言うのはなんだが、2人とも本当に見る目がない。

 どうして俺なんて好きになったんだろうか。

 そんな少しの自惚れを抱いていたが、そんな甘い考えは席に着くと同時に一気に振り払われた。


「奏くん、どういうこと?」


「ねぇ、天海…どういう、こと?」


「え?」


 露那は俺に怒りの感情を、秋ノ瀬は俺に対して悲しそうな表情を浮かべている。


「どういうことって…何がだ?」


 状況が理解できずまずは何がどういうことなのか知りたがっていることを聞いてみることにした。

 俺は今登校したばかりで怒りや悲しみの感情を向けられるようなことをした覚えは一切ない。


「前の電話の話!」


「電話…?」


「私にだけ電話くれたのかと思ったら秋ノ瀬にも電話してたんでしょ?しかもなんて思わせぶりなことを私にも言ってたし秋ノ瀬にも言ったらしいし…」


「…天海」


 秋ノ瀬が俺に対して若干の憐れみの目を向けてきた。


「待て!誤解だ、声が聞きたいっていうのは別にそういう意味じゃない」


「じゃあ他にどんな意味があるの?」


「それは…」


 俺の好きなVtuberの声を身近な人の中で探してたなんて言えるはずもないよな、完全に異常者だと思われてしまう可能瀬が高い。


「…ちょっとした事情があるんだ」


「事情って…?女の子いっぱい口説くのが天海の事情なの?」


「違う…」


 露那には普段から責められていたから露那に関しては半分慣れているところはあるが、普段秋ノ瀬がこんな風に俺のことを責めてくることは無いため胸が痛いがこれ以上の説明のしようもない。


「はぁ、でも奏くんがこんなことになっちゃうのも無理ないよね、本当は好きでも無い女から言い寄られて、私と復縁したくてもできないもんね〜」


「そういうわけじゃ…」


「黒園さんだって、天海と一回別れてるんだったらもう未練は捨てて私と天海の新しい未来に可能性をくれても良いと思うけどね」


 クラスの中でこんな美少女2人が固まっていたらどうしても視線が集まってくるが、会話内容が最悪すぎる。


「秋どしたんー?揉め事〜?」


 揉めていると察知した秋ノ瀬の友達らしき女子生徒が秋ノ瀬に話しかけた。


「揉め事っていうか〜、うーん、恋の悩み?」


「え、恋バナ!?混ぜて混ぜて!」


「うわっ…」


 恋バナという単語に惹かれたのか、他の女子生徒も近づいてきたり、視線を向けたりしてきている。

 どうやら女子というのは本当に恋バナが大好きらしい。

 …俺以外女子しかいない空間は流石に辛かったため俺はその場を後にすることにした、あの場は露那と秋ノ瀬に任せよう。


「…はぁ」


「あ、ちょうど良いところに〜」


「え?」


 俺が廊下に出ると、ばったり愛生さんと目が合った。

 …ちょうど良いところ?

 …また厄介事な予感しかしない。


「ねぇねぇ、かなた美月になんかしたー?」


「…え?姉さん?」


「うんー、なんか今日様子おかしいんだよねー」


 姉さんの様子が…おかしい?


「最初は体調悪いだけかなーとか思ったんだけど体育はいつも通りばっちりだったから、そうじゃなさそうだったから、じゃああとはもう悩みの種なんてかなたくらいしかなくないー?」


 俺が姉さんの悩みの種…?

 そんなこと…


『いや、声が聞きたかっただけだから』


「……」


 そういえばさっき露那と秋ノ瀬が怒ってたこと姉さんにもしてしまったんだ…!まずい、俺としては本当にそんな変な意図ではなかったが男子と女子、観点が違ってもおかしくない…というか確かに声が聞きたかったなんて言われたらおそらく俺でも勘違いするだろう。


「姉さんに、その…誤解だと伝えておいて欲しいです」


「ごかいー?何かしたのー?」


「そんなすごいことをしたわけじゃ…」


「…もしかして覗いちゃったー?姉弟とは言えあんな大きいの常に見せられたらそれは覗きたくもなっちゃうよねー」


「そんなんじゃない!…とにかく頼みます」


「はーい」


 愛生さんは俺に背を見せると、ゆっくりと廊下を歩いて行った。

 …休めるところがないな、ちょっと屋上にでも行って風に当たろう。

 そう思い至り屋上に行くと、気持ちの良い風が吹いていた。


「良い風……」


「実に素晴らしい風だねぇ、こうしているだけで大地と自然の有り難みを享受できるなんて…!」


「……」


 屋上に入ったところで、一人屋上に居る一条の姿を発見した。

 …一人で叫ぶなんて、本当に変な女なんだな、勿体なさすぎる。


「おや、天海くんじゃないか、君もこの自然に触れに来たのかい?」


「まぁ…」


「気分が沈んでいるようだね、君と僕の間柄だ!話してくれても良いんだよ?」


 はっきり言うと俺と一条は間柄なんて言うほど深い間柄では無いが…まぁいいか、一条は困りごととかなさそうだし、ここはありがたく相談させてもらおう。

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