声の行方

 最近優那ちゃんの配信を見ていて思うことがある。


「…この声最近どこかで聞いたな」


 …と。

 この優那ちゃんの明るく高く、張りのある元気な声。

 Vtuberなため見た目はおそらく現実とはかけ離れているのかもしれないが、声に関しては根本の部分を変えるのはプロの声優さんでも無い限りはなかなかに難しいだろう。


「どこで聞いたか…」


 俺の身の回りに声が可愛い人…ダメだ、リアルで会っている人は声と顔がセットで覚えている、声だけで割り当てるのは難しそうだ。


「…こうなったら」


 確かにどこかでは聞いたことがある声なんだ、それも良く聞く声だ、声の高さは違うが根本の部分がどこか聞き覚えがある。

 …なら、探せるはずだ。

 俺はVtuberの中の人を探すだなんていう行為はしたくなかったが、このモヤモヤを晴らすにはそれしかなかったため、俺は俺が普段関わっている人たちの声を聞いていくしかない。


「姉さん」


「どうしたのですか?奏方」


 まず絶対に可能性としては有り得ない姉さん、姉さんはそもそもVtuberっていうのがどんなものなのかもまだあまりわかっていない。

 そんな姉さんがVtuberとして、しかもあんなに崩した喋り方で恋愛相談を受けるなんていうことはまぁ無理だろう。


「…高い声出してみてくれないか?」


「…高い声、ですか」


 優那ちゃんの声は高いか低いかで言うなら絶対に高い。

 だが姉さんが、声は高いかもしれないがあんなに可愛い感じの声を意図的に出しているとは思えない。

 可能性が低い人から当たっていくのがセオリーだろう。


「…あぁ〜」


「…ありがとう」


 姉さんでは無いことが確実にわかった。

 なんて、姉さんが優那ちゃんじゃ無いなんてことは最初からわかってたけどな。


「なんだったのですか…?」


「いや、声が聞きたかっただけだから」


「え、奏方、それは……」


「悪い、ちょっとまた後で」


 俺はこのモヤモヤをできるだけ早く晴らしたかったため、急いで自分の部屋に戻りスマホを手に握る。

 …いきなりということになるが俺が普段関わっている人たちはある程度いきなり電話をかけても怒らない人たちのはずだ。

 早速一人目に電話をかけてみる。

 可能性が低い順というのであれば次は愛生さんだが愛生さんの声はなんというか透明感のある感じで、そもそも優那ちゃんと声の種類が違う、後純粋に愛生さんの連絡先を登録していない。

 だから俺が次に確認するのは…


「秋ノ瀬、ちょっといいか?」


『…え、天海?どうしたの?いきなり』


「いや…声を、聞きたくてな」


『えっ…!?」


「…その、電話して直後で申し訳ないんだが、高い声を出してもらってもいいか?できるだけ可愛くイメージして」


『えっ、え〜、急に言われてもな〜私可愛くなんてないし…でも天海がそう言うなら、してあげるっ!』


 秋ノ瀬は咳払いを挟み、高い声を出した。


『あ〜、あ〜!…こんな感じ?』


「あぁ、十分だ、ありがとう、じゃあ通話を切る」


『えっ、もう終わり!?感想はっ!?』


「ただ声が聞きたかっただけだからな…感想は、十分可愛かった」


 俺はそう言うと通話を切った。

 …なんだか口説き落としてるみたいだが俺は今おふざけてこんなことをして回っているんじゃない。

 秋ノ瀬は…確かに可愛くはあったし高くもあったが、優那ちゃんとは声質が全く違う。

 …ならば、最後に残ったのは。


「露那、ちょっといいか?」


『か、奏くんっ!?え、え、え?なにこれ、私のこと幸せにしようドッキリ?だとしたら大成功だよっ!奏くんの方から休日にいきなり電話がかかってくるなんてサプライズ以外の何物でも無いもんっ!!』


 露那は電話越しでもわかる程度にははしゃいでいる。


「サプライズ…では無い」


『私からしたらサプライズだからいいもんね〜、それでそれで、どんなお話しする〜?』


「あぁ、露那の声が聞きたい」


『えっ!うん、私も奏くんの声聞きたかったよ…奏くんは私のどんな声が聞きたいの?』


「高い声だ」


 露那は感情が落ち込んでいる時と上がっている時で声がガラッと変わる、そのため当然高い声も出せることは俺も熟知している。


『高い声…今から奏くんのお家、行こっか?』


「…え?いや、別に電話越しでも大丈夫だ」


『…奏くんが、私に高い声出させてくれても良いんだよ?』


 なんだかとても大きな誤解を与えているような気がする。


「そういうつもりじゃなくて、本当にただ声が聞きたいだけなんだ」


『そ、そっか…!ごめんね変なこと言って…わかったよ!』


 露那は一度マイクをミュートにすると、ミュートを解除して…


『あぁ〜!あぁ〜!…どうかな?』


「…あぁ、大丈夫だ」


『…え、もう終わり!?』


「あぁ、また学校でな」


『えぇ〜!もうちょっと話……』


 俺はこれ以上露那の声を聞くと何か大事なものが無くなってしまいそうだったため、無理やりに通話を切った。

 …そんなはず無いよな、声はちょっと似てたけど、世界には人の数だけ声があるんだ、ちょっと被ってたっておかしくない。

 俺はそう言い聞かせ、今日はもう部屋で1日休んでいることにした。

 …この行為が、次の登校日に波乱を巻き起こすとも知らずに。

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