一年前の話

「奏くん、改めて言いたいんだけど、私とやり直さない?」


「……」


 少し昔話をしよう。

 俺は昔露那と付き合っていた事がある。

 最初の方は良かったのだが1ヶ月ほどしてその雲行きが怪しくなった、これは去年の6月のことだ。


「奏くん、最近よく話してる女の子誰?」


「あ、席が隣になったから席に座ってる間だけちょっと雑談してるんだ、思ってたより面白くて暇しない」


 その時の俺はまだ露那の性格を知らなかったからこんなことを言っているが、もし今の俺がこの時の俺になれるのだとしたら絶対にこんなことは言わない、こんな他の女子のことを上げるようなことは…


「そうなんだ…そっか、奏くんは私じゃなくても良いんだね」


「え?」


 俺は露那の急な切り替えに、理解が及ばないでいた。

 当然だ、俺からすれば普通に隣の席の女子と軽く雑談していただけ、そういった軽い認識だった。


「私は奏くんじゃないとダメだけど、奏くんは私じゃなくても良いんだね」


「え…ごめん」


 理由は深く分からない、だが俺は謝るしかなかった。

 相手が不機嫌になっているのだから、恋愛経験の無かった自分が何か気に触るようなことをしてしまったのだと。


「俺の、何が悪かったんだ?反省するために教えて欲しい」


 本当に俺はその時無邪気だったなと過去の自分ながらに思う。


「…他の女の子とのことを楽しそうに話されて、良い気はしないよね、あとそもそも他の女の子と楽しく話してること自体私は看過できないの」


「え…話すのもダメなのか?」


「当たり前だよ、そんなことされると浮気してるのかなって不安になっちゃうでしょ?」


 今の俺なら刃物でも出されない限りは反論できるが、一年前の俺にはそんな知識も経験もなかったため本当に全てを鵜呑みにしていた。


「なるほど…わかった、気をつける」


 そしてそれからというもの俺は徹底的に女子との会話をなるべく避けることに成功したが、露那の願望は次第にエスカレートして行った。


「今他の女の子のこと見てた?」


「女性店員さんの時は私が代わりに買うよ」


 …今考えると本当にゾッとするが、これが現実に起きていたのだ。

 俺はそれに対しかなり不信感を感じ、抗議してみることにした。


「…露那、ちょっと縛りが厳しくないか?」


「そうかな?普通のことじゃない?」


「明らかにおかしい…喋るのは百歩譲って分かったとしても見るのもダメなんていうのはおかしい、歩いてたらどうしても視界には入ってしまう」


「…そっか、反抗する意思が芽生えて来ちゃったんだね、スマホ貸して」


「え?」


「いいから」


 俺は何故スマホを貸さなければならなかったのか理解が及ばなかったが、話を進めるために露那にスマホを貸すことにした。

 すると…


「大好きだよ、奏くん」


 そう言いながら露那は俺のスマホを思いっきり地面に叩きつけた。


「え…!?」


「だからこれに懲りたら…二度と変なこと言わないでね」


「……」


 それからの俺と言えば、本当に露那の言う通りに動いていた。

 褒めてと言われれば褒め、抱きしめてと言われれば抱きしめる。

 そんな機械的な俺だったが、彼女がいるという幼い自己顕示欲による優越感と、俺が楽しくなくても露那は笑顔で居てくれていてあれから怒ったりはしていないから、何も悪いことはない。

 むしろ俺は幸せだ…そう思うことで、自分の虚無感と、別れた時の虚無感から逃げていた。

 前に進めないでいた。

 そして冬頃…


「奏方、どうしたのですか?近頃は様子がおかしいようですが」


 姉さんが俺の異変に気づいた。

 母さんや父さんは実家にいたが、父さんは本当に悪気のない、いわゆる天然な人で母さんは忙しくてほとんど家に居なかったため、俺の異変には全く気づかなかった。


「別に…姉さんの方こそ高二だから受験勉強とかで忙しい時期じゃないか?」


「いえ、姉はもう現段階で高校三年生分までの全ての範囲を網羅しています、ですので後は応用をもう少し頭に入れる後始末だけです」


 姉さんは今の俺と同い年の時には、もうすでに高校生の勉強はほとんど終了していた、今の俺から鑑みても絶対に有り得ない、偉業だ。


「そうか…やっぱり姉さんは凄いな」


「…奏方、どうしたのですか?やはり何か様子がおかしいですよ」


「そんなことないって」


 俺は誤魔化すためにそう言ったが、どうやら姉さんの鋭い眼光から逃れることはできなかったらしい。


「転校しましょうか」


「…え!?」


「詳しくは分かりませんが、おそらく環境がそうさせているのでしょう、ですので転校して、新しく家を購入、もしくは借りるなどして二人で暮らしましょう」


「え、姉さんも…?」


「姉も転校します」


「そんな…」


 姉さんは前の学校でも生徒会長候補だったため、俺は非常に申し訳なかった。

 だが姉さんの目は揺らぐことはなかった。


「…イジメなどであれば色々と対策の手段もあるのですが、奏方を見てみるにおそらく個人間の人間関係なのでしょう、でしたらもう環境を変えるしかありません、なので、もし何か着けなければならない決着があるのでしたら、それまでにお願いします」


「…ありがとう、姉さん」


 俺はただただ感謝を述べた。

 それがどれだけ大変なことなのか、分かってはいたがそれでもその時は感謝の言葉しか出なかった。

 そしてその時はやってくる。


「露那…別れよう」


「え?嫌」


「…一時の幸せに身を置いても良いかとも思ってたけど、そんなことをしても互いに時間を奪い合うだけにしかならない」


「嫌だって」


「だから…別れよう」


「どうして?こんなに愛してるのに!」


 その瞬間、学校のチャイムが鳴った。

 もし何かの区切りがなければ、俺は露那に捕まって別れると言ったことを撤回するまで監禁なんてこともさせられていたかもしれない。

 そして俺はその日は露那にバレないように早退し、そのまま姉さんと一緒に転校した。

 そして今に至る、というわけだ。


「確かに…今の露那とならやり直しても良い、かもしれない」


「ほんと!?」


「昔に比べれば本当に寛容的になったし優しくもなったと思う」


「ありがと!」


「…だが、まだ俺の中では俺が本当に望んでいることを、まだ見つけることができてないんだ、だから、分からない」


「そっか…変わったね、奏くん」


 …否定できない。

 俺は去年多くのことを経験し、考え方も根本から変わった。

 人間誰しもこういったことがあるんじゃないだろうか。


「あーあ、昔は私の言うことなんでも聞いてくれてたんだけどなー、いっそのことあの時期にキスだけじゃなくて既成事実まで作っちゃった方が良かったかなー」


 キスだけでも俺的にかなり印象に残っているのに既成事実なんて残してたら本当に後戻りできなくなってしまっていただろうな。


「まぁ…今は気長に待っててくれ」


「はーい…だけど、まさかとは思うけど今は私と秋ノ瀬が奏くんのこと好きな状態ってわかってるのに他の女子にうつつを抜かしたりしないよね?」


「あぁ、約束する」


 この問題には絶対にしっかりとケリをつける。

 それが、俺が過去と向き合った証になる。

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