姉弟の暖かみ

「奏方奏方奏方奏方奏方奏方奏方奏方…」


 家の玄関に入ると、リビングの方からぶつぶつと姉さんの声が聞こえてくる、何か勉強でもしているんだろうか。

 リビングを覗いてみると、どうやらぶつぶつと呟きながら書道をしているようだ。


「姉さん、書道してるのか?」


「奏方奏方…奏方!お帰りなさい!」


 姉さんは俺が帰ったと知ると、すぐに筆を手放し俺の方に近づいてきた。


「心配しましたよ、遅くなるなら一言連絡をしてください」


「えっ…」


 机の上を見ると、もうすでに冷めているのかラップがされている料理が置いてある。


「ご、ごめん…」


「…そんな顔をされては怒ろうにも怒れませんね、新しくご飯を作るので、席について待っていてください」


「え?いや、全然あれを食べる、姉さんはゆっくりしててくれ」


「そうですか?あれはもう冷めてしまっているので私が明日の朝食べようと思っていたのですが…」


「せっかく姉さんが作ってくれたのにそれを食べないなんてできるわけないだろ?」


 俺は席につき、いただきますを言うとその料理を食べる。

 献立は、焼き魚とお味噌汁だった。


「…あぁ、冷めてるなんて関係なく美味しい」


「そうですか…!よかったです」


 …やっぱり姐さんと居るのが一番和む。

 俺は姉さんのことをブラコンだなんて言っているが、俺もシスコンなのかもしれない。


「…どうしたのですか?奏方」


「え、何が?」


「目が涙目になっていますよ」


「え…?」


 確かに言われてみれば視界が悪い気がする。

 どうやら俺は今涙目になっているらしい。


「なんで…だろうな」


 絶対に復縁なんてしないと思っていた元カノと、気づいたら復縁しようとしていたり、友達だと思っていた女友達が実は俺のことを好きだったり、色々ありすぎて、知らない間に抱え込んでいて、今のこの安堵感が俺には暖かくて涙目になっているのかもしれない。


「奏方、奏方は一人で抱え込みすぎているのではないですか?どんな小さなことでも大きなことでも、姉に言って良いんですよ、奏方が今悩んでいることが小さいことなら、姉がそんなことは気にしてはいけません、長い目で見ましょうと諭してあげますし、大きなことなら姉が真剣に取り組んで、解決してあげます」


「……」


 そんなに優しくされると、本当に涙が出てきてしまいそうだ。


「…実は、二人の女子から好意を向けられてて、俺の体が二つあれば全て解決できるんだが、現実はそう上手くは行かないんだ」


「…そう、ですか」


 姉さんの声が少し沈んだ。

 俺の状況を察してくれたんだろうか。


「俺はどうすれば…」


 2人のことは人間的に好きだし、どちらかを傷つけなくてはいけない選択なんて俺にはできない。


「奏方…姉には好きな方がいるんです」


「え…?」


 姉さんが突拍子もないことを言い出した。

 姉さんの好きな人…?

 そういえば以前にそんな話を聞いた。


「ですが、その方は私がこの溢れそうな程の想いを告げたとしてもきっと受け入れてはくれないでしょう」


 姉さんからの告白を受け入れない男性なんて居るのか…全く想像できない。


「ですから…そうして悩める、というのは本当にとても幸せなことだと姉は思うんです」


「姉さん…」


 確かに本当にどうしようも無いことだったら、きっと悩むまでもなくそれを受け入れるしか無いんだろう。

 だが俺はまだ悩めている、それだけでまだ救い…姉さんはそう言ってくれている、そう姉さんが言ってくれることが俺の救いだ。


「ありがとう姉さん、少しは気が楽になった…姉さんも、悩んでることとかあったら俺でよければ聞く」


「え、いえ、姉には悩みなんて……」


「その好きな人のことで悩んでるんじゃないか?話くらいは聞けるかも知れない、姉さんほどの人が告白しても受け入れてくれないなんて、一体相手はどんな人なんだ?」


「それは…言えません!」


「あ…悪い、無理に聞き出そうってわけじゃ無いんだ」


「あ、そういう意味ではなくて…」


 姉さんはどこか苦しそうな表情をしている。


「…奏方が悩んでいるなんて知ってしまったら、余計に言えなくなってしまいましたね」


「え?」


 姉さんは俺が悩んでいるからと、俺に遠慮してその悩みを言い出せないらしい。


「姉さん、俺のことは気にせず俺にできることならなんでもするから言ってくれ」


 いつも姉さんに迷惑をかけてばかり、俺は姉さんの役にも立ちたい。


「いえ…本当に、大したことでは無いんです」


 そう言っていつものように話を逸らそうとする姉さんの手を掴んで、俺は力強く言う。


「大したことなんだろ?聞かせてくれ!」


「えっ…奏方、手…」


「前みたいに裸の付き合いの方が言いやすいっていうなら姉弟水入らずってことでそれでも良い」


 仮に周りにどう思われようとも関係ない。


「裸…!?いえ、奏方、待ってください、姉の脳が追いつかな……」


「姉さん!」


 俺は姉さんの両手を握り、顔を姉さんに近づけて更に強く意思表示を示すが…姉さんはその場でゆっくりと力が抜けていってしまった。


「…え?なんで!?姉さん!?」


 あの文武両道を兼ね備えた姉さんのこんな姿…おそらく両親ですら知らない。

 知っているのは、俺くらいなものだろう。

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