九割一部

 俺が露那にそう告げ、露那の口から第一声が発せられた。


「やったぁ〜!」


「や、やったぁ…?」


 俺は動揺していた。

 俺が予想していたどんな返答とも違ったからだ。


「な、なんでやったぁになるんだ…?」


「だって!奏くんは私のことずっと好きだから、もうクリアしてるよねっ!」


 …え?


「冗談はもう言わないってさっき約束したし!やったぁ〜!これで晴れて喧嘩も終わって、まただねっ!」


「ちょっと待て、今までの話聞いてなかったのか?俺は露那のことがもう好きじゃないんだ、だから別れる宣言をしたんだ」


「せっかく元に戻れたんだから、拗ねなくても良いんだよ?」


「だから拗ねてるわけじゃ……」


「それとも…」


 露那は明らかに声色を変えて、仕切り直すように言う。


「本当に私のこと好きじゃないの?」


 俺はその露那の表情と声色を見て…一年前の日々を少し垣間見ていた。

 やっぱり露那と別れる判断をした俺は間違ってなかったと、改めてそう思えるほどに、その露那の表情と声色は…黒いものに見えた。

 臆すな俺…!ここで臆したら前と何も変わってないってことだ。

 それにここは学校…何かあればすぐに助けを呼べる。

 かといって直球で「好きじゃない」と言ったら露那がどんな対応に出るかわからない。

 ならここは、少し濁しつつ本音を伝えよう。


「そうだ、俺は露那のだけが好きじゃないんだ」


「九割は好きってこと?」


「…あぁ」


 それから少しの沈黙を待ち…


「もう〜!もうもうもう〜!そうならそうって早く言ってくれたら良いのに〜!」


 どうやら露那の機嫌を元通りにするどころか、上機嫌にすることができたらしい。


「でも…一部分は好きじゃないんだね」


「……」


「まぁ…うん、そうだね、九割好きでいてくれてるなら、後の一部分って言うのを私色に染め上げて、奏くんにその一部分も好きに思わせれば良いってだけの話だもんね」


「そう、だ」


 いきなり復縁の条件について考え出してくれたのと、一部分は好きじゃないという気まずさに俺は少し反応が遅れてしまう。


「だったら簡単だねっ!私がこんなにも奏くんのぜんぶを大好きになってるんだから、奏くんが私のぜんぶを好きにならないわけないもんね〜!」


「……」


「で、奏くんは私のどんなところが嫌いなの〜?」


「え…」


 嫌いなところなんて直に聞かれると、答え方が難しいな。


「え、えっとだな」


「……」


 気まずい…露那の刺すような視線が痛い。


「つ、露那…?そ、その表情怖いからやめてくれないか…?」


「今から私の嫌なところを言われるっていうのに、奏くんは私に笑顔で聞いてって言うの?」


「悪かった…」


 確かに今から自分の嫌なところを言われるって状況で笑顔で聞くのは無理…なのはわかる、わかるんだが…欲を言うのであれば笑顔とまでは行かなくとも普通の顔で聞いてほしいが…仕方ないか。

 でもその前にもう一つ俺の命に関わることで確認しておかないといけないことがある。


「…俺が何を言っても怒ったりは…」


「しないよ!私は現状把握がしたいだけなの」


「そうか、そうだよな…」


 俺は改めて自分が本音を露那に言っても露那が怒らないことの確認をし…ようやく本題に入る。


「本題だが…俺が露那の一部が嫌いなのは、すぐに浮気と決めつけたり冤罪で軽い軟禁をしたりするからだ」


 言った…!

 言ったぞ俺…!


「……」


 露那は険しい表情で少しの間沈黙し…ようやくそれを破った。


「…うん、わかったよ、奏くん」


「え、わかってくれたのか…?」


「うん、奏くんが勘違いしてることがね」


 今まで露那に本音を打ち明けよう打ち明けようとしてきた時に、後一歩のところで勇気が出なかった。

 その過程で、露那の様々な返答を考えてはいたが…

 俺の方に矛先を向けてくるのは予想外だった。


「勘違い…?」


「そう、私は別に奏くんのことを軟禁したくてしてるわけじゃ無…くもないような気がするけど、無条件で軟禁したりしてきたわけじゃないの」


 無くもないような気…たまに出るそれって結局どっち?ってやつだ。


「それはわかってる」


 俺だって露那のことをそこまでの異常者だとは思ってない。


「…逆に何がわからないの?」


「浮気してないのに浮気と決めつけて、罰と称して軟禁することに俺は疑念を抱いてるんだ」


「私が今まで奏くんが浮気してないのに軟禁したことなんてある?」


「ある」


 間髪入れず即答する。

 軟禁したことなんてある?なんてよく言えたものだ。

 今までの俺に対して浮気という行為を許さないと正義の仮面を被り制裁して罰を与えてきたことは全てが全て冤罪である。

 本当に怖いのはただの悪なんかよりも制御が効かず暴れてしまった正義というのはよく言ったものだ。


「試しにどのケースがそれに該当するか言ってみてもらえる?」


「全部だ」


「…奏くんがそういうのはわかってるから、試しにどれでも良いから例をあげてみてもらえるかなって言ったの」


 露那は少し呆れたように首を振るもすぐに小さく「奏くんだから仕方ないかな…」と付け加える。

 俺はその小さく呟いたことは無視で答える。


「例えば…去年の十月の文化祭なんて良い例だと思う、俺が文化祭の仕事で他の女子と居残りしているだけで浮気と決めつけて、俺が何を言っても取り付く島も無かった」


「私に許可無く居残りなんてして、他の女の子と一緒にいるところを見ちゃったら疑っちゃっても仕方ないと思うよ?」


「そこまでは良いんだ、でも俺が事情を説明しようとしても露那は……」


 俺がさらに細かく説明しようとしたところで…後ろから掛け声がかかる。


「あっ、居た!天海〜!」


 後ろを振り返らずとも、その元気な声は誰の声かすぐにわかった。


「秋の瀬…?」


 俺は振り返り、秋の瀬と向き合う。


「あ、あれ、黒園さんと一緒だったんだ…もしかして私邪魔だったりする…?」


「いや!もう話は終わったから良い、話があるなら聞く」


「そう…?ありがとっ!」


 俺は秋の瀬の背中を押すようにして屋上を後にする。

 …色々と弊害はあるのかもしれないが、とりあえず露那に俺の本音と復縁の条件を伝えることはできた。

 後はどうするか…露那自身が行動で示してくれるはずだ。

 俺はいつもなら色々と言ってきそうな露那が特に止めようとしてこなかったため、俺は露那を一人屋上に残して秋の瀬さんについて行くことにした。

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