転校生

 チャイムが鳴ってからしばらくして…


「転校生を紹介する、入れ」


 担任の先生がそう言うと、露那がドアを開けて改めて入ってきた。

 露那は転校生のテンプレというべきなのか、黒板に自分の名前を書いた。

 …が。


天海あまみ露那つゆなって言います、これからの高校生活でたくさんの思い出を作っていければと思います、よろしくお願いします」


「は!?」


 俺はその自己紹介に、思わず机に手をついて立ってしまっていた。


「…座れ、天海」


 先生に注意を受けてしまうも…


「で、でも……」


「わかっている…黒園くろぞの、何故偽名を使う」


「偽名…?お言葉ですが先生、偽名なんて使っていませんよ…?」


「…お前の名前は黒園くろぞの露那つゆなだろう」


 そうだ、露那の苗字は俺とたまたま同じ天海…ではなく、黒園だ。

 なんでそんな嘘をついたんだ…?


「…すみません、あと数ヶ月で天海という名前に変わるので、思わずその名前で自己紹介をしてしまいました…改めて、黒園くろぞの露那つゆなと言います、よろしくお願いします」


 露那は改めて自己紹介をした後、お辞儀を一度入れた。

 …あと数ヶ月でそうなるってどういう意味だ…?


「…まぁいい、お前の席はあそこだ」


 そう言って先生が指したのは、俺とはちょうど真反対の一番右後ろの席だった。


「…左から二番目の一番後ろがいいです」


「なっ…」


 俺は一番左の一番後ろ…つまり露那が指定したのは、空いている俺の隣だった。


「…確かにその席も今は空いてはいるが、今日出欠しているだけでそこは既に使用者がいる」


 先生がブレない人で助かる…一見怖いように見えるけど、ちゃんと先生としての仕事を行ってくれる。

 もちろん、それはどれだけ美人でも関係無い。


「新しい机と椅子を今すぐ調達するので私の席を天海くんの後ろにしてください」


「駄目だ、学校の事務を通さないと新たな物資を購入することはできない決まりだ」


「…なら多数決で決めましょう」


「…多数決?」


 何を言ってるんだ露那は…と、クラスのみんなは思っただろうが、俺は今更こんなことじゃ驚かない。


「私が今空いている天海くんの席を使ってもいいか…です」


「何故そこまで天海に拘る」


「何故って…私がかなくんの恋人だからに決まってるじゃないですか」


 露那は先ほどまでと全く変わらないトーンで言う。

 そのため、俺は一瞬露那が何を言ったのか理解ができなかった。

 …数秒ほど経ち、ようやく脳がその言葉の意味を理解し…その途端に。


「はぁ〜!?」


 当然俺は疑問どころではないほどの疑問の声を表に出す…が、俺以上にクラスの人たちの方が驚いているらしく。


「えっ、黒園ちゃんって天海くんと恋人なの!?」


「えぇ〜、私密かに狙ってたのにぃ…」


 等々…教室内は様々な声が飛び交っているが、俺の心境はたった一言で表すことができる。

 絶望。

 もう既にこのクラス内では、俺と露那が恋人だという嘘か本当かはわからないにしてもそういうイメージは確実についてしまっただろう。


「えへっ❤︎」


 露那は俺に小さく微笑みかけてきた。

 …が、今の俺には悪魔の笑みにしか見えなかった。


「……お前と天海がどんな仲であれ、言うことは変わらない、大人しく指定した席に座れ」


「…はい」


 さっきは多数決まで取ろうとしていた露那だが、今度はあっさりと先生に言われるがままに承諾した。

 …どういうことだ?

 その後、クラス中がざわつきながらも一限目を終え休み時間に入ると…


「黒園さんって天海くんと付き合ってるの!?」


「今日から転校してきたよね?どこで天海くんと知り合ったの?」


 予想通り、みんな露那の周りに集まっていた。


「うんっ!私と奏くんは……」


 俺はこれ以上露那が何か変なことを言いふらす前に、露那を一旦廊下に連れ出す。


「露那!」


「どうかしたの?奏くん?」


「どうかしたのじゃない!何俺たちが恋人なんて言いふらしてくれてるんだ!俺は何度も言ってるけど、俺たちはもう恋人じゃないんだって!」


「うん、奏くんは今ちょっと私になんでかわからないけど怒ってる時期だもんね…奏くんだって人間なんだし、私だって奏くんを嫌うことは無いにしても、なんで言うことを聞いてくれないのかなってちょっとヒステリック起こしちゃう時もあるから…でも、周りの人達はどうかな?」


「…周り?」


「今日の校門の件と、さっき私が奏くんと恋人だって言ったこと…その2つがあれば、少なくとも周りは私と奏くんのことを恋人だって思うよね?」


 確かに、その2つのせいで、今もう既に周りの人には露那と俺が恋人だって思われてしまったかもしれない。

 …でも。


「それがどうした、俺はもう本当に露那とは別れたつもりなんだ、周りがどうだろうと関係無い」


 周りの意見で変わるようなら、露那と別れる決断をしてない。

 別れた後で露那がそれを引き止めることなんて想像ができた、それでも俺は露那と別れることを決意したんだ。


「私にとってはとても関係あることなんだよね、だってこれで…この学校でも、奏くんが恋人になる相手は私しかいないんだから」


「っ…!?も、もしかして…その為に、わざとあんな大盤振る舞いみたいに俺と露那が恋人だなんて言ったのか…?」


「うん、そうだよ?いくら奏くんが怒ってるからって、浮気までは許容できないからね」


 それだけのためにあんなことを……露那のこういうところが嫌で、俺は露那と別れることを決意したんだ。


「…別に俺は無理して恋人を作ろうとなんて考えてないし、前にも言ったけど、俺は露那のそういうところが嫌なんだ」


「そういうところって…?」


「…何度も言ってるけど、そうやってすぐに束縛したりしようとするところだ」


「束縛…?浮気して欲しくないと思うことが束縛なの?」


 露那は疑問に思ってそうな声で言う。

 露那はこれを本当に当たり前のことだと思ってる、だからいつも話が食い違って、あんな人とも思えない所業ができるんだ。


「…話すだけ無駄だ、もう終わったことだ」


「…ふ〜ん、そっか」


 俺はそんな露那の少し重い声を聞き残し、一人教室に戻った。


「そろそろ機嫌…直してもらわないとね」

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