第24話 ご褒美とデート

『NTRじゃなかったぁぁぁ!!! これで安心して見れる!!!』

『作者さんマジで感謝……』

『よかった……よかった……』


 漫画を上げた瞬間から、次々と反応を貰い、気がつけばトレンドにも入っていた。

 誰の目から見ても、炎上を乗り越えたと言えるだろう。


「う……やり切った……ぞ……」


 椅子に座り、さながら戦い切ったボクサーのように真っ白になる。


「タクミさん、漫画はどうでしたか──ってうわあああ!? た、タクミさんが真っ白になってるぅ!?」

「あぁ……プレッシャーから解放されたと思ったら立てなくなってな……」

「し、しっかりしてくださいっ!」


 リリアに介抱されながら、布団に寝かされる。と、思いきや、後頭部にとても柔らかな感触。


「しっかり休んでください。わ、私のお膝でよければ、どうでしょうか」

「……」


 これは、膝枕だ。初めて膝枕をしてもらった。すごい……いや、後頭部の柔らかい感触もそうだが、何よりリリアの顔が見えない。巨大な胸が顔を隠してしまっているからだ。こんな光景がこの世に存在していたとは……。


「た、タクミさん?」

「んあっ!?」

「も、もしかして嫌でしたか? 男の人はこれが疲労に効くって本で読んだんですけど……」

「……別に、嫌じゃない」

「そ、そうですか。よかったです」


 嫌ではない、が非常に恥ずかしい。それに胸から目を離せない。

 やばい、疲れも相まって俺の愚息が元気になってきてしまった。


「ん……何か……クラクラする……ような……」


 まずい! 勘づかれたか!? 言い訳をしてなんとか誤魔化そうとしたその時だった。


「おにーさんっ。あそぼーって、あー! おねーちゃんずるい! おにーさんを虜にしてる!」


 おぉ、救世主(リリイ)が来てくれた。

 いや、ちょっと待て。果たしてリリイを救世主と呼んでも良いのだろうか。


「ん……? くんくん……この感じ……あー! おにーさん勃起してる!」

「ぶふぉっ!?」


 こいつ、何の躊躇いもなく言いやがった!


「もうちょっとオブラートに包まんかい!」

「おねーちゃん、今しかないよ! 勃起してるってことはおにーさんは身を捧げるつもり、つまり合意だよ!」

「してないしてない! くそっ、リリアからも何か──」


 起き上がり、リリアの方を見ると、どこか遠くを見るような目で、ぼーっとしていた。


「……リリア?」

「へっ? あ、な、なんでしたか?」

「いや、大丈夫か? なんだかすごいボーッとしていたようだったけど……」

「そんなことよりおねーちゃん! おにーさん勃起してるんだって!」

「えぇ!? ということは、タクミさん、ついに私に童貞を……!」

「やらん!」

「そんなぁ……」

「そんなに気軽にポイっとやれるようなものじゃないんだよ。それに時と場合を弁えてだな……」

「じゃあ、どんな時と場合ならいいの?」

「それはだな……」


 頭の中でシミュレーションをする。しかし、女性と付き合ったことのない俺なので行為に及ぶまでの立ち振る舞いが全く思い付かない。


「あー、おにーさん思いついてないんだ〜♡」

「こ、このメスガキ……」

「ほらほら〜♡童貞を捨てる時ってどんな時なの? 教えて教えて〜♡」


 腕にまとわりついてくるリリイ。柔らかい部分が当たりまくって気が散ってしょうがない。


「こらリリイ。タクミさんを困らせてはいけません」

「もうっ。おねーちゃん、モタモタしすぎじゃない? 今こうしている時でもおにーさんの童貞を狙ってる輩がいるかもしれないんだよ?」

「どんな輩だよ。いねーよそんな物好き」

「そ、それは確かにそうかもですけど……でも、今のところタクミさん自身が童貞をくれそうにはないですし……」

「おにーさんもおにーさんだよ。おねーちゃんに童貞の1つや2つあげてもいいでしょ?」

「1つしかないんだよ童貞は」

「はぁ、可哀想なおねーちゃん。おねーちゃん、おにーさんが寝込んでいる時ずっと側にいてあげてたのに」

「ぐっ……」

「夢の中にまで行って、おにーさんのことを癒してあげたのに……」

「うぐぐ……」

「それに漫画の手伝いだって……!」

「うごごごごごご……」


 見えない矢がズブズブと刺さっている。どれもリリイの言う通りで反論できないのが実に悔しい。リリアには助けてもらってばかりで俺からは何もあげられていない。


「……分かった」

「え!?」

「やったー!」

「いや、勘違いしてるみたいだから言っておくが、童貞をあげるんじゃないからな?」

「えー」

「でも、何かお礼がしたい。この前のことだけじゃない、今までのことも合わせて。俺にできるなら、リリアの望むことをしてあげたい」

「ん? なんでも? 今おにーさんなんでもって」  

「言ってないですよ?」


 どうやらリリイは人間界に毒されすぎているようだ。


「そ、それじゃあ……」



 リリイが提案したのは、この前の続きがしたいとのことだった。この前の続き、と言うのは俺が倒れる直前にしたデートのことだろう。あの時はデートと言いつつその辺をぶらぶらして中断というような形になってしまったので、改めてお出かけしたいとのことだった。


 1時間後にデートに行くことを約束し、部屋で時間が過ぎるのを待っていたのだが。


「にしても……」


 俺の今の手持ちの服装、全くデート向きじゃなくね? 持っているのはTシャツとジャージのようなユルイ格好の服ばかり。

 あの時は全く気にならなかったのに、今はデートに相応しい服装なのか気になって仕方がない。


「こういう時は適任者に聞くか」



「え? 服装?」


 仕事中の聖也の部屋に邪魔をしに──ではなく、デート時の服装について教えてもらうことにした。ただしデートとは言っていない。あくまで最近の流行、無難な服装は何かと聞いているだけである。


「珍しいね、拓巳がファッションに興味持つなんて」

「い、いや? 今度描く話に盛り込みたいなーって、ははは」

「あー、デート行く流れ? 2人でショッピング的な?」

「そ、そうそう。そんな感じ。で、できれば描くときの参考資料としたいから俺の持ってる服の中なら手間要らずでベストかなー、なんつって、ははは」

「……なるほどね」


 聖也はカタカタとキーボードを片手間に叩きながら俺の質問に答えている。器用な奴である。


「……悪いな、仕事中に」

「いや全然いいよ。むしろ話し相手になってくれて助かる」

「在宅勤務ってやっぱり暇なのか?」

「暇ではないけど、まぁ僕の場合は会社行くよりも全然楽だね。仕事頼まれる事が少なくなるし身なりに気を遣わなくて良いしアニメ見ながら仕事できるしね」

「……やっぱ暇じゃん」

「サボるための勤務、それが在宅勤務さ!」


 振り向きざまにキメ顔で最低なことを言うイケメンがいる。こんな時でも顔がいいから反則だよな……。


「真面目に在宅勤務してる人に謝れ」

「まぁ僕のことはいいけど、それより服装だったね。今流行りの服装なんてのは本屋に行ってファッション誌でも読んでできるところを忠実に真似ればいいと思うけど……」

「ふむふむ」


 いきなりハードルたけぇな……、と思ったが我慢する。


「そうだな、タクミの持ってる服装の中ならTシャツにジーパンでいいんじゃないかな。あ、アニメTシャツは無しね」

「さすがに着ねーよ、というかそんなのでいいのか? いつもの服装と変わらんような……」

「うん。普段おしゃれしてないのに変に着飾る方が違和感あるって。リリアちゃんの困り顔が目に浮かぶよ」

「なるほどな……って、な、なんでそこでリリアが出てくるんだよ」

「え? だってリリアちゃんとどこか出かけるんじゃないの?」


 こいつ、イケメンだけでなく千里眼の持ち主でもあったか。天は二物も三物も与えやがる。


「だって拓巳、ファッションの事とかネットで調べてチャチャっと描くでしょ。わざわざ僕に聞くなんて絶対にしないだろうし。それに自分の持ってる服装の中からって……くくっ、バレバレだって」

「ぐ……」


 どうやら墓穴を掘りすぎたらしい。こいつにはとことん敵わない。


「いつも通りの拓巳でいいと思うよ。僕もその方が嬉しい」

「なんでお前が嬉しがるんだよ」

「えー、だって親友のありのままを好いてくれるんだよ? 親友としてこれ以上嬉しいことはないでしょ」

「……良くそんな事真顔で言えるよな」


 あまりのイケメンっぷりに思わず惚れそうになってしまいそうだ。早いとこ部屋を出た方が良さそうだ。


「……ありがとな、参考になったよ」

「うん、頑張ってね〜」



 一方その頃、リリアもリリアで着る服には迷っていた。


「あぁ、どうしましょう。ねぇリリイ。こっちの服の方がいい?」


 リリアは魔力で服を具現化する事ができるので、ファッション誌の服を次々と試着し、ああでもないこうでもないと試行錯誤していた。


「この前と同じでいーじゃん」

「そ、そうかもですけど……」

「んー、おにーさんならこの格好ならイチコロでしょ」

「こ、これは際どすぎませんか!?」

「いや、おねーちゃん。私たちの正装の方がよっぽど際どいからね?」

「あ、あれは正装ですから。それに、こんな可愛い服、私に似合うでしょうか」


 我が姉ながら何という自信の無さか、とリリイは呆れてしまう。


「魔界ではあんまり分からなかったかもだけど、人間界でおねーちゃんの可愛さってずば抜けてると思うよ」

「そ、そうでしょうか……えへへ」


 我が姉ながら可愛い、とリリイは悔しくも誇らしく思った。


「あーあ、アタシも行きたかったなぁ」

「きょ、今日は私にお礼してくれるという事なので、できればリリイはお休みしててくれると……」

「むぅ……分かってるもん。つまんないのー」


 口を尖らせていじけるリリイ。そんなリリイをよそにリリアは服をああでもないこうでもないと着せ替えていた。そんな姉を見てリリイは助言することにした。


「おねーちゃん、この際だからおにーさんにシルシつけちゃったら?」

「ふぇ!? し、シルシ!?」

「そうそう。そしたらおにーさんも逃げられないじゃん?」

「だ、ダメですっ! シルシっていうのはですね、人間相手に継続的な魔力供給(性行為)をしてくれることを合意してくれたことの証なんですっ! タクミさんは、まだOKしてくれたわけでもないですし……」

「そんなこと言ってる内にさぁ、別の淫魔に取られちゃったりするかもよ? なんなら、おにーさんが別の淫魔と契約しちゃったりとか──」

「そんなことない……とは言い切れない、です、けど……」


 今にも泣きそうな顔をしている。


「わー! 嘘! 嘘だから! おにーさんだよ!? あの鉄壁童貞おにーさんにそんな度胸あるわけないじゃん!」

「そうでしょうか……」

「そうやって不安になるぐらいなら早くシルシつけて魔力供給してもらいなよ……」

「……よしっ、分かりました」

「お?」

「今日を、決戦日とします!」

「おぉ〜!」

「タクミさんにシルシを付ける許可が得られるように、やりますよ、リリア!」

「あ、許可制なんだ……」


 リリアはグッと両手で拳を作り、自分を鼓舞するのだった。

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