第8話 淫魔の精神攻撃
早速、リリアからドキドキするシチュエーションを教えてもらうことにした。こうなりゃヤケだ。開き直って売れる作品を描くために全てを賭けようじゃないか。
「それで、私がドキドキするデートシーンですけど……」
「待った。デートシーンは少し間を空けてからにしよう」
「どうしてですか?」
「デートシーンであれだけの反響があったからな。緩急が欲しいというか……。切り札はここぞという時に取っておきたい」
あまり同じようなシーンを描いても飽きられてしまうだろう。まだ投稿したのはワンシーンだけだ。今は新作漫画の導入期。もっと物語の幅を広げたいところだ。
「他にドキドキするようなシーンはないか?」
「うーん、そうですね……」
うーん、うーんと唸った後、パッと顔が明るくなる。どうやら閃いたようだ。
「学校! 私、学校に登校するシーンはどうでしょうか!?」
「登校ぅ……?」
リリアの口から出てきたのはなんとも面白くない、あまりにも日常すぎるシーンのように思えた。
「学校に行く男の子と女の子が、お互いに歩幅を合わせて歩いてるところってグッときませんか?」
「そうか……? めんどくさくね……?」
ダメだ。全くイメージが持てない。俺が童貞だからか?
「デートの時とはまた違った緊張感があると思うんですよねー。それに、周りに二人の関係がバレてない状況で隠そうとしてたり……あの独特の距離感、たまりません……!」
「距離感、ねぇ。そのシーンは主人公とヒロインは付き合ってるってことか?」
「付き合ってるのもありですし、付き合ってないのもありです!」
「オールオッケーじゃん」
それはそれで困ってしまう。はて、どうしたものだろうか。
「じゃ、今回は付き合いたての設定でいこう。何やかんやで前回のデートを経て二人は付き合ったと。キャラは前回と同じで、ビッチな女と陰キャくんでいこう」
「そ、それならですね……」
そして、リリアからドキドキするシチュエーションや心境を余すことなくご教授いただいた。その結果──。
「うおええええええ……!!!」
「何で吐いてるんですか!?」
「く、苦しい……! 胸焼けがひどい……! いや、眩暈もだ……!」
前回もそうだったが、今回も負けず劣らず甘々なシーンだった。登校するシーンだけだと思っていたが、リリアの口から漏れ出したシーンは朝起きてから学校に着くまでの短い間とは思えないぐらい濃密なシーン(エロ無し)となっていた。
「手を繋ぐとか繋がないとか……。視線合うとか合わないとか……。J-POPの歌詞か! どっちかにせぇよ!」
「そのどっちつかずの状態がいいんじゃないですか! タクミさんみたいに出会ってすぐ催眠かけてエッチしちゃうようなシーンはドキドキしないんですよ!」
「まぁ……確かに。って誰が出会ってすぐ催眠だ!」
悔しいがリリアの今言ったことは事実だ。相手の肉体に触れる触れないなど躊躇するような描写は求められていない。むしろ嫌われるような傾向すらある。
「まさか……描けないんですかぁ?」
こ、この淫魔……! この俺を誰だと思ってやがる……!
「描けらぁ!!!」
リリアに煽られながら何とかページを書き進めることができた。連続して投稿することもできるが、ダラダラ続けるより簡潔的に話を区切った方がWeb媒体では適しているだろう。
「うーむ」
「どうしたんですか? やっぱり描けな──」
「描けますぅー。漫画家ナメんなよ? いや、俺ってあんまり手をしっかり描いたこと無かったと思っただけだ」
「手……ですか? いつも見えてるのに」
「いつも見えてるからこそしっかり描いた事がないんだよ。エロ漫画は胸や尻をしっかり描くことはあっても手は適当だったからな。それに──」
「……? それに?」
「いつも見えてるって言っても、俺の手だしな」
女の子の手などまじまじと見る機会なんてこの先一生訪れないだろう。であるならば、自分の手を女の子の手に見立てて描くか、映像越しで描くしかない。実際それで何とかなっていたので苦労はなかった。
しかし、今回は女の子の手を握るか握らないかで意識するシーンを描く。手のアップのシーンを描こうとした時、少し悩んでいた。こういったシーンは手以外の描写がないコマなので、丁寧に描くべきだろう。
「なぁんだ。そういうことですか。じゃあ、ハイ」
「……?」
リリアが手を差し出した。
「精液はまだ出せないぞ?」
「ち、違いますよっ。手が描きたいんでしょう? 私の手で良ければ見せてあげますっていうことですよ」
「お、おう……そうか。じゃあお言葉に甘えて……」
差し出された手を見つめる。
俺と全く同じパーツなのに、リリアの手はとても綺麗だった。男の俺とは違い毛は生えておらず、指も細く華奢だ。自分でも変態的だとは思うが、ずっと見ていても飽きないとさえ思えた。
「……触ってもいいですよ?」
「え」
「み、見るだけじゃ情報量にも限界があるんじゃないですか!? ほ、ほら。タクミさん手とか繋いだことなさそうですし!」
「よくご存知で。あいにく、異性で手を繋いだことなんて母親以外に記憶がないな」
「あ、すみません……」
謝らないで? それと可哀想なものを見る目もできれば止めて?
「じゃあ……触るぞ」
「ど、どうぞ」
ゆっくりと、リリアの手をさわ──いや、どうやって触るのが正しいんだ? 握る? 手を絡ませる? どうすればいいか全くわからない。
とりあえず手の平に自分の手を乗せてみる。
「ワンちゃんのお手みたいになってますけど……」
「う、うるさいな」
「……ちょっと可愛いかも」
「何か言ったか?」
「い、いえ何も!」
結局、握手のような形で手を握る。
うわ……本当に俺と同じ手か?
手から伝わる柔らかさ。力を入れれば壊れてしまいそうな細さ。何から何まで自分とは違うように思えてきた。
「どう、ですか?」
「どう……って言われても、な。よく、分からん」
「じゃあ……これなら?」
「っ!?」
指と指を絡ませてきた。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。手に隙間が生まれない。完全に繋がってしまった。
「これなら、分かりますか?」
「お、おまっ……て、手を繋ぐか繋がないかで葛藤するシーンだろ、今は……!」
「こ、これは……他の人に見られていないときに、大胆に繋いだシーンもあったほうがいいと思いまして……。それで、描けそうですか……?」
上目遣いで見つめられる。
手だけ繋がっているだけなのに、全身が熱い。
頭がおかしくなりそうだった。
こんな可愛い子になら、童貞を捧げるのも悪くは──。
「タクミっちいるー? お、ちょうどリリアたんもいるじゃーん」
突然扉がノックされた。それと同時に俺たちは光の速さで手を離した。声の主は由梨さんだった。
「な、ななな何じゃい!?」
「何じゃい……? いや、昨日ウザ絡みしちゃったって楓さんから聞いてさー。二人には悪いことしちゃったなーって思って。まぁ何したか覚えてないんだけどねっ☆」
「いや……気にしてないので大丈夫っす……」
「てか二人とも顔赤くない? だいじょぶ? エッチする前みたいじゃん笑」
「や……そんなんじゃないっすから……マジで……」
「そ? じゃ、私はもうひと眠りするわ。おやすみ~」
「お、おやすみなさーい」
そして、由利さんは部屋を出ていき、足音が段々と遠くなっていった。
「……」
「……」
あ、危ねぇー! もう少し、もう少しで童貞を捨てて、いや、奪われてしまうところだった!
リリアにも感づかれているかもしれない。こんな簡単にドギマギしているようでは馬鹿にされるに決まってる、そう思ってリリアの方を見た。
「……」
「……? お、おい?」
リリアは少し俯きながら、目が泳いでいた。何だか顔やら耳やら赤くなっているような。
「おーい、リリア? リリア先生?」
「はっ! な、何ですか!?」
「いや……全身真っ赤だけど……へ、平気か?」
「ななな、何でもないですっ! さっきので知識は十分ですよねっ!? 私、部屋に戻りますのでっ!」
そう言って部屋から出て行った。
「……ふぅーっ! 危機一髪だったぜ……」
危うく童貞を喪失するところだった。肉体接触は危険だということがよく分かった。次からは気をつけなくては。
リリアは部屋に戻り、ベッドにダイブした。
「うああああああああああ……!」
枕に顔を押し付け、声にならない声を叫ぶ。
「うぅ……! わ、私は淫魔なのに……! 人間にドキドキさせられるなんて……!」
相手は人間、しかも女性経験のない童貞だ。魔界では落ちこぼれと言われていた自分でも簡単に堕とせるものだと思っていた。
「何でドキドキしちゃってるの、私ぃ……!」
もっと人間をよく知らなくては。リリアはより一層気合を入れるのだった。
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