第6話 淫魔さんいらっしゃい

 夕食を食べてからベッドに倒れ込み、今日の出来事を振り返る。


「今日は色々ありすぎたな」


 自分の漫画があれだけバズったのは初めてだ。いや、自分の漫画ではない。あれはリリアが教えてくれて初めてできたものだ。


「……描いてみるか」


 リリアの教えを思い出しながら漫画の続きを描いてみる。


「……か、描けねぇ……!」


 やはりどうしても思い浮かばない。イメージしても頭の中にモヤがかかり、描き起こすことができなかった。


「こっちは筆が早いんだけどなぁ」


 本業の方をチラリと見る。普段は1日1ページのところ、今日は筆が早く2ページも進めることができた。


「ま、あれは気まぐれで描いたやつだし? 中山さんはシリーズで単行本だとか言ってたけどどうせ勢いからの冗談──」


 スマホから着信音が鳴った。相手は……中山さんだ。


「もしもし」

「先生、描かなくてもいいやとか思ってないですよね?」

「こわっ。エスパーですかあなたは。もしくは自分に盗聴器つけました?」

「いいですか先生。先ほども言いましたが成人誌の方はちょっとぐらいなら後回しでもいいんです。そちらは代わりはいくらでもいるので」

「おい」

「というのは冗談ですが、あの漫画が素晴らしいということだけは覚えておいてください。ファン層が広がること間違いなしですから。じゃ、楽しみに待ってますよ」


 それだけ言って電話を切られてしまった。簡単に描けるのならこんなに悩んではいないのだが。


「屈辱的だ……あの淫魔がいないと描けないという事実が……」


「ようやく私で童貞を卒業する気になりましたか」


 はっ……! 殺気ならぬ淫気……!


 振り返るとそこには腕を組んでドヤ顔を決め込んでいる淫魔がいた。ちなみに格好はどエロい悪魔的正装だった。


「来たな淫魔め……!」

「今の話、聞いてましたよ。私がいないとダメ、なんですよね?」

「……悔しいが、その通りだ」

「お、おぉ……今回はやけに素直ですね。ちょっと調子狂うじゃないですか」

「頼む、力を貸してくれ」

「……ふ、ふふっ。ようやくその気になってくれましたか。私の考えた作戦はどうやら徒労に終わりそうですね」


 その背中に持っているのは四角い細長いもの。何かのDVDのようだが……あ、あれAVだわ。だってAV特有のフォント見えてるし。


「何でAV持ってるんだ?」

「へ? こ、これは一緒にエッチなDVDを見てムラムラしちゃいましょう大作戦のキーアイテムでして……で、でもそれも必要ないですから! だって拓巳さんは既に童貞捨てるつもりで──」

「いや、捨てるつもりはないんだが」

「な……だ、騙しましたね! 私を弄んで楽しいですか!?」

「勝手に弄ばれてただけだろうが」


 というか毎回とんでもない作戦を思いついてくるな。直球すぎて逆に引くレベルだ。


「へっくちゅん、うぅ」


 ブルブルと身震いしている。今日はそこまで寒くないはずだが……あぁ、格好が際どいからか……。


「なんだよ、淫魔でも風邪引くのか?」

「いえ、連日の野宿が響いているだけです。さぁ、そんなことより貴方の童貞を──」

「いや、ちょっと待て。野宿?」

「へ、はい。私、家ないですし」

「家がないって……今までどうやって生活してきたんだよ」

「えっと、河原で寝たりとか公園の人気が少ないところで寝たりとかですね」


 頭が痛くなってきた。ということは、今までこいつはその辺で寝ていたということか?


 あ、ヤバイ。さっきまでリリアの格好で少し勃ってしまっていたが、可哀そうになってきた……。


「どっか行く宛とかないのか」

「ないですね。人間界に私と同じ種がどこにいるか分からないですし……」

「部屋を借りるとか」

「こ、戸籍ないですし。それにお金もなくて……」

「戸籍をお持ちでない!?」

「あ、煽るのやめてください!」

「いや、あまりにびっくりして……」


 確かに淫魔が戸籍を作ろうと思ったら難しいのだろう。役所の人が頭を抱えそうな案件だ。


「そこはほら、催眠とかで人間を思うままに操れたりとかしないのか?」

「わ、私は催眠が大の苦手でして……だから魔界でも淫魔として落ちこぼれだってよく先生に言われてたりしましたね……」

「あ……な、なんかすまん」

「いえ、こちらこそ……期待を裏切ってすみません」


 ……き、気まずぅ〜い!  こういう時モテる男って話題を切らさず展開できるんだろうが、こちとら生まれてこの方童貞の男。女の子との接し方など行き当たりばったりでしか対処してきていない。


「あ、でもお前、昨日はちゃんとした格好してたじゃないか。あの服はどうしたんだよ」

「あれは道ゆく人の格好を参考にして魔力で作ったものですよ。もちろんタダです」


 服を描くときに役立ちそうだな、とまた漫画家特有の考えが浮かんでしまう。もはや職業病だ。


 ぐぅぅぅ……


「……」

「……」

「……もしかして、お腹も減ってるのか?」

「う……きょ、今日は収穫が少なくて……」

「収穫て。はは、ゴミ漁りでもしてたのかよ」

「……」

「は、はは……は……」


 え、まじ? マジでそこまで不憫なのかこいつは。


「……じゃ、じゃあ俺は仕事するから。で、できるだけ雨風が防げるようなところで寝てくれな?」


 俺はリリアから目を背けて作業机に向かい合う。これ以上リリアを見てると感情移入してしまう。


「あ、はい。そうですね。今日も童貞くれそうにないですし、帰りますね」


 相手は淫魔だ。ちょっとぐらい過酷な環境でも生きていけるだろう。野宿したって、ゴミ漁りしたって……独りぼっちだって……。


「夜分遅くに失礼しました。それでは──」


「おい」


「え?」


「……かわいそうなのは、抜けない」


「な、何ですって?」


「かわいそうなのは、抜けないって言ったんだ! 無駄にしおらしくなりやがって! 調子狂うんだよくそっ!」

「な、はぁ!? 急に怒り出したかと思えば私がしおらしくなったぁ!? 何言っちゃってるんですか頭もイっちゃってるんですか!? お、おちんちんはイかないのに!?」

「うるせえええええええ! というかお前、淫魔のくせして礼儀正しすぎるんだよ! なんだよ夜分遅くに失礼しますとか! 恥ずかしくないんですかぁ!?」

「はい今の淫魔差別ぅ! 私だって頑張ってるんですぅー!」


 コンコン。俺たちが言い争っていると部屋の扉がノックされた。


「あのー拓巳さん? もうこんな時間ですし、あまり大きな声で騒ぐのは控えて欲しいんですけど……というか他に誰かいます?」


 まずい! 楓さんだ! 今は扉越しで話してくれているが、いつ扉を開けて入ってくるか気が気でない。


「ま、また悪寒がしますぅ……」


「はぁ!? こんな時に何言ってるんだお前は!」


「うぅ……頭がくらくらしますぅ……」


「ちょ!?」


 リリアがもたれるようにこちらに体を寄せてきた。突然の行動に対応することができず、俺とリリアは一緒に床に倒れてしまった。


「……た、拓巳さん? 入りますよ?」


「あ」


「あっ……」


 扉を開けた楓さんと目が合う。倒れてる俺の腕の中には際ど過ぎる格好をした女の子。この状況、どう説明すれば切り抜けられるのだろうか。


「拓巳さん……」


「はい……」


「何か言い残すことはありますか?」


「お願いですから殺さないでください」



 結局、その後は俺が1から全て説明することで楓さんに状況を理解してもらうことはできた。


「ふむふむ……つまりまとめると、その子はリリアちゃんでインマ? さきゅばす?という種族で人間じゃない、と」

「えぇ。角とか尻尾とか本物っぽいですし、ただのコスプレ痴女ではないみたいです」

「にわかには信じられないですけど……ところで、インマって何ですか?」


「え」


 淫魔を説明しろと言いますか。俺から説明すると卑猥な説明になるのは避けられなさそうだ。


「おい、お前から言え……ってさっきからなんで震えてるんだよ」

「そ、その人が怖くて……」

「怖い?」


 リリアは楓さんを見て怖がっているようだ。楓さんに怖い要素なんて皆無──とは言えないけど今は恐怖を感じるような雰囲気ではないと思うが。


「直視しづらいと言いますか、ま、眩し過ぎるというか……背後にとんでもなく輝かしい何かが見えるんです……!」


「え、ど、どこ? どこですか?」


 楓さんはキョロキョロと周りを見る。が、当然何も見えない。俺にも見えていない。推測だが、楓さんの聖母のような清く美しい姿が悪魔には毒なのだろう。そういうことにしておこう。


「それより、リリアちゃん。お家がないって本当?」

「は、はい。まぁ死ぬわけじゃないですし、全然平気で──」

「いけないわそれは!」

「うひゃあ!?」


 楓さんが身を乗り出してリリアに接近する。リリアは本当に眩しいのか目を瞑ってしまった。


「ち、近いですぅ……」

「あ、ごめんなさい。でもダメよ。いくら人間じゃないからと言って、お家がないのはきっと苦しいはずよ。誰か頼りになる人はいるの? ご飯はちゃんと食べてる? 風邪とか病気になったりせず健康に過ごせるの?」

「うあぁ……じょ、浄化されていきますぅ……」


 無償の愛攻撃はリリアに相当効いているようだ。


「……楓さん、リリアをこの江口荘に住ませてあげることはできませんか」

「え? た、拓巳さん?」

「そうですね。1人よりは絶対いいですし。私は全然オッケーですよ」

「ちょ、ちょっと!? 何勝手に決めてるんですか!?」

「え、嫌なのか?」

「そ、そりゃ拠点があれば私にとって都合が良いですけど……というか、なんで拓巳さん急に優しくするんですか?」


 純愛の漫画のアイデアくれ! と頼み込むのは漫画家のプライドが邪魔をして言えなかった。


「女の子に優しくするのは、当たり前だろ?」

「「嘘ですね」」


「あれ、アニメだったら女の子が赤面するシーンだと思ったんだが……というか楓さんまで否定しなくても……」

「拓巳さんは口下手ですし……」

「そうです。それに、私が童貞奪おうとすると追い返そうとしてたじゃないですか。嘘だってことはバレバレですよ」


 その瞬間、空気が凍った。


「り、リリアちゃん?」

「はい?」

「その……拓巳さんと、その、えっちなことをするために来たってこと?」

「そ、そうですけど……」


 それが何か? という顔をするリリア。これはまずい。楓さんが情報を処理しきれずパンクしてしまう。


「淫魔流ジョークですよ楓さん。魔界で流行ってるらしいです」

「え? あ、そうなんですか? や、やだ私ったら……」

「ちょっと、私は真面目に──!?」

「ちょっと黙っててくれ」


 これ以上リリアに喋らせると楓さんがもたない。しかし、俺にも気になることはあった。


「そういえば、なんでリリアは人間界に来たんだよ」

「えーと……それはですね。私たち淫魔は少子化が進んでいて、種族の全体数が減ってきているんですよ」

「魔界でも少子化とかあるのね……」

「そうなんです……魔界だけで種族反映するのは流石に厳しくなってきてまして……なので今は人間界に降りて種族を繁栄させようという動きが始まりつつあるんですよ」


 さらっと言っているが、言い方を変えれば人間界が侵略されてるのではないだろうか。


「おっと、ご心配なく。私たちはあくまでも合意の上で人間さん達と夜の営みに及んでいるので」


「合意の、上……?」


 俺はやってきてすぐにパンツに手をかけられたんだが……あれが合意の上……?


「なんだ、合意の上なら大丈夫ですね」

「楓さん、騙されないでください。こいつ俺の童貞奪おうとしてるんですよ。レイプですよレイプ」

「人を悪者みたいに言わないでくださいっ。私は拓巳さんが30歳になろうという年で童貞であるという欠点を補おうとしてるんですから」

「はい出ましたステレオタイプの価値観~。お前は今かなりの敵を作ったことに気がついていないようだな。今の時代20代で童貞なんて珍しくないぞ」

「嘘ですね。何かそういうデータあるんですかぁ?」

「こいつ……匿名掲示板創設者みたいなこと言いやがって……それに俺は欠点だとは思ってないからな。童貞でいるから俺はこの世に生を受けているんだ」

「ど、どうしてそこまで……」

「俺が漫画を描けるのは童貞であるが故だ。真実に囚われないどこまでも無限に広がる妄想の世界。それは童貞じゃなきゃ描けない世界なんだよ」

「なる……ほど?」


 きょとん、とリリアは首をかしげる。どうやら理解してはくれないみたいだ。楓さんはさっきから赤面してばかりだし。


「そういうわけで、俺は童貞を捨てるわけには──」

「たっだいまぁ〜」

 この間の抜けた声は……由梨さんか。とても嫌な予感がする。

「楓ちゃ〜ん、お腹すいたぁ。何か食べるもの──あら」


 ばっちり。リリアと由梨さんの目が合った。


「うっわああああああ!? 何この子!? 可愛いぃぃぃぃ!!!」

「ひょわああああああ!?」

「え、何この角とか羽!? コスプレってやつ!? やーん可愛すぎぃ! チューしよ、はいチュー……」

「うわああああああああ!? こ、この人出会い頭にキスしてこようとしてますううううう!!!」


 由梨さんの方がよっぽど淫魔っぽいな。由梨さんのちゅっちゅ攻撃にリリアは防戦一方だ。


「あはは、恥ずかしがってる〜。ねぇねぇ拓巳っちも犯したいって思うよねぇ」

「由梨さん。酒くさいっす」


 顔が近い近い。普通ならドギマギするところだがそれを上回る酒臭さでそれどころではなかった。消毒液を顔に近づけられてる気分。


「照れるな照れるな。寂しかったねぇ、均等にちゅっちゅしてあげるからさぁ……」

「うおおおおおおおお!? 俺の貞操もヤバい!!! 俺はちゅっちゅ要りませんから!」


 キス魔からの攻撃を必死に押しのけ、リリアにパスする。


「ひっ!」

「いやぁ、この子マジで可愛いんだけど。服もエッチだしさぁ、いやこれもう誘ってるでしょ……。そうだよねぇ? はい、エッチすぎの罪でペナルティキッス、いっくよぉ……」


 おぉ……目の前で百合展開が広がって……ないな。酔っ払いのおっさんに襲われてる女の子という状況の方がしっくりくる。これはこれでアリか。メモメモ。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「やめなさいっ!」

「へぶぅ!?」


 楓さんの鉄拳制裁、もといフライパン制裁が下された。由梨さんの頭にフライパンが直撃する。明日にはたんこぶになっていること間違いなしだろう。


「痛ぁ〜。ちょっと楓ちゃんひどいよぉ」

「リリアちゃんが嫌がってるでしょう! 少し頭を冷やしてくださいっ!」

「すんましぇ〜ん」


 そう言って由梨さんは寝てしまった。ようやく嵐が去った。


「うぅ……危うく辱められるところでした……」


 リリアはすっかり怯えてしまってこちらに身を寄せてきた。楓さんも怖い、由梨さんも怖いとなると拠り所が俺しかいないのだろう。おっぱいがめちゃくちゃ当たってるんですがそれは。


「リリアちゃん。今お部屋を準備しますから少し待っててくださいね」

「え、あ、あの……」


 ニコリと微笑みを残して楓さんは立ち去った。


「ど、どうして見ず知らずの、それに種族も違う者にあんな笑顔を向けられるんでしょう……恐ろしいです……」

「そういう人なんだよ楓さんは。あまり怖がってやるなよ」


 その後、リリアは部屋に案内され江口荘で一夜を過ごしたのだった。



 そして次の日。俺は朝起きて居間に行くとリリアがちょこんと借りてきた猫みたいに座っていた。


「あ、お、おはようございます」

「あぁ、おはよう」


 昨日の露出度の高い格好とは違い、Tシャツにジャージという休日のズボラファッションをしていた。


「……」

「な、なんですか」

「いや……なんでそんなダサい格好してるのかなと思って」

「ダっ……! い、いいじゃないですか。正装以外だとこれが一番楽なんです」


 あの正装は楽なのか。四六時中あの格好をされては刺激が強すぎるので俺としては大助かりだ。


「おはよ……ってあれ? その子は?」


 次に降りてきたのは聖也だった。寝起きとは思えないぐらいしゃんとした格好をしている。こいつにはイケメンではない時などないのだろう。


「は、初めまして。リリアと申します」

「リリア……? 海外の方かな? 日本語上手いね。俺は桜井聖也。よろしくね」


 自然な流れで相手を褒めて手を差し出し握手を求める聖也。これだけで相手を惚れさせ、相手は死ぬ。末恐ろしい男である。


 まじまじとリリアは聖也を見る。聖也の方は見られ慣れているのか、ニコニコ笑ったままだ。


「あの……あなたはインキュバスですか?」

「え?」

「ぶっ!」


 思わずお茶を吹き出してしまった。インキュバスとは簡単にいえば男の淫魔だ。サキュバスの対となる存在と言われているんだとか。


「い、インキュバスて……く、くくっ……!」

「拓巳、笑いすぎ」

「え? え? 違うんですか? で、でもこの男性から感じる色っぽさはインキュバス特有のものだと思ったんですけど……」

「いやいや、聖也は人間だよ。いやぁ、イケメンが過ぎると人として認識されないみたいだな。はっはっは」

「……なんて反応すればいいのか困るんだけど。というかインキュバスなんて単語が女の子の口から出たのが僕はびっくりだけどな」

「リリアは淫魔だからな」

「え? 何それなんてエロゲ?」


 まぁその反応にはなるよな……。


「え、エロゲ……?」


 リリアが若干引いている。まぁその反応にもなるだろう。こんなイケメンの口からエロゲなんて言葉が出てくるとは思わないだろう。


「みなさん、ご飯ができましたよー」


 次々と料理が運ばれてくる。いつ見てもご機嫌な朝食だ。


「……」


 リリアはまじまじと料理を見ている。この量の朝食は圧巻だろう。


「さぁ、召し上がれ」

「い、いただきます」


 楓さんに促されるまま、リリアは辿々しい動きで箸を掴んだ。卵焼きを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。


「……美味しい」

「良かったぁ。いっぱいあるから、たくさん食べてね」

「あ、ありがとうございます。はむっ、むぐっむぐ……」

「急いで食べなくても大丈夫ですからね。あぁ……年頃の女の子が私の手料理を食べてくれてる……あんなに急いで……美味しそうに……」

「楓さん、トリップしてるね」

「あぁ、人の幸せそうな顔で飯が食えるような人だしな」


 リリアは次々と料理を口に運ぶ。その箸は止まることはなかった。


「じゃあ俺も食べ──ってもうないんだが!?」

「むぐっ!? た、拓巳さんも食べるんですか!?」

「当たり前だろうがっ! 俺だけじゃなく聖也も食べるわ! こちとら楓さんの朝食を食べることだけが早起きのメリットなんだよぉ!」

「まぁまぁ、それだけ楓さんの料理が美味しかったってことでしょ」


「あぁ……あぁ……幸せぇ……」


 楓さんが完全にキマっていらっしゃる。結局朝は楓さんもトリップしたまま帰ってこなかったので食べ損ねることになるのだった。

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