第5話 波が来た
リリア先生から講義を受けて、漫画を描いた数時間後のことだった。
「んーっ! そろそろ休憩するか」
作業に一区切りつけて伸びをする。そして自然とスマホに手が伸び、適当にソシャゲのクエストを回した後にSNSを開く。
「……ん?」
異変はすぐに気づいた。
なんか……めちゃくちゃ通知来てないか?
通知マークのところには「99+」と通知の数がカンストしていた。俺も一応漫画家だ。漫画をあげれば多くの反応が得られることは珍しくないが、今回はあまりに早過ぎるし多すぎる。
「……ま、そういうこともあるか」
俺は特に気にすることもなく、1階に降りていった。
すっかり夕飯の時間だ。江口荘では決まった時間にご飯が出てくるという素晴らしいシステムだ。もちろんその分家賃に含まれているのだが、1食300円ほどで提供してくれるのでこれほどお得なことはない。
「あ、拓巳さん。もう少しでできますから、待っててくださいね」
「いつもありがとうございます。楓さん」
「ふふっ、いえいえ」
本当にいい人だな、と思いながら居間に入ったところで、異変があった。
「……」
「……」
ゴゴゴゴゴ……と音が聞こえてきそうな迫力を持った2人がそこにはいた。
1人は聖也。腕を組みながらどっしりと構えている。まるで地上最強の頑固親父のようだ。ちょっと怖い。
もう1人は恭子だ。コイツは今にも人を殺すんじゃないかみたいな目をしている。人間がしていい目ではなかった。かなり怖い。
「ど、どうしたんだよ2人とも」
恐る恐る居間へと踏み込んだその時だった。
ぐるり! と2人の首が瞬時に動きこちらを見た。泣きそうになるほど怖い。
「拓巳!」
ガシぃッ! と聖也に肩を掴まれる。
「拓巳! どうしたら続きを見せてくれるんだ!? 金か!? 金を払えば描いてくれるのか!?」
「いてててて!? 痛い! 食い込んでる! お前の指が俺の肩に食い込んでるから! というか何の話だ!?」
「とぼけるなぁ! あんな尊い漫画あげといてしらばっくれると思うなよ!」
あ、これ完全にオタクモードだ。
聖也は見た目は超絶イケメンだが超絶オタクでもある。
俺の描いたエロ漫画も読んでくれてるし、深夜アニメのリアタイは基本。ネット掲示板で実況しながら見るレベルである。
「あんた……純愛は描かないとか言ってたけど、ふぅん、そういうこと。宣戦布告ってわけね」
「お前まで何言ってるんだ。ちゃんと寝たか? 人殺しそうな目してるぞ」
「そりゃ、あんたがあんなもの描いてくるなんて、闘争心が抑えられないって言うの
? 今までなんで描かなかったか不思議なレベルよ。とにかく腹が立ってるから死んでくれない? キモイから」
「こわっ、シンプルな悪口一番こわっ」
2人が言ってるのは俺が投稿した漫画のことか。SNSを開いてみる。
「な、なんじゃこりゃあ……」
俺の投稿した漫画がアホみたいにいいね、RTをされていた。いいね数は20万、RTは10万と過去最高の反応だった。
『なにこれ……続きはよ』
『これどこで買えるんですか?』
『あなたエロ漫画家ですよね? こんな尊い漫画描けるなんで失望しました。ファン辞めて信者になります』
などなど、リプライもとんでもないことになっていた。
「い、一体何でこんなことに……」
「そりゃアンタが漫画あげたからでしょ」
「で、でもあの漫画何の捻りもなくないか!? 普通にデートして普通に主人公とヒロインがモジモジしてばっかりだったと思うんだが──」
「その、普通さが大事なんじゃないかと俺は思うんだ」
クイッ、とどこから取り出したのか分からないメガネをあげながら聖也は言った。
「そうだな……キャラはビッチそうな見た目でウブ、かなり萌え漫画寄りなんだけど、シチュエーションがありがちだけど不思議と誰も描いてなかった、そこに目を付けた着眼点の素晴らしさかな。ドキドキの描写もまるで登場人物たちのデートを間近で見ているようなリアリティある表現。見ているこっちまでドキドキさせられるような心理描写。どれをとっても完璧だったと俺は思いましたね、えぇ」
「めっちゃ早口やんけ」
一部聞き取れないぐらい早口だったが、とにかく俺はとんでもない漫画を描いてしまったらしい。
「悔しいけど、私も面白いと思ったわ」
おぉ……恭子から面白いなんて評価を受ける日が来るとは。いつもは『頭もチンポで出来てるんじゃないの?』というようにクソみたいな批判をしてくるだけあって、現実感がない。
「いいところは桜井くんが言ってくれたから省くけど、バズるのも頷ける内容であったのは確かよ」
「ま、マジでか……」
リリア先生……貴方の教えをバカにしてすみませんでした。あなたのことは一生忘れません……。
「そろそろ来ると思うわよ」
「え、来るって何が──」
恭子に問いただそうとした瞬間、電話がかかってきた。編集の中山さんからだった。
「はい、もしもし」
「先生……次の作品はいつ投稿する予定ですか?」
「え」
「次はいつにしましょうかと聞いたんですよ僕は!!!」
「う、うるせっ!?」
耳元で叫ぶな。鼓膜が破れるかと思ったわ。
「あぁ、すみません。つい興奮して。で、書籍化の予定なんですが──」
「中山さん、落ち着いてください」
完全に我を見失っている。電話越しなので顔を見ることはできないが、もし対面で会っていたら目が¥マークになっているに違いない。
「先生……私は信じてましたよ。先生がやればできる人だってことを」
「えーとですね、あの漫画は俺だけのアイデアじゃなくて──」
「ぜひ、そちらの投稿も進めていただきたい。何だったら本誌の方は掲載延期もしちゃいましょうよ」
「それは編集者としてどうなんです……?」
「おっと、会議の時間だ! それでは、また後日詳しい話を聞かせてくださいね!」
「あ、ちょ」
プツ。電話は切れてしまった。
「はぁ……とんでもないことになってしまった」
「ねぇ、今のどういうこと?」
「え、なにが?」
「だから、あの漫画が俺だけのアイデアじゃないってこと。もしかしてパク──」
「断じてパクってはない」
漫画家なだけあって著作権関係には敏感だ。パクリをしていないことは神に誓ってもいい。
「じゃあ、誰か協力者がいたってことか?」
「あー……まぁそんなとこだ」
実は淫魔に協力してもらったんだ、とは言えず。
「みなさーん、ご飯ができましたよ……ってあら? 何かあったの?」
「いえ、何でも。食べましょう」
「……?」
恭子は納得していないようだったが、説明できないものはしょうがない。俺はもくもくと夕食を食べ進めるのだった。
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