第4話:ルール決め

「僕も、タダで食事や家を提供するほどお人好しではないです。やるべきことは、ちゃんとやってもらいます。今日は一日休みなんですよね? 今日一日ゆっくり話し合って、それからどうするか決めましょう。まずは、家事分担について。緑さん、お仕事のお休みは定休ですか? 不定休ですか?」


「えっと……週休2日の土日休みです。あ、でも、第二土曜日だけは仕事です」


「なるほど。仕事は何時から何時まで?」


「九時から夕方の六時まで。残業はほとんどないので、定時で帰ることがほとんどだと思います」


 私は一般企業の正社員。一方、彼は小説家で、曰く「毎日が仕事であり、休みのようなもの」とのこと。


「お互いの考慮して、家事の分担決めと、他にもいくつかルールを決めましょう。参考までに、彼が生きていた頃の家事分担表です。陽希はるきというのが、恋人の名前です」


 そう言って彼が出してきたホワイトボードは平日と休日に区切られており、平日の欄には幸人さんの名前しかない。当時の二人は私と同じく一般企業の正社員で、平日はほとんど働いていたらしい。陽希と書いてあるのは土日の昼食と夕食と洗濯、それから平日の夕食の片付け。朝食は幸人さん担当になっている。


「陽希さん、朝弱い人だったんですか?」


「はい。なので、平日の家事はほとんど僕が担当してました」


 気になるのが、ボードに書かれたペナルティという欄。二人の名前の下に手書きで正の字が書かれている。


「あぁ、これですね。忘れていたり、サボったりした場合に一ポイントずつ貯まっていって、正の字一つ分——つまり、五ポイント貯まるごとに相手の言うことを一つ聞くというシステムです」


「な、なるほど……」


 二人のポイント数を見比べるだけで性格の違いがよく分かる。幸人さんの欄はほとんど貯まっていないが、陽希さんの欄にはいくつもの正の字が書かれている。


「あ、ちなみにこれは喧嘩した時にも貯まるシステムになっていて、喧嘩の原因となった方には五ポイント加算されてます。やたらと彼の方に正の字が多いのはそういうことです」


「な、なるほど」


「ちなみに、誤魔化そうとした時は二倍になってます。×2となっているのがそれです」


 よく見ると確かに×2と書いてあるものがちらほら。普通の正の字より多い。


「……めちゃくちゃ誤魔化そうとしてますね」


「そういう人だったんですよ」


 そう言って彼は懐かしそうに、だけどどこか寂しそうに笑った。


「けど、素敵な人だったんでしょうね」


「そりゃもう。彼以上に好きになれる人なんて居ないと言い切っても良いくらいです。それで……同居するにあたって、このペナルティポイント制度を応用しようと思います」


「応用?」


「はい。ポイントの貯め方は変わりません。ペナルティを少し厳しくします。一ヶ月で五十ポイント以上貯まってしまった場合、家を出て行ってもらいます。それで良いですか?」


「……月五十ポイントって、そうそう貯まらないですよね」


「彼は割とあっという間に超えてましたよ」


「二倍多いですもんね……」


「もうちょっと厳しくします?」


「……いえ。五十で」


「はい。じゃあ、家事分担しましょう。とりあえずお互いに希望の場所に名前入れて、被ったり、空欄になったら要相談で」


「えっと……これ……名前、消しても大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫ですよ。そのボードはそのまま再利用しましょう」


「けど……これ、このまま残してあったんですよね」


「あぁ、大丈夫です。ただ単に、使ってなかったからそのままになっていただけですから。毎月写真撮ってたので、わざわざそこに残す必要はないです」


 彼が見せてくれたスマホには、ペナルティと書かれたファイル。


「ペナルティの数を月毎に記録して年末に合算して、多かった方の奢りで忘年会をしてたんです」


「ほとんど陽希さんの奢りだったんでしょうね……」


「ふふ……そうですね。……それで、今更なんですが、一緒に暮らすという方向で良いんですよね?」


「はい。……素直に甘えることにしました」


「良かった。じゃあ、家事分担表に自分の名前だけ書いていってください。無理なくこなせそうな範囲でいいですからね」


 躊躇いつつ、ボードに書かれた彼と彼の恋人の名前を全て消し、自分の出来そうな範囲で名前を書いていく。ボードを渡すと彼はうんうんと頷いた。


「私も朝苦手なので、朝食はお任せします。けど、早く起きれたら私にも手伝わせてください。と言っても私、料理自体苦手なのであまり役に立てないかもしれないですけど……」


 故に、食事の欄は全て幸人さんの名前を入れてしまったが、大丈夫だっただろうか。


「大丈夫ですよ。料理は好きなので。今までもずっと毎日自炊してましたし。それに僕、彼と暮らすまでほとんど包丁も握ったことなかったですから」


「あー……男だからですか」


倉田家の考えは古い。私に男兄弟はいないが、父が祖父母から男は家事を覚える必要はないと教えられていてもおかしくはないと思う。


「はい。家事は女の仕事だと」


「やっぱり……」


「安心してください。あの家を出て二十年近く経ちますから。家事は慣れてます」


「流石に二十年もやっていれば心配はしないですよ」


「じゃあ、これで決定していいですか?」


「はい。よろしくお願いします」


「こちらこそ。これからよろしくお願いします」


 こうして、私は彼の家で暮らすことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る