第38話

 ルーカスさんが会いに来てくれた日から数ヶ月が経ったある日のこと──。


「キャァァァァァ!!!!」


 朝の見回りを済ませ、城内の廊下を歩いていると、エマの部屋から悲鳴が聞こえてくる。俺は急いで部屋へと向かった。


 ──部屋に入ると、信じられない光景が飛び込んできて、俺は足を止め言葉を失う。そこには、顔を両手で覆いうずくまっているエマとその隣にはソフィアが居た。いや……ソフィアの姿をしたファシナンテだ!


「何でお前が……エマに何をしたッ!?」

「良い表情してるね、アルウィン。せっかくまたこうして会えたんだ。特別に教えてやるよ」


 ファシナンテはニヤリと不気味に微笑み、語りだす。


「お前に顔を吹き飛ばされた後、確かに私は死に掛けた。そこへこの娘が私の前に現れ、こう呟いた『遅かった……』と。その一言で私に用事があると分かった私は、まだ動く手で、倒れている手下の頭を持って来いと指示をした」


 ファシナンテは余程、自分の事を語りたかったのか、その時の様子を大袈裟な身振り手振りで表現する。


「こいつは直ぐに分かったんだろうね。ちゃんと指示通り頭を持って来たよ。後は簡単、その頭を私の能力でくっ付けて、私は復活って訳さ」

「それでソフィアを殺して、体を奪ったって事か?」

「奪った? いや、違うね。こいつが望んだのさ」

「え……?」


 ソフィアが望んだ? 何でそんなことを? 思わぬ返事に俺が混乱していると、ファシナンテはまだ語りたい様で口を開く。


「私が復活した後、こいつはこう言った『あなたがファシナンテ? 力を貸して欲しいの』と……私もさすがに驚いたよ。そんな人間、見た事なかったからねぇ」


「理由を聞くとこいつは『アルウィンに復讐をしたい。あいつが私より幸せなのは絶対に許せないの!』なぁーんて、醜い事を言い出すから気に入っちゃってねぇ。手伝う代わりにこいつの肉体を頂いたって訳さ」

「あいつ、馬鹿な事を……」

「私は気に入った奴には尽くすタイプだから──」


 ファシナンテはそう言って、エマに近づき腕を掴み上げる。エマが覆っていた手は退かされ、顔が露わになる。呪いを掛けられてしまったのかエマの白くて美しい額が一部、爛れてしまっていた。


「ちゃーんとこうして、願いを叶えてやったのよ」

「いやぁぁぁぁ……アルウィン様、見ないでくださいッ!」

「何を言っているんだい。ちゃんと愛しのアルウィン様にタップリ見せておやりよ。キャハハハハハ」

「てめぇッ!!」


 俺は怒りを抑えきれずファシナンテに向かってフレイムを放つが……あっさりマジック・シールドで防がれてしまった。


「幼馴染相手にツレない奴だねぇ」

「うるせぇ、お前の魔力からソフィアの気配が無いのは分かってんだよッ! それよりお前も愛しのデストルクシオンが居なくなった割には随分と余裕じゃないか? あいつは俺の魔法で消滅したんだ。悔しかったら俺に攻撃して来いよ!」


 挑発して、攻撃してきた隙を狙って、エマを奪い返す! ──そう思っていたが、ファシナンテは一瞬、今にも襲ってきそうな表情を浮かべただけで、何もせずに表情を戻した。


「──ヤレヤレ……つまらない奴になっちまったねぇ。王女様を救うために安い挑発をしてきたんだろうけど、その手には乗らないよ。デストルクシオン様は──」


 ファシナンテはそう言い掛けて口を閉ざす。何だ……? 何を言おうとしたんだ? まさかデストルクシオンは死んでないとかじゃないだろうな? ──そんな訳が無い。魔力感知が出来るルーカスさんが、ちゃんと見届けてくれたはずだ。


「おっと、喋り過ぎる所だったよ……ヌンヲウヤレシヲヒシエホタノンイモリナハミ、リョキホソルバルイマム──」と、ファシナンテは何やら詠唱を始める。


 くそ……体中に魔力を巡らせているのは分かるが、魔物の言葉なのか、何を言っているのか、さっぱり分からない。唱え終わる前に攻撃して、エマを解放したいところだが、エマに当たらないよう攻撃するには、どうしたら良い……。


「リョキホソルバルイマム。タママルタヒアレイホゾツバウショネモヲボンヤセス……ほれ、返してやるよ」


 ファシナンテは詠唱が終わったのか、突然そう言って、エマ王女を投げ飛ばした。


「きゃ!」


 俺はエマに駆け寄り、体を支える。人質を簡単に返すなんて、何を考えているんだ? 俺は警戒を強めて、直ぐにマジック・シールドを張れるように構える。


「私が王女に掛けた呪いの魔法は、ディジーズ・ヴァニッシュでも解けないよ。せいぜい藻搔もがき、苦しみ。何も出来ずにジワジワと変貌していく王女の姿を見て泣き叫ぶといい。メレポーメーショウ!」


 俺はマジック・シールドを正面に張った──が、攻撃が当たる気配はない。それどころか、ファシナンテの魔力の気配が無くなり、姿すら無くなった。


「どうなってやがる……?」


 もし姿を消す魔法なら、魔力は残るはず……ってことは、瞬間移動の魔法なのか!? そんな馬鹿な……。


「アルウィン様! どうかされましたか!?」


 ここで兵士達が到着し、部屋の外から話しかけてくる。


 騒ぎが広がったら面倒だな。そう思った俺は兵士に「もう解決したので大丈夫です。ドアの方を閉めて貰って良いですか?」と、お願いをする。


「あ、はい!」


 ドアが閉まるのを確認すると、エマは俺から離れ、背中を向けた。


「アルウィン様……私、身体の方は大丈夫ですので、ちょっと部屋から出て行って貰えますか?」


 突然、呪いを受けたんだ。気持ちの整理をしたいのだろう。俺は「──分かった」と、返事をすると、素直に部屋から出た。

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