第36話

 数日後──俺は結婚式と披露宴の案内状をモーリエ師匠に送ったが、歳で出られないと返信が来たので、直接、御礼を言いに行こうと思い、師匠の家に来ていた。


「わざわざ、すまないな。アルウィン」

「いえ、とんでもございません。モーリエ師匠のおかげで、こうしてデストルクシオンを倒して、エマとの結婚の話まで進められたので、感謝してもしきれない程なので……本当にありがとうございました」

「そうか……にしても、アルウィンがデストルクシオンを倒してしまう程の魔法使いになって帰ってくるとはのぅ……さすがのワシでもそこまでとは思わなかったぞ」

「あはは……自分でも信じられません」


 モーリエ師匠はお酒が入った瓶を手に取ると、マグに注いでくれる。


「安い酒だが飲んどくれ」

「ありがとうございます」


 ──俺がお酒を飲んでいると、モーリエ師匠は満足そうな表情で俺を見つめる。


「どうかしましたか?」

「いや……お前さんに魔法石を返して正解だったと思ってのぅ」

「返す? ──どういう事ですか、モーリエ師匠」

「実はあの魔法石は、お前さんの母親から預かっていたものなのだ」


 モーリエ師匠はそう言って自分のマグにお酒を注ぐと、ゆっくり瓶をテーブルに置く。俺は突然の告白に、言葉を失っていた。


「ある日突然、お前さんの母親がわしの家にやって来て、『私は魔法使いなのですが、子供も幼く守れる自信がないから、この魔法石を子供が成長するまで預かって欲しい』と言われてのう……いきなりそんなことを言われて困ったのだが、眉を顰める表情をみて、何か事情がありそうだったから、ずっと預かっていたのじゃ」

「じゃあ……宝箱を俺にしか開けられなくしていたのは……」

「うむ、お前さんに返すためだったのじゃ」

「そうだったんだ……」


 俺は驚きを隠せず、とりあえず目の前にあるマグを手に取り、グイっとお酒を口にする。


「──じゃあ……魔法石を使ってしまったあの時、俺を突き放したのは……」

「あれは本音半分、嘘半分といった所じゃ。魔法石に込められている魔力が、もしお前さんの母親の愛なのだとしたら、中途半端に使ったお前さんを許せなかったというのもあって……これは一度、突き放さなくては駄目だと思ったのじゃ。そうじゃなければ孫の様に思っているお前さんを突き放したりせんよ」

「モーリエ師匠……」


 俺は両手で顔を隠し、年甲斐もなく泣き崩れる。そんな情けない姿を見兼ねてか、モーリエ師匠が立ち上がる音がした。ゆっくりと師匠が俺に近づく足音が聞こえ、近くで鳴り止む。


「あの時は二度と顔を見せるなと、酷いことを言って、すまなかった……結婚、おめでとうアルウィン、心より嬉しく思っておるよ……いつでも良いから、どうか結婚しても顔を見せに来ておくれ。お前さんはわしにとって、大切な家族なのだから」


 師匠は苦笑いを浮かべながら、俺の肩に温かい手を乗せる。俺は師匠の想いに応えるかのように師匠の手に自分の手を重ねた。


「はい、師匠……俺にとっても師匠は大切な家族なので、また遊びに来ます、絶対に……」

「うむ……楽しみにしておるよ」


 ※※※


 更に数日が過ぎ、盛大な結婚式が行われ──続いて披露宴パーティが行われる。


「おめでとうございます! アルウィンさん、エマ王女様」

「ありがとうございます」


 披露宴パーティの会場でエマ王女と一緒にガイさんとフィアーナさんの所へ挨拶をしに行くと、二人はお祝いの言葉を掛けてくれた。


「二人とも幸せそうで、私まで幸せな気持ちになれちゃった」

「ふふふ……そう言って貰えると嬉しいですわ。アルウィン様から聞きましたが、御二人の方はどうなのですか?」

「ちょ──エマ王女、それは……」


 俺がそう言うと、エマ王女は不思議そうに首を傾げる。二人はまだ付き合うまでいっていない、それをいま質問されても困るだろう。


「それがこの人、ぜっぜん! その気になってくれないから進展がないんですよ。アルウィンさんと一緒に出発する時、二人のやり取りを見て、さっさとプロポーズしてしまえば良いのに。なぁーんて偉そうな口を叩いていたのにねぇ」

「まぁ……」


 フィアーナさんはチラッとガイさんに視線を向ける。ガイさんはそれに気付いたのか、気まずい様子で、目を泳がせた。


「あー……コホンっ。そういえばあっちのバルコニーでルーカスが一人でいたから、挨拶に行ったらどうだ?」


 ガイさんが話を逸らすと、フィアーナさんはガイさんの腕に手をポンっと当て、ニコリと微笑む。


「こんな調子なので、私達はまだまだです! もし進展がありましたら、連絡しますね」

「はい、楽しみにしていますわ」


 ──それから俺達は少しフィアーナさん達と雑談をして、次はガイさんが教えてくれたバルコニーに向かう。ルーカスさんは酔い冷ましをしているのか、ボォー……と一人で夜空を見上げていた。


「ルーカスさん? 大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……大丈夫だよ」


 ルーカスさんはそう返事をしながら、後ろを振り向く。


「二人とも、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます。そうだ、ルーカスさん。ルーカスさんに似合いそうな女性をエマ王女が紹介してくれるそうですよ。さっき見たんですが──」


 俺がその女性の特徴を喋っていると、ルーカスさんは何故か苦笑いを浮かべる。


「おい、その辺にしておけアルウィン君」

「え?」

「隣をよくみて見ろ」


 隣に居るエマ王女に視線を向けると、エマ王女はフグの様に頬っぺたを膨らませていた。俺が他の女性を褒めるから嫉妬しているのか、可愛い……って、そうじゃない。


「えっと……もちろん、俺は……エマ王女の方が魅力的だと思っていますよ」


 俺がフォローを入れると、エマ王女のホッペは見る見る縮んでいく。それをみて俺はホッとしていた。


「そんなの分かってますわ」

「あはははは、ご馳走様。せっかく良い話を持って来てくれたのに申し訳ないが、お断りさせて頂くよ」

「どうしてです?」


 俺が質問をすると、ルーカスさんは俺達に背を向け、外を眺める。


「デストルクシオンが消えたとはいえ、まだこの世界から魔物が消えた訳じゃない。今回の戦いで俺はようやくグランに追いつけた。それでも俺はデストルクシオンに敵わなかった……これから先、もっと強い敵が現れるかもしれない。だから──」


 ルーカスさんは俺達の方に体を向けると、真剣な眼差しで俺を見つめた。


「君に守られる側じゃなく、守る側になれる様、俺はもっと強くなるために旅を続けたいと思う!」

「ルーカスさん……」


 俺がデストルクシオンの戦い後に目を覚ました時、ルーカスさんは苦笑いを浮かべて、コツンと指で俺のおでこを突いた。


 ルーカスさんは真面目な人だから、あの時、自分が仲間たちを守れなかった不甲斐ないと思う気持ちと、助けてくれてありがとうという気持ちが入り混じっていたんだろうな。


「応援しています」

「ありがとう、アルウィン君」


 ──それから俺達は少しルーカスさんと雑談をして、少し休憩するため、部屋の端に置かれている椅子に向かって歩き出した。


「皆、仲良さそうでしたね」

「うん、家族みたいでしょ?」

「えぇ。私……不謹慎かもしれませんが、お仲間さん達と楽しそうに旅をするアルウィン様を想像して、ちょっと嫉妬してしまいました」

「あはははは。じゃあ今度、落ち着いたら一緒に旅に出掛けましょう!」

「はい、是非!」


 こうして俺達は皆に祝福されながら、幸せな時を過ごした。そして──俺は愛され続け、常に魔法石は満タン状態。いつまでも平和が続きました──。


 エマの部屋から悲鳴が聞こえるまでは……。

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