第30話

 ガイさんは大剣を地面に突き立て、立っているのが辛いのか体を預ける──フィアーナさんはガイさんに駆け寄ると、魔法の鞄から包帯を取り出した──。


 フィアーナさんがガイさんの太ももに刺さったエストックを勢いよく抜くと、「いてぇ! おい、フィアーナ。もうちょっと優しく抜けよ!」と、ガイさんは文句を垂れる。


 フィアーナさんは包帯を巻きながら「まったく……無茶ばかりして……」


「──無茶なんてしてねぇよ。さっきお前、コーシャスに魔法が効かなくて、私はいつも守られてばかりだと嘆いていただろ?」

「──うん……」


「そうじゃねぇんだ……そうじゃねぇ……俺達がお前に守られているんだ。お前の補助魔法があるから、俺達は安心して戦っていられる……だからさっきのだって、無茶なんかじゃねぇんだよ」と、ガイさんは言って、フィアーナさんに向かって、太陽の様に明るく微笑む。


 そんなガイさんをみて、フィアーナさんは照れ臭かったのか、視線を逸らしてガイさんの足に回復呪文を掛け始めた。


「──馬鹿……いつもそうやって屁理屈ばかり言って、心配かけて……」

「えへへへへ……」

「──でも……ありがとう……」

「お、今日はやけに素直じゃないか」

「何言ってるの、私はいつも素直でしょ!」

「ガッハッハッハッハ……そうだっけ?」

「ふふふふ……そうよ」


 二人の微笑ましいやりとりをみて、ルーカスさんは壁に背中を預け、「ふー……」と、へたり込む。


 気丈にふるまっていたけど、きっと二人をこの場に残した責任みたいなのがあったんだと思う。俺はルーカスさんの隣に座り、黙ってガイさんとフィアーナさんのやりとりを見守った。


「ねぇ、ガイ。その……さっき言ってた大切な人って言葉……本気にして良いの?」」


 フィアーナさんは顔を真っ赤にして、モジモジし始める。鈍感なガイさんも流石に分かった様で、恥ずかしそうに視線を上に向けてポリポリと頬を掻いていた。初々しくてなんだか見ているこっちも恥ずかしくなる。


「えっと……まぁ……その……なんだ。そう思っているのは間違いじゃねぇよ」

「ふふ……分かった。じゃあ……その気持ち、受け取っておくね」

「お……おぅ……」


 ふと俺はルーカスさんの様子が気になり視線を向ける。ルーカスさんは何とも言えない表情で二人を見つめていた。


 ガイさんとフィアーナさん……二人の気持ちは今のやりとりで何となく分かった。でもルーカスさんの気持ちはまだ分からないままだ。一体、どんな気持ちで二人を見ているんだろ?

 

 その気持ちを感じ取ったかのように、ルーカスさんは二人を見つめたまま口を開く。


「幸せそうで何よりだな」

「はい……」

「──チェルトとの戦いの前に話していた続きだけどさ……俺もフィアーナの事を大切に想っている」


 え……それってルーカスさんも好きって事? 俺が驚いているとルーカスさんは頭の後ろで手を組み、頭を壁に預ける。


「だけど……俺はグランを守れなくて、フィアーナを傷つけた……」

「──それって……」

「うん、グランとフィアーナはとても仲が良かったんだ」

「そうだったんですね……」

「グランが死んでからしばらく、フィアーナとの会話は少なくなり、悩んだ時期もあったよ。そんな時にガイが仲間になってくれて、それから段々と元のフィアーナになっていって……今ではホッとしてる」


 ルーカスさんは何故か俺の方に視線を向けると、ニコッと微笑む。


「二人には内緒だけど、姉御肌のフィアーナには、ちょっと危なっかしい所があるグランやガイのような性格が合っているんだろうなって思ってる」

「ふふ……何となく分かります」

「だろ?」

「まぁ……正直さ、フィアーナを大切に想っているのが幼馴染だからなのか、恋愛感情なのか良く分からないのもあって……そんな中途半端な気持ちのまま、二人の関係を邪魔するくらいなら、俺はフィアーナの兄貴分として、あいつの恋を応援することにしたんだよ」

「ルーカスさん……大丈夫ですよ、ルーカスさん。無事に戻ったら俺がエマ王女に相談して、良い女性を紹介しますよ!」


 冗談っぽく俺がそう言うと、ルーカスさんは乗っかってくれて笑顔を見せてくれる。


「お、だったらサッサと終わらせて、帰らなきゃな」

「はい!」

「さぁ……て」


 ルーカスさんは立ち上がると、鉄格子の方に体を向ける。


「二人の邪魔をするのは忍びないが、そろそろここを開けて貰おうかね」

「そうですね」

「おーい。ガイ、フィアーナ~。戻って来たからここを開けてくれ」


 ルーカスさんが声を掛けると、二人は直ぐに気付いてこちらに顔を向けた。


「お、おぅ。悪い悪い」


 二人はどこまで見られていたのか、分からない恥ずかしさがあるのか、どこかぎこちない様子で、ガーゴイルの彫刻の前まで移動する。


「じゃあ動かすよ。せぇー……の……」と、フィアーナさんが声を掛けながら、ガイさんと同時にガーゴイルの彫刻の首を押す。


「二人の初の共同作業となります。皆さん、温かい拍手を……ってな感じか?」

「ちょっと、ルーカスさん! あとで二人に叱られますよ」

 

 俺達は冗談を交わしながら、開いた鉄格子の扉を抜ける。それを見たガイさんとフィアーナさんは彫刻から手を離し、駆け寄ってくる。そして案の定……俺達は緊張感がないと二人に叱られた。


 ここは闇の帝王 デストルクシオンが住む城……それなのにこのパーティと一緒に居ると、それを感じさせない程、温かい何かが込み上げてくる。俺は緊張感を漂わせながら進んでいる時よりも、士気が高まっている気がした。

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