第19話

 俺達が北の洞窟を抜けた頃には、空は夕焼けに染まっていた。洞窟を抜けた先は見渡す限りの草原でルーカスさんとガイさんが先頭を歩き、後方支援の俺達は後ろを歩く。


 ここなら話しかけても問題なさそうだな。そう思った俺は、「フィアーナさん、ちょっと良いですか?」


「なに?」

「ルーカスさん。まだパーティに入ったばかりなのに俺の事を信頼してくれている様ですが……何か理由があったりするのでしょうか?」


 俺がそう聞くとフィアーナさん、一瞬、驚いた表情を見せる。困ったように頬を掻きながら「えっと……それは本人に聞くのが良いと思うんだよね……」

 

 軽い気持ちで聞いたみたけど、この様子だと思ったよりちゃんとした理由がありそうだな。


「分かりました」


「おーい。町はまだ先だから、暗くなる前にこの辺で野宿の準備をするか?」と、ルーカスさんが俺達に話しかけてくる。


「あ、良いね。そうしましょう。私、その辺で食べ物になりそうなものを探してくるね。ガイ、あんたも付いてきて」

「あぁん? お前一人でも大丈夫だろ?」

「か弱い女の子を一人で行かせるの? 薄情な男ね!」

「お前がそれを言うのか? ガッハッハッハッハ……」


 ガイさんが豪快に笑っていると、フィアーナさんは両手を腰に当て、ホッペをプクッと膨らませる。


 そしてガイさんに近づき、グイっと腕を引っ張ると「良いから来なさいよ。まったく

 ……!」


「お、おい。強引な奴だな……」


 ガイさんはそう言いつつも、フィアーナさんに付いて行った──。


「俺達は焚火の準備をしようか」

「はい」


 ──俺達は辺りをうろつき、焚火に使えそうな材料を拾い集め、一ヵ所に置いた。十分に拾い集めた頃には辺りは薄暗くなっていて、俺達は焚火を始める。


「あいつ等、遅いな……」

「そうですね……」


 周りに嫌な魔力の気配はない。きっと俺がルーカスさんと話をしやすい様にフィアーナさんが時間稼ぎをしてくれているんだ。だったら──。


「ルーカスさん」

「何だい?」

「昨日は本当にありがとうございました。昨日の出来事から、ルーカスさんがまだパーティに入ったばかりの俺の事を信頼してくれている事が感じ取れのですが……何か理由があったりするのでしょうか?」


 ──ルーカスさんはこちらに顔を向けず、無表情のまま焚火をジッと見つめ、太い木の枝で、火の点いた木の枝を突きながら黙り込む。やっぱり何か話しづらい事なのだろう。


「ごめんなさい。話しづらい事なら大丈夫です」

「いや……せっかくだから話すよ。そうだな……何から話そう」


 ルーカスさんはそう返事をして夜空を見上げる。


「ガイが仲間になる前、俺とフィアーナ……そして俺の弟、グランと旅をしていたんだ。グランは大きくなっても俺のことをルーカスって呼び捨てにしていた生意気な奴だったが……才能にあふれた魔法使いだった」


 旅をしていた……魔法使いだった……いま居ない事を考えると、もしかして弟さん──。


「俺は神から与えられた聖なる肉体を持ちながらも、三属性の魔法を同時に使えない──いや……一度試したことがあったが、その場で倒れ、数日後に目を覚めて、しばらく体が痛くて起き上がれなくなってから、怖くて使えなくなってしまったのだが、弟はそんな風にならずに普通に使いこなしていて、勇者になるのはこいつしかいないと本気で思って、サポートしていた。そんなある日──」


 ルーカスさんはその先を話すのが辛いのか、空を見上げるのをやめ、悲しげな表情で俯く。


「俺達の前に闇の帝王、デストルクシオンが現れる。当時の俺とフィアーナはまだ未熟で、当然、デストルクシオンに歯が立たなかった。そこで俺達を守るためグランは──グランは一人で戦って死んでしまったんだ……」


 ルーカスさんは悔しいのか……悲しいのか……フルフルと体を震わせ、血が滲み出るほど両手をギュッと握っている。そんなルーカスさんの姿をみて、俺はグッと涙を堪えていた。


「すみません……辛い出来事を思い出させるような事を聞いてしまって……」


 俺がそう言うと、ルーカスさんは横に首を振り、こちらに顔を向ける。


「いや、謝らなきゃいけないのはこっちだよ」

「え……? どうして?」

「性格はちょっと違うが……出会った時の魔力の雰囲気や、君を仲間にする前に色々な人の情報を聞く中で、俺は勝手に弟と君を重ねてしまっていた。すまない……」

「いえ……とんでもないです」

 

 カントリーファームで、わざわざそれでも付いてきてくれるかい? って聞いて来たのもグランさんと何か関係あるのかな?。だったら──。


「俺は俺の意志でルーカスさんに付いてきていますし、俺……ずっと一人で暮らしてきたので、弟の様に思って貰えると、その……嬉しいです」


 俺の言葉を聞いてルーカスさんは俺で良いのか? と、思っているのかニコッと苦笑いを浮かべる。


「そうか、ありがとう」

「おーい。良い食材取れたよ」


 フィアーナさんは両手いっぱいに木の実や食べられそうな野草を抱え、ガイさんは大きな猪を肩に乗せ、戻ってくる。


「遅かったな」

「悪い悪い。こいつが猪だけで良いのによ。あれこれ欲しい言うから……」

「だって野菜も必要でしょ! 肉だけじゃ体に悪いじゃない」

「二人ともありがとう。さぁ、食べる準備を始めようか」

「おぅ!」


 ガイさんは返事をして、フィアーナさんからいくつか木の実を回収すると、猪を地面に置き、ルーカスさんの隣にドカッと座る。


「おい、ルーカス。まだ酒の方、余ってたよな? 酒に合いそうな木の実を手に入れたんだ。一緒に飲もうぜ」

「お、良いね」


 二人が楽しそうに会話をしながら酒の準備を進める中、俺はスッと立ち上がり猪を料理する準備を始める。すると横にフィアーナさんが並んで、肘でツンツン俺の腕を突いてきた。


「話は出来た?」

「はい、お陰様で」

「それは良かった! あなたとグランは容姿もどことなく似ている所があるから、どうしてもルーカスは重ねてしまう所があるんだと思う」

「そうなんですね……」

「ごめんね。基本はしっかりしている人だけど、ほんの少し弱いところもあるから、そういう所は支えてあげてくれると嬉しいな」

「はい!」

「おーい。フィアーナ、アルウィン君、何を話しているんだ? さっさとこっちに来ないと美味しい木の実がガイに全部、食べられてしまうぞ」

「なんですって!?」


 フィアーナさんは残った木の実を地面に置くと、急いでガイさんに駆け寄り隣に座る。


「あ~あぁ……ちょっと何してくれてるのよ、ガイ! こんなに食べちゃって……」

「お前に連れ回されて大変だったんだから、これぐらい良いだろ?」

「良くないよ。まだアルウィンさんが食べてないじゃない! もう……残りは私とアルウィンさんのだからね!」

「えぇ……」

「えぇ……じゃない!」


「はっはっはっはっは」と、ルーカスさんは笑いながら、俺の顔をみて横に座れと地面をポンポンと叩く。


 仲間というか……まるで家族の様なやりとりが心地よい。誰一人として欠けて欲しくない……絶対に守り抜いてやる! 俺はこの日、心にそう誓った。

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