第17話

 俺が頭を抱えようと片手を上げた時、後ろから何か大きいものを振り回した時の様な風を切る音が聞こえ……何かがドサッと倒れる音が聞こえてくる。


「おいおい、アルウィン。最後まで諦めるなって誰かに説教されたことは無いのか?」


 この声は……ガイさん! でも……偽物かもしれない。


「大丈夫だよ、アルウィン君。俺達は本物だ」

「うん。本物、本物」


 ルーカスさんにフィアーナさんも居るのか。俺はファシナンテの顔を確認する。ファシナンテは苦虫を嚙み潰した様に眉間にシワを寄せていた。これは間違いない?


 俺は恐る恐る顔を後ろに向ける──確かに姿はルーカスさん達だ。


「ルーカスさん、どうしてここが?」

「村長の家に居た赤い髪の女性に事情を聞いて、アルウィン君はここに居ると思ったからだよ」

「そうでしたか……すみません」

「本当は頼って欲しかったが……何とか間に合ったんだ。気にするな」

「ありがとうございます」

「さぁて……俺達は雑魚を相手にする。万が一、あいつがイリュージョン・ミストを使って来ても、魔力感知が使える俺が居るから大丈夫だ。だから思う存分、そいつと戦え」

「はい!」


 俺は顔を正面に向け、戦闘態勢に入る。ルーカスさんが信頼して任せてくれたんだ。ここは期待に応えなければ!


「勇者まで来るとは……さすがに厄介ねぇ。あんたをいたぶってから殺すつもりだったけど、予定変更よ!」


 ファシナンテが鬼の様な形相を浮かべ、俺との距離を縮めてくる。俺はアイシクルをファシナンテに放った。


「大事なお姫様を殺しはしなければ大丈夫だとでも思ったのかい? こんな下級魔法、私には効かないよ!」


 それもあるけど、当たりさえすれば下級魔法が効くかどうか試したかったんだ。結果は……やっぱりダメか。ファシナンテは最初のアイシクルで威力を把握したのか氷柱をマジック・シールドで防ぎもせず、手刀で振り払いながら突進してくる──。


 でも僅かだけど、手から流血していた。魔法が全く効かない訳ではないんだ。俺はそれを見極めながら、鋭く長い爪で突き刺そうとしてくるファシナンテの攻撃をかわした。


 もう一撃来るッ! 俺は咄嗟に「ウィンド!」と、風魔法をファシナンテの身体に放ち、風圧で後ろへと逃げた。ファシナンテはもちろん、よろめきさえしていない。


 ん? 左腕がピリピリする? 俺は違和感のある左腕に目を向ける。かわしたはずなのに、ローブが少し破けていた。


 カスっていたのか……この感じはファシナンテのやつ、爪に麻痺毒を仕込んでやがるな。


「ねぇ、ルーカス。アルウィンさん、大丈夫かな? 私はアルウィンさんのサポートに回った方が良いんじゃ……」

「アルウィン君なら大丈夫だ。それよりアルウィン君が安心して戦えるように気を抜くな!」

「は、はい!」


 ファシナンテがまた突進してくる。俺は距離を取りつつアイシクルで応戦した──何かがおかしい。ファシナンテは魔法が使えるはずなのに、さっきからこいつ……直接攻撃しかしてこない。


 状態異常系の魔法は、相手に効けば形勢逆転できる程、強力なものだけど、詠唱に時間が掛かり、相手に耐性があると効かないデメリットがある。


 さっきからこいつが直接攻撃しかして来ないのは多分、そのデメリットを考慮して、普段は弱らせてから状態異常魔法を掛けているか、手下で時間稼ぎをしているからだと思う。だったら他の魔法は?


 もし出来るんだったら、とっくに他の魔法を放っているだろう。そう考えると、こいつはきっと魔力は強力だけど唱えられる魔法が少ないタイプの魔物なんだ。


 ──爪攻撃に注意しながら戦っていると、鋭く重い蹴りを右腕にくらってしまう。


「ち……」


 俺は態勢を崩しそうになりながらも何とか堪えたけど、骨が折れそうだ……このまま長引くとマズイ。


「アルウィン君。人の中には、相手の表情を見なくても雰囲気で何かを感じ取れる人が居る。俺が言いたい事は分かるか?」


 ルーカスさんのアドバイスが聞こえ、真っ先に思い浮かんだのはエマ王女だった。彼女は仮面を被っている俺の心さえ見破った。

 

 彼女は魔法を使えない。それでも見破ったんだ──魔力は精神状態によって変化する。だとすると……なるほど! 魔力感知……それに必要なのは特殊な力じゃない。相手を姿形で判断せず、心を見る力なんだ!!


「はい! 分かります!」

「よし! じゃあ、やっちまえ!」

「はい!」

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