第10話

 俺は慎重に村の奥へと進み、戦闘を避けて酒場へと向かった──酒場に着くと辺りを見渡し、魔物が居ないことを確認すると、メタルフォーゼを唱えてオークの姿に変化する。


 酒場に入るとムアッと刺激臭が鼻につく。魔物達が密集しているからか何だか息苦しかった。こいつら一体、何時間ここに居るんだ?


 俺はとりあえず逃げやすい様に入り口に一番近い席に座る。座って辺りを見渡すと真っ先に目に飛び込んできたのは、エプロン姿で配膳をしているソフィアの姿だった。


 あいつ、こんな所で何をしているんだ……。眉を顰めている表情からして自ら進んでやっている様には見えない。周りを更にみると、配膳しているのは女性ばかりだ。


「おい、姉ちゃん! 酒が足りねぇぞッ!!」


 そう叫んだのは師匠が言っていたベゼッセンハイトだった。


「はい! 今すぐ持ってきます!」

「さっさとしろよぉ」


 骸骨だから表情は分からないが何となく上機嫌にそう言った気がする。なるほど、酒好きで女好きって訳か。


 酒場の二階に見張り役なのか、ゾンビが一匹……一階にはオークやゴブリン、ワーウルフとこの辺に出てくる魔物の他、アンデット系の珍しい魔物もいる。その中の数匹は人間の言葉を話している奴もいた。


 そいつ等が通訳をしているようだが、厄介だな。でも考えようによっては俺が喋っても不自然ではなくなるから好都合でもある。さて、どうするか? 


 ──俺が一旦引いてから作戦を考えようと席を立ったところで「きゃッ」と、ソフィアの声がする。視線を向けると何とソフィアは、ベゼッセンハイトの頭の上に酒をぶちまけていた。


 ドジのやつだと思っていたが、それをこんな所で発揮するなんて馬鹿な奴だ……あいつは俺を選ばなかった。庇ってやる気なんて起きる訳が無い。


「ギャハハハハ。ベゼッセンハイト様、酒でビショビショじゃないですかぁ」


 からかう様に喋れるオークがそう言うと、あっという間にそいつの首が吹っ飛ぶ。風の流れが変わったから、きっと恐ろしく速い風魔法だ。女性達の悲鳴が上がり、一瞬で場の空気が凍り付く。


「ちぃ……」


 さっきは庇ってやるもんかと思っていたが、ベゼッセンハイトの鋭い殺意がソフィアに向けられたことを感じ取ると、体が勝手に動き出す──。


 ベゼッセンハイトはスッと立ち上がると、ソフィアと向き合う様に立つ。ソフィアは恐怖でガクガクと足を震わせ、ボロボロと涙を零していた。


 ベゼッセンハイトは骨と化した指で、ソフィアの頬をペチペチと叩きながら「てめぇのせいで、雑魚にからかわれたじゃねぇか……」


「すみません……すみません……」

「謝ったってよぉ……お前を見るたびに、馬鹿にされたことを思い出しちゃうんだわ。だから消えてくれよぉ」

「ヒィ!」


 ソフィアが悲鳴を上げた瞬間、俺はタックルをしてソフィアを吹き飛ばす。ソフィアは地面に倒れこんでしまったが何とか間に合った……。


「なんだてめぇ……」

「こいつには後で、御仕置をしておきます。だから命だけは……」

「──くせぇな」


 ベゼッセンハイトがそう言うと、突然、側に居たオークが笑いだす。


「ベゼッセンハイト様。そいつぁ、こいつがこんな状況なのに屁をこいたからですよ」

「ばッ、言うんじゃねぇよ! 殺されるだろうがッ!!」

「──そんなんじゃねぇよ。こいつからだ。こいつから変わった魔力の臭いがする……姿を見せやがれっ!」


 ベゼッセンハイトは俺の前に腕を突き出し、「ウィンド・カッター」と、風で出来た複数の刃を放ってくる。


 魔力がほとんどない俺はローリングをしながら魔法をかわしたが、所々、攻撃をくらってしまった。


「クソっ!!」


 周りが狭いうえにオークの姿じゃ上手く動けない! せめて魔法が使えたら……そう思っていると、「こいつを飲め」と、何故か屁をこいたオークが膝をつき俺の前にマジックウォーターを差し出してくる。


 なんだ……!? 状況が掴めず固まっているとベゼッセンハイトが近くにあった大鎌を持ち、俺に向かって振り下ろしてくる──。


 今度は大剣を持ったオークが大鎌を防いでくれた。こいつはさっきベゼッセンハイトに屁の事をチクった方だ。


 何が何だかよく分からないが、俺はいま二匹の魔物に守られている。どうせこのまま何もしなければ殺されるんだ。一か八かマジックウォーターを飲んでやる!


 俺はオークから受け取ると、マジックウォーターを飲み干した──みるみるうちに魔力が回復していく。これは本物だ。


 屁をこいたオークはスッと立ち上がり、ベゼッセンハイトの方を向くと腰に掛けてあった鞘から剣を抜く。その後ろ姿は凛々しくて、何だか凄くカッコ良かった。


「いけるよな?」

「はい!」


 俺がそう返事をしてヒールを掛けていると、俺の側に居るオークは二階に居るゾンビに向かって「フィアーナ!」と声を掛ける。


「はいよ!」


 そのゾンビから元気な女の子の声がして、ゾンビは持っていた木製でいびつな杖を振り上げた。


「解除ッ!」


 女の子の声が響き渡った瞬間、三匹の姿がガラッと変わる。ゾンビは小柄で可愛いピンク色の髪をした少女の姿へと変わり、右耳に白い宝石が付いたピアスをつけていて白いオーブを着ている。


 ベゼッセンハイトを食い止めてくれているオークはツンツンと髪の毛が逆立った金髪で、ゴツゴツの赤い鎧を装備していて戦士らしき姿へと変わる。


 そして最後に俺の側に居たオークは茶髪でサラッとしたショートヘアの好青年に変わり、海の様に綺麗な青い鎧と盾を装備し、右手の親指には白い宝石のついた指輪をしていて、ゲームに出てくる勇者の様な風貌へと変わった。


 フィアーナさんが持っている杖は魔術に関する書物で見た事がある。あれは使用するものが魔力を込めると、指定したものを何にでも変化させることが出来る変化の杖!


 解除するまで魔力は奪われ続けるが、もともと杖にも魔力が込められているからメタルフォーゼより少ない魔力で使用することが出来る世界に一つだけの杖だ。


 そんなものを手に入れられるパーティーって、もしかして──。


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